前のエピソード――第66話アンチを通り越して

　新規採用者改め暗殺者の待つ部屋に戻る村上義清。

私（村上義清）「お待たせいたした。ところで尋ねたいことがある。」

春日虎綱「なんでしょうか。」

私（村上義清）「『晴信の無念を晴らしたい。』と言うそなたの気持ち。部下を持つものとして感じ入るところがある。」

春日虎綱「有難き幸せ。」

私（村上義清）「一戦も交えることなく領土を明け渡してしまう主筋に対し、憤りを覚えたことも理解することが出来る。」

春日虎綱「はい。」

私（村上義清）「ただ……絶縁されてまで貫き通した理由がわからぬ。飯富から替地を与える約束をされていたと聞いておるが。」

春日虎綱「はい。飯富様からのお心遣い。大変有難いと思っております。そして本来であれば晴信の子を盛り立てることが筋であることも重々承知しております。ただ……。」

私（村上義清）「どうした。申してみよ。」

春日虎綱「私が戻ることの出来る場所は……甲斐の中にはありませぬ。」

　春日虎綱は甲斐の国石和の百姓の子。虎綱が１６歳の時、父が死去。その際、姉夫婦に父の遺産を簒奪され、裁判に訴え出るも敗訴。居場所を失うのでありました。

春日虎綱「そんな私を拾ってくれたのが晴信でありました。ただ私には地盤もなければ学もありません。何も出来ない私を晴信は奥近習として採用していただき、更にはあらゆる物事の。それこそ『いろは』の『い』から教えていただきました。やっとほかの家臣の前に出ても侮られない。さあこれから恩返しだ。と思った矢先に……。」

私（村上義清）「ならば尚の事、晴信の子を盛り立てるべきなのではないのか。」

春日虎綱「私は奥近習であります。奥近習の仕事となりましたら村上様もご存知の事かと。私は男ではありますが、晴信の前でありますと……。その晴信が私以外のところに行ってしまうのは正直……。勿論私では世継ぎを残すことは出来ませぬ故、仕方のないことなのではありますが。晴信の子とは言え。ほかの女子から生まれて来たものに。晴信と同等の忠誠心を抱けとなりますと、少し腑に落ちないところがあります。」

私（村上義清）「（……そうだな。旦那の浮気相手の子供に頭を下げるのには抵抗感を覚えるわな……。）」

春日虎綱「加えて、私は武田家中において『晴信の依怙贔屓によって。』と見られています。実績もありませんし、実際、そうであります。飯富様からの扶持に対し快く思わないものも当然出て来ることになります。」

私（村上義清）「だから私との弔い合戦が必要であり、そこで武田家中に自らの実力を知らしめる必要があった。」

春日虎綱「はい。ただ勇み足が過ぎました。もう戻る場所はありませぬ。そんなところに真田様からのお誘い。ならば村上様のもとで武田の連中を見返してやろうではないか。と……。」

私（村上義清）「（仕事はしてくれそうだな……。）わかった。でも本来の目的は……。」

春日虎綱「勿論殿の無念を晴らすことであります。」

私（村上義清）「（暗殺以外の方法で、晴信の無念を晴らす方法を見つけることが出来ないと……殺されることになる……。）」