第112話餌

 前日。村上義清軍は大門峠を一気に駆け下り。夕刻、上原城に入城。そこで兵たちに食事を摂らせ。終えるや否や夜陰に乗じ、諏訪湖を回り大門峠の麓に着陣。日が昇ると同時に小笠原長時の陣目掛け総攻撃を仕掛けたのでありました。突如として現れた村上義清の兵に、油断していた小笠原長時の陣は大混乱に陥ったのでありました。ただそんな中、小笠原長時はあることに気付いたのでありました。それは……。




 『諏訪や真田の兵が居ない。もしかして麓に居るのは……村上義清だけ……。』




 少し時間を巻き戻して上原城。




私(村上義清)「俺だけが突っ込むのか。」


真田幸隆「えぇ。」


私(村上義清)「えぇ。ってお前。」


真田幸隆「ここ上原城と長時の居る塩尻峠の間には小笠原長時の勢力圏があります。殿と上原城の間を繋ぐ役割を担うものが必要となります。」


私(村上義清)「確かにそうではあるが……。」


真田幸隆「兵の数は長時のほうが多いことかと思われますし、長時のほうが高所を抑えております。ただその中にあって、本当に長時のために戦おうとしているものは限られております。殿の力で以てすれば破ることが出来ると思われます。」


私(村上義清)「……わかった。ただ気になるのが……。」




 地図を広げる村上義清。




私(村上義清)「こいつに後ろを見せることになるのだが……。」




 村上義清が『こいつ』と言った人物とは勿論高遠頼継。




真田幸隆「見せれば宜しいかと。」


私(村上義清)「正気!?」


真田幸隆「我らが頼継に対し図っているのは彼の村上家に対する忠誠心であります。殿が塩尻峠で長時と戦っている間。頼継は何をするのか。殿に加勢するのか。いくさの場所が異なるがため自分の陣を守るのか。はたまた……。」


私(村上義清)「背後から俺に襲い掛かって来るのか。」


真田幸隆「御意。」


私(村上義清)「お前はどう見る。」


真田幸隆「もし塩尻峠において殿と共に私や諏訪が居るのを確認したら、たぶん彼は諦めることでありましょう。大混乱となっている小笠原長時の様子もさることながら兵の数でも圧倒することになりますので。」


私(村上義清)「後ろを狙う前にいくさが終わってしまうことになる。」


真田幸隆「はい。それでも良いのではありますが、頼継の本心を探ることは出来ません。」


私(村上義清)「で。長時より少数の俺だけが突出したままいくさが始まってしまった姿を見せる必要がある。と言う事か……。」


真田幸隆「はい。」


私(村上義清)「大丈夫か。」


真田幸隆「わかりませぬ。」


私(村上義清)「仮に背後を狙われた時……。」


真田幸隆「殿は気にせず。そのまま小笠原長時目掛け、突っ込んで行ってください。」


私(村上義清)「いやそれでは……。」


真田幸隆「そこで役に立つのが……。」

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