春日虎綱「木曾と東濃の行き来を考えますと木曽川の水運を利用することになります。その際、便が良いのが津島の港になります。加えて津島は熱田に比べて安全であります。」

　信長が幼少期を過ごしたのが津島。父織田信秀が尾張国内外の戦いに明け暮れていた時期に嫡男を置いておいても問題の無かった場所。安全を確保することが出来た場所。それが津島であります。いくさに巻き込まれる心配の無かった津島は繁栄。そこでのあがりが今の織田家運営の原資となっているのであります。

私（村上義清）「しかしそれなら今川の脅威が去った熱田も安全であろう。」

春日虎綱「そうですね。ただ足助に集めたものは岡崎に向かわせる取り決めを家康と結んでいます。迂回路として熱田があったほうが良いのは確かであります。ありますが、そうなりますとより京に近く発展を遂げている熱田に物資が集まってしまうことが目に見えております。それは避けたいと考えています。」

私（村上義清）「何故そう考えている？」

春日虎綱「今後どのような状況になるのかわかりませんので。今、織田と斎藤がいくさをしています。織田が攻め、斎藤が守ると言う形で続いています。もしそこで信長が斃れてしまったらどうなるでしょうか？織田領内の港の使用が難しくなる危険性があります。大半の物資が織田領内を行き来し、松平領内はほとんどなし。その状況で急に『物資の行き来は岡崎経由で。』と言いましても松平からすれば『今更何？』でありましょうし、そもそも『体制が出来ていない。』から対応出来ないでしょうし、『どうせ落ち着いたらまた熱田に回すのでしょ？』と言われてしまうのが関の山であります。

　今、松平と今川がいくさをしています。もしそこで信長に続き家康にも不測の事態が発生した場合どうなるでしょうか？南信濃に木曾。更には三河と美濃の物資を兌換することが出来なくなってしまいます。購入した食糧を運び入れることが出来なくなってしまいます。御存じの通り我らは領内の食糧を自活で賄うことは出来ません。たちまち干上がってしまうことになります。そうなった時、織田と敵対している斎藤並びに奥三河を領していた今川が我らに対してどのような行動をとることになりますでしょうか？我が領内で不満を抱える国人に手を回し、内部を攪乱しながら攻め込んでくることになります。うちは殿の命令１つで全てが動く体制ではありません。各国人の繋がりがあって初めて機能する脆弱な政権であります。常に彼らの利益を守らなければ崩壊する危うさを孕んでいます。故に想定される不測の事態を少しでも回避することの出来る術を講じる必要があります。」

私（村上義清）「氏真が西進したとしても津島に到達するまでには時間が掛かるであろうし、そこまで松平や織田が追い込まれる事態に陥るのであれば、もはや家康は居ないことになるから三河での取り決めを気にする必要も無いことになるのか……。しかし熱田への出入りは出来るようにしておいて損は無いような気もするのであるのだが……。」

春日虎綱「そうですね。一言加えておきますか。ただそれは表に出すことはやめておきます。」

私（村上義清）「そうだな。」

春日虎綱「殿。」

私（村上義清）「どうした？」

春日虎綱「私が熱田よりも津島を求めた理由は、もう１つあります。」