第81話 妹は兄の暗躍を知らない
「ほぇー、サクラくんも大人になったやん。わざわざこの前の礼に来るなんて、意外やわ」
「いや、氷川が呼んだんだろ」
晶穂を桜羽家に迎え入れた翌日。
春太は元同級生に呼び出され、老舗カフェRULUに来ていた。
今日も涼華は、クラシックなメイド服姿だ。
可愛いのが、春太はなんだか悔しい。
「何事かと思ったよ。ただの忘れ物かよ」
「ゲーム好きのサクラくんには大事なもんやろ?」
「俺のじゃないけどな」
美波がクリパで持ち込んだゲームソフトが、店内に置きっぱなしになっていたのだ。
涼華も昨日気づいて、春太に連絡してきたというわけだ。
「まあ、元から年内にはRULUには来る予定だったけどな」
「あれ、そうなんや?」
「マスターにはあらためてお礼をしないと。クリスマスイブに店を貸し切りにして使わせてもらったんだから」
過去二年で不幸な事件があったとはいえ。
やはり、お店にとってかき入れ時であろうクリスマスに貸し切りにしてもらったのは、申し訳なさがある。
「幹事の美波さんが来るのが筋だろうが、あの人、実家帰ったみたいだからな」
「美人やったねえ、あのお姉さん。サクラくん、年下殺しかと思たら、いつの間にか年上も落としとるやん」
「落としてねぇよ」
美波にはからかわれているだけだ。
多少、度を過ぎていることは否めないが。
「一応、美波さんに連絡したら、年明けに来るつもりだったらしいけど俺に任せるってさ。手土産も買っていけって」
「ふーん、サクラくんにしては気ぃ利いてると思たら。なんや、あのお姉さんの入れ知恵やったんか」
「俺だって手土産買うくらいの常識はあるっつーの」
春太も美波に言われなくても、自分で土産を持って行くつもりだった。
ちなみに手土産は、近所の有名和菓子屋のまんじゅうの詰め合わせだ。
「このおまんじゅう、私の好物やね。覚えてたん?」
「一応な。一緒に食ったことあったよな。おまえ、えらく美味そうに食ってたから」
中学時代――
数えるほどしかなかった、氷川涼華と二人でのお出かけ。
その和菓子屋では、店内に飲食スペースがあった。
涼華は普段食べるスイーツは店のケーキばかりということで、ずいぶん喜んで食べていた。
その笑顔を忘れるほど、春太も薄情ではない。
「サクラくんは、こうゆうところがあかんのやなあ」
「なんだよ、あかんって。マスターたちは和菓子が苦手だとか?」
「全然そんなことない。ウチはみんな和菓子好きやから、
「……12個入りじゃなくて24個入りにするべきだったか」
立て替えた手土産代は、あとで美波に請求できることになっている。
ケチらないほうがよかったらしい。
「ていうか、マスターたちは?」
「おとんとおかんは今日は休みや。今日の私は看板娘兼店長代理やね」
「大丈夫なのか、高校生に店を任せて……」
「そうやなあ、今はええけど、お昼時は忙しいやろなあ。一人で注文取って、料理して、コーヒー淹れなあかんもんなあ。大変やわー」
「……接客のマニュアルとかあるか?」
くそっ、昼を過ぎてから来るべきだった。
春太は後悔したが、もう遅い。
涼華に指定された時間に来たのだが、これも狙いだったらしい。
仮にも受験生の氷川妹を手伝わせるわけにもいかない。
春太は仕方なく、マスターのエプロンを借りて戦場へ飛び込む。
マニュアルはなかったが、ルシータでのバイト経験が少しは役立った。
バイトを経験していなければ、落ち着いて接客などはできなかっただろう。
人生、無駄なことはないらしい。
お昼時の目の回るような忙しさが二時間近くも続いて――
ようやく、一息ついた。
涼華に出してもらった甘いアイスカフェオレを、春太は一気に飲み干す。
「ふあ……けっこう客多いな。年末も休まず営業するんだな、この店」
「大晦日と正月以外はそんな忙しないからなあ。人が休んでるときに働くのが商売っちゅーもんやで」
「たくましいことで……」
「RULUを継ぐ気なら、サクラくんもその辺心得てもらわんと」
「どういう理由で俺が跡継ぎになるんだよ!」
「え、一つしかない思うけど……ま、まさか
「ねぇよ! チャンスゼロだよ!」
親友に恋する乙女を狙うほど、春太はがっついていない。
「店名はRULUからFUYUに変更してもええで。看板も二文字替えるだけで済むしなあ」
「そんな問題か!?」
氷川家に婿入りして、自分の妹の名前を店名にする。
シンプルに頭がおかしいだろう。
「そういや、サムのヤツはどうしたんだ? この前のクリパのときもいなかったよな?」
「あー、サムか」
サム、というのは涼華たちの弟のことだ。
小さい頃からダンスを習っていて、そのダンススタジオでついたあだ名が定着した。
本名は葉一なのだが、今は家族にまでサムと呼ばれているほどだ。
春太たちより三つ下で、今は中学一年生。
中学はかぶっていないが、氷川姉妹を通して春太も面識がある。
「あの子はカノジョができてから、そっちに夢中や。今日もデート行っとるわ。ウチが店やってることも忘れとるんちゃうか」
「極端だな。氷川の弟だっていうのも納得できる……」
「おんや、さりげなく私をディスっとるね」
「同中のヤツは気安くイジれるのがいいところだな」
「私も傷つきやすい乙女やねんけどな」
「そうだったか?」
春太の軽口に、涼華は笑ってパンと手で軽く肩を叩いてきた。
やはり、同じ中学出身という気安さは悪くない。
「つーか、大晦日と正月じゃなくても普通に忙しいじゃねぇか。ワンオペは無理がないか?」
「せやねえ、ウチは食事目当てのお客も多いんよ。飲み物のほうが利益率高いんやから、料理のメニュー減らしたいわ」
「生々しい話だな……おまえは客が多いことを喜ぶべきじゃないのか」
「客が多くても少なくても、バイトには関係ないやん。むしろ、少ないほうが楽でコスパええまであるわ」
「氷川はただのバイトじゃなくて、マスターの娘だろ」
店の稼ぎが家の経済状況に直結しているはずだ。
まだ高校生の身では、涼華もあまり気にしなくても不思議はないが。
「ああ、ごめん、ごめん。遅なったけど、サクラくんもお昼食べるやろ? なんでもええで、カレーでもピラフでもアジのみりん干しでも」
「自由すぎるだろ、このカフェ。メシか……そうだな」
「うん? どうかしたん?」
春太は一瞬考え込んで――
思い切って、口を開いた。
「あと、氷川。ちょっと頼みがあるんだが」
「頼み? サクラくんにそんなこと言われたん初めてやね」
春太には、やるべきことがいくらでもある。
だが、最優先すべきことは最初から決まっていて、そこはブレていない。
そのために、先送りにできないことが一つある――
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