買い占め
「はい、これチケット」
「あ、ありがとうございます」
チケットの発券を終えてきた絵里さんがこちらに戻ってきて、チケットを渡してくれたので、それを受け取る。
「なんでも、開始たった5分で、すごい展開が待ってるらしいわよ」
「へぇ……」
最近テレビ見てなかったから、タイトルだけじゃどんな映画かわからないな。
その分、ワクワクも増えるってもんだ。
そうして、僕達はチケットを入口で渡し、中へと進んでいく。
「さ、どこでも好きなとこ座っていいからね」
「え……?」
シアターの中に入ると、絵里さんがそんなことを言ってきたので僕はたまらず聞き返してしまった。
「どこでもって……他のお客さんもいるからダメですよね……?」
「いないわよ?この時間帯のチケット、全部買い占めてるから、誰も入ってこないし」
「か、買い占め……?」
そ、そんなことする?普通……
ザッと見ただけで200人くらいは入れそうなシアターだぞ?
そんな空間で2人きり……?
危ない匂いしかしないんだけど……
「ふふ、いつでもいいからね……私の準備はできているわよ……」
絵里さんは怪しく笑いながら、真ん中付近の席へと座っていった。
「……」
唖然としつつ、僕もその後に続き、絵里さんの隣に座るのだった。
楽しみなはずの映画が一気に不安に覆われたぞ……
いや、きっと大丈夫だ……
映画が始まれば、夢中になって色々忘れるはずさ、きっと。
きっと……
♦︎
「「……」」
映画館を出てから、僕達は両手で身体を抱きしめるように震えていた。
決して寒いのではない。怖いのだ。
まさか、スプラッタ挟んでくるなんて、聞いてないよ……
主人公の女性は開始5分で謎の人物に惨殺される。
しかし、魂だけは生きており、別の人物に憑依する。だが、憑依した先でも謎の人物に惨殺される。
やがて、それを何回か繰り返し、主人公は死にながら、犯人を暴くために必死になりながら、謎を解いていくというストーリー。
これがまた惨殺されるところが、リアルに描かれてるんだよ……
本当もう……
しかも、最後に謎の人物は別次元の自分だったとかいう展開を挟んでくるし……
「何か温かいもの飲みたいわね……」
ベンチに座り、震える絵里さんが言った。絵里さんもスプラッタは大の苦手らしい。
それをまさかの映画館で迫力満点で見ることになるとは夢にも思わなかった。トラウマになりそうだよ、まったく……
「そうですね……喫茶店にでも行きましょうか……」
というわけで、僕達はエスカレーターを降り、レストランのフロアへと向かうのだった。
そして、全国チェーンの喫茶店を見つけ、中に入る。
「二名様ご来店でーす」
店員さんに案内され、通路側のテーブル席に案内される。
「とりあえず、コーヒー2つ……」
絵里さんはメニューを見る前に店員さんにそう言う。
そして、程なくしてコーヒーが運ばれてきた。
「はぁ……ごめんなさいね、あんな映画なんて……」
コーヒーを一口飲んだ後、絵里さんは呟くように言った。
「大丈夫ですよ……内容が予想外すぎましたけと……」
「落ち着いたら、どこかに行きましょうね……」
「そうですね……」
そうして、神妙な雰囲気のまま、僕達はしばらくの間、ゆっくりとコーヒーを飲むのだった。
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