男子校に入学したはずなのに、女子と下校デートな件

 はぁ……。ユミコは基本、背が低く、スレンダーだから、あまり女子を意識することは無かった。そう、無かった。


「セクハラ。」


 なぜ過去形かって?


 そりゃ、いくら自分が女装しているとは言えど、隣に可愛い女の子が並んで歩いていて、緊張しないほど男子高校生を辞めてはいない。


 もともと、俺が女嫌いな理由は緊張するからだ。人並みにエロい動画や漫画は嗜む。もちろん、カオリにバレたら終わりなのでめちゃくちゃ隠してあるが。


「セクハラ。」


 そして、ここに来て急に下校デートだ。


 中学の頃は共学だったし、カオリとたまに帰ることもあったが、そもそもあいつは女子じゃない。まな板だし。


「セクハラ。」


 だが、俺は外見だけなら、女装姿のアオイみたいな人がいいのだ。ボンキュッ……ボゴッ!


 痛い痛い。今何で殴ったの?と思って見てみたら、書道に使うすずりだ。それでいいのか書道家。


「集中。」


 なるほど、デートなんだから、それに集中しろと?ほかの女のことを考えるな、と?


「そう。」


 デート中の心を読むとは、本当に恐ろしい女だ。


「クレープ。」


「へっ!?」


 思わず声が出たが、どうやら屋台のクレープが食べたいらしい。1枚……1万円!?


「男のおご……。」


「無理無理!俺の心読めるんだから所持金知ってるだろ!?財布の残高5円だよ!?」


「情けない。」


「2万もかかるなら、情けなんていらんわ!」


 というか、男の奢りなんて考えが古風だな。


「家柄。」


 イヤーな予感しかしないが、そこを考えるのはよそう。


 そうこうしている間に、ユミコが1つクレープを買ってきた。俺の分はないんかい。人に奢らせようとしたくせに。


 そう思っていると、


「あーん。」


 相変わらずの無表情で食べさせてきた。なんて色気のないあーんなんだろうか……。それでも、こいつはかなりの美少女だから、それが成り立つのが恐ろしいところだ。


 軽く口を開けると、クレープを全部突っ込んでくる。


「ンフォッンフォッ。」


 クレープで窒息死とかニュースになったときにニュースキャスターが笑ってしまい、苦情に追われてしまうだろう。人様に迷惑はかけられないので、必死に息をする。


 そして……俺が口に入れたが出した部分を……ユミコは熱っぽい顔でぺろぺろ舐めてるんだが……。


 こいつはこいつでヤバい性癖とか持ってそうな気がする。いや、つつかないけどね!?薮からアオダイショウが出てきちゃたまらん。


「カヅキの唾液美味しかった。ごちそうさまでした。」


「そこはクレープって言えよ!クレープ屋さん涙目だよ!」


 後ろで泣きそうなクレープ屋のお姉さんに、慌てた赤べこのように会釈で謝る。


 思わずつっこんじまった。


「息ピッタリ。」


「お前心読んだろ!」


「気のせい。」


 クレープを食べ終わると、いつもと逆の方向の電車に乗る。正確には逃げようと思ったが、合気道みたいな技で固められて出来なかった。


 何分か乗った後に降りたのは、少し古い駅舎の田舎町だ。


 時期によっては温泉街として賑わうが、普段はそうでも無いらしい。



 ユミコが歩く方にはリムジンが止まっている。ユミコはそっちに歩いていく。ユミコが歩く方にはリムジンが止まっている。ユミコはそっちに歩いていく。ユミコが歩く方には……。


「しつこい。」


 心の中にしつこいと言われても……。単なる現実逃避だし。


 リムジンに乗っていた、執事とかいうそんな感じの言葉がピッタリのおじいさんが車の戸を開ける。中は、まるでバーのようになっていた。


「ウェルカムドリンクでございます。」


 うやうやしく差し出された飲み物は、なんか変な味がする。


「酔い止め。」


 こういう時は心を読んでくれるユミコがありがたい。聞にくいことも教えてくれるからな。





 こうして、2人仲良く末永く暮らしましたとさ……。あれ?


 俺は何を考えているんだ?


 ユミコは俺の嫁……?


 あれ?俺が高校生の頃からの記憶が……うーん?


 朝起きて、ユミコの作ったご飯を食べて、愛妻弁当を持って、温泉街のホテルへ仕事に。


 仕事が終われば、ユミコの待つ家へと帰り、2人でご飯を食べながら今日あった些細なことを話す。


 子供はいないが、ゆっくり考えていけばいい……。





 ……へアッ!


 アブねぇ。ユミコのやつ、やっぱりというかなんかの薬を盛りやがったな。落ち着け。今の俺は高校生。全員女装しているちょっとヤバそうな学校に通う1年生だ。家族は両親と妹。父親は単身赴任中。


 ……こわぁ。


 いつの間にか大きな和風の豪邸にいて、制服から時代劇の侍みたいな服に着せ替えられてる。


 傍には怪しげな香炉と水差しが置いてあったので、水差しの水を黙って香炉に流し込む。出てくる煙が紫色なんですけど……。


 声は出したくないので、心の中で叫ぼう。


(おーい、ユミコッ!?)


 ユミコは、一言で言うと「ヤバい」格好で、隣の部屋の大きな布団にいた。


 だぼだぼのYシャツを羽織っていたのだ。その下に何を着ているのかは、考えたらいけない。


「何……?」


「何してるの……?」


「カヅキの制服。」


「そこにいる理由は?」


「既成事実。」


 嫌だねっ!俺は帰る!


「死亡フラグ。」


「じゃないっ!帰るっ!」


「出入り禁止。」


「出るのも禁止かよっ!」


「おいで。」


 ……!?抱きしめられると分かるが、ユミコはロリきょにゅ……着痩せするタイプらしい。


「カヅキが望むなら3人でも可。」


 なんの事?


「お師匠様。ただいま参りました。緊急の要件とはどう言ったご要件でしょうか。」


 ゆ、ユウキの声じゃないですかぁ。


「逃げ場はない。」


 こいつ、初期のレイナ並に怖いぞ。それに、あんなに優しいユウキやアオイに迷惑をかけるのもだめだ。女装してクラスメイトとキャッキャウフフとか、俺を含む全員が一生モノのトラウマになりかねん。


「分かった。いいよ。」


 俺が腹を決めてユミコに告げる……と、なんかふくれっ面してるんだが。俺がしてやるって決めたんだから、喜べばいいのに。


「やっぱいい。」


 あれ?


「喜んでくれないなら要らない。」


 はぁ……?


「私は、貴方に好かれたい。だから、いい。」


 珍しい長台詞。


「俺の服、返してくれるか?」


「無論。」


 まったく、なんだったんだ。俺がぼやこうとしたその時、


「お師匠様?どうかなさいましたか?お入りしてもよろしいでしょうか?」


 とふすまの向こうのユウキが声をかけてきた。


「気が向いたから呼んだけど、やっぱりいい。あと、今日のお題は『ノリ塩味の赤シート』。」


 苦しい言い訳どころじゃないぞこりゃ。言い訳にすらなってない。


「分かりましたっ!ご指導ありがとうございますっ!」


 これを指導と思っちゃうのもどうよ。


「あの子は騙されやすいから。」


「お師匠様?何かおっしゃいました?」


「いや。あと、襖開けたら殺す。」


「かっ、かしこまりましたっ!」


 何となくユウキが頭を深々と下げて去っていくのが目に見える気がした。





「やっと帰ってこれたぁ!」


 もう冬も終わり、日が長くなってきているにも関わらず駅に着くころには真っ暗になっていたのは、思ったより薬で寝ていたのだろう。


 とりあえずジュースを買って駅のベンチに座り込み、何とか家まで帰るだけの気合を入れなおす。


 ほんとに疲れた……ていうか、何か忘れてないか?


「こんな時間に何してるんだ?部活入ってないんだろ?」


 そうだ!部活だ!……ん?聞き覚えのある声だ。


 IT……今振り向いたら終わり……。


「こっち向きなさいよ!」


 ギャーッ、バ、バキッていったー!

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