男子校に入学したはずなのに、自称金星人転校生が怖い件

 なんだろう。女子に見つめられるって言うのは、世間一般の男子からしたらそこそこいい気分のものなのかもしれない。


 だが、いつもの俺にとっては、緊張する上に、それ故になんらかのミスをしてしまう、嫌なものなのが俺の常だ。でも、今回はどちらでもない。


「なぁ、ルナ?どこ触ってるの?」


 ルナがさっきから感触を確かめるように揉みしだいているのは俺のコルセットである。最近じゃ女装といえば女子物の服を着るだけだったところを、久しぶりに着けているのもあり、いつ取れるか不安だ。


「この感触、本物……よね……?」


 こいつが馬鹿で助かった。こいつは女子の胸の感触を知らないのだろうか。


 自分で触っていたら絵面的にアウトだが、あんなに百合発言しておいてからの女子との経験ゼロ……これ以上は可哀想なので考えずにいてやろう。


 俺も知りたくて知っている訳じゃないし。


「なあ、そろそろいいかな?次、移動教室だし、早く行きたいんだけど……。」


「わ、わかったよ。次は何?音楽?」


 呪いの山からどうやってか帰ってきたルナは、やたら俺のことを疑う。カオリの方が男っぽいと思うんだけどなぁ。性格的にも、発言的にも。






 その日の放課後、珍しく早く授業終わったから部活に行くと、ヒカル先輩がストレッチしていた。この人はいつも誰よりも来るのが早いらしい。


「そういえば先輩、いつも誰よりも早く来ていますよね。」


「6限切ってるからねぇ!」


 なるほどそりゃ誰よりも早いわけだ。でも、5、6限が連続している先生が休みの場合どうするんだろう。そのクラスの人のが早くなるはずだ。


 そのことについて聞くと、ヒカル先輩はドヤ顔で答えた。


「そりゃあもちろん、朝の時点で先生全員の休みを確認しているからね!」


 5限も切るんですね分かりました。ちなみに切るというのは学生用語で、その授業を他のことや理由のために諦める、というものだ。


 今まで、TDLに行くために切る、というのは聞いたことがあるが、部活のために切るというのは初めて聞いた。


「たのもおぉー!」


 ヒカル先輩と他愛も無い話をしていた時、体育館のドアをバンッ!と空けて入ってきた人がいる。新しい入部志望者だろうか。


 このタイミングでの入部志望と言うのに、ものすごく嫌な予感がした。ついでに声も聞いたことがある気がした。


「えーっと、ここはチア部だけど、頼もうってことは、入部志望者さんかな?」


 ヒカル先輩も困惑気味に対応している。


「そうです!ついでに言うと、部長の座も頂いちゃおうかな、と!」


 もちろんながら、立っていたのはルナだった。俺だけでなく、ヒカル先輩も見とれるような上手さでクルクルと踊る。


 たしかに、チアのレベルとしては、ここの部活の先輩方の誰よりもうまい。けど……。


「うーん、さすが!君、昔からやっているでしょ?多分、ここの誰よりも上手いよ!」


「ってことは……!」


「でも、部長の座はあげられないんだよ。」


 やっぱりな。


「なんでっ……!」


「私は、ここで今までずっと頑張ってきて、みんなが、私なら任せてもいいよ、って思ってくれたから部長になったんだよ。上手いからなったわけじゃない。ここの備品とか、そういったものを大切にして、みんなと仲良く、気持ちいい部活を作れる人じゃないといけないんだよ。」


 そう。ルナは、ひとつ、一番やってはいけないことをしたのだ。


 あいつは、入ってくる時、かなり勢いよくドアを開けた。ここのドアは決して新しい訳じゃないが、ユウリ曰く、何年も前の先輩が卒業記念でここの立て付けだけでも、と直してくれたものらしい。


 ヒカル先輩はいつも丁寧にドアを開け閉めして、出入りしていた。もしルナが丁寧に扱っていたら、他の人に打診したんじゃないか、と思えるほどに。


「ルナ。」


 俺はルナに声をかけた。


「な、何よ。」


「ルナはたしか、アメリカ帰りだろ。俺はアメリカについて詳しくないし、文化に違いがあるかもしれない。だけど、ここは日本だ。日本じゃ物を丁寧に扱えないやつは部長にはなれない。」


 ここは、怖くても真面目に言わせてもらう。


「……シュガー。」


 ヒカル先輩が少し潤んだ目でこちらを見てくる。俺は歩み寄って、先輩の頭を撫でる。この人は年上ぶる割には、メンタル的にたまに落ち込むからな。


「なによ、つまんない!」


 そう言うとルナは、体育館のドアを開けて出ていった。でも、今度は優しい手つきだったな。


 次の日の朝、ルナは教室に現れなかった。






「うーん、すこしきつく言いすぎたかなぁ。」


 そうボヤきながら部活に行くと、珍しくヒカル先輩がドアの前で立ち尽くしていた。


「あれ、なにやってるんですか?先輩。」


「シュ、シュガー!これみて!」


 体育館の中が、ピカピカになっている。


 床の塗装はきちんと直され、テープも貼られているし、窓枠やドアのレールまで磨かれていた。


 その時点でなんとなく予想していたが、体育館のステージの上で、ルナが突っ伏して寝ていた。


「ルナ!」


 俺とヒカル先輩が駆け寄ると、ルナはよろよろと体を起こし、座り込んだ。


「どんなもんよ。私が本気を出せばこれぐらい、どうって事ないんだからね。」


「どうって事ないって。お前今の今まで倒れていたじゃんか。」


「床とキスをするのが私の趣味であり日課なのよ。」


 そんな日課の奴がいてたまるか。と言いたいところだが、最近振り回されまくって倒れまくっている俺も人のことは言えない。


「とりあえずお前は今日はもう休め。」


 ヒカル先輩と2人で肩を貸し、保健室までルナを運ぶ。全くもって、こいつは保健室につくづく縁があると思う。まぁ、縁があって嬉しい場所でもないけどな。


「待って。」


 俺がルナを寝転がし、部活の方に戻ろうとした時、ルナに袖口を引かれた。


「あんたには、しばらくいて欲しい。」


 保健室の先生がいない時にそういうことを言うでないわ!俺は、女子と二人きりとか、嫌なの!


 なーんて、こいつに言えるはずがない。


「もっとこっち。」


「うおっ。」


 ルナが急に俺の腕を引っ張り、それと同時に、昨日揉みしだかれてから粘着力の落ちたコルセットのマジックテープが剥がれ落ちてしまう。


 服の隙間からコルセットが落ち、ルナの目が驚きに見開かれる。


「あんた、やっぱり……。」


「ご、ごめん。でも、これにはいろいろな事情があって……!」


「いいえ、こちらこそごめんなさいよ。」


 ルナの言っていることがよくわからなくなってきた。


「私は、前も言った通り、金星人。あなたたち地球人から見た宇宙人ってやつね。もちろん、こんな近い星だし、戦争なんてするつもりはない。けど、それでも、やらなくちゃいけないことがある。」


 こいつは、何を言っているのだろうか。少なくとも、ふざけている場合ではなさそうだ。


「この星の文明は、男によって滅びる。男が始めた戦争が、地上を焼き、海を汚し、空を覆う。」


 いくら中二病でも、ここまでガチになるものだろうか。


「お、おい。」


「だから、金星人は、地球人の男を絶滅させることにしたの。女に両方の機能を持つ手術をさせることでね。」


 ルナがそういうと、髪飾りが光り始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る