第74話 妹は兄が詰んでいることを知らない

 冬野雪季。

 月夜見晶穂。

 冷泉素子、霜月透子、陽向美波。

 それに、氷川涼華。


 カフェRULUの店内、一番隅のテーブル席にこの六人が集まっている。

 それに加えてもう一人――


「……なあ、晶穂。この組み合わせはなんなんだ?」

「せっかく一同に会してるんだから、顔合わせしておきたいでしょ?」


「いや、このメンバーの必然性について訊いてるんだが?」

「ハルの胸に訊くのが早くない?」

「俺の胸に答えは格納されてねぇよ」


 春太は、このメンバーに思うところはない。

 ないはずなのだが――なぜか後ろめたい。

 どういうわけか、背中に冷や汗すら浮かんでくる。


 本来、四人がけのテーブルなので、七人はかなりぎゅうぎゅうだ。

 春太のみ、テーブルの通路側、いわゆるお誕生日席のあたりに椅子が置かれ、そこに座っている。


 春太の前に、雪季と晶穂。

 その奥に冷泉と霜月。

 さらに一番奥に、美波と涼華が座っている。


「あ、霜月さん、よろしくっすー。冷泉素子っす。同じ“子”がつく同士、仲良くするっす」

「は、はい、霜月透子です。冷泉……さん」

「もっちゃん、でいいっすよ」

「そ、そこまで親しげに呼ぶのは……私は透子でいいですから」


 若い者たちが親睦を深めている。

 それは、大変けっこうなことだ。


「なあ、晶穂。この並び、なにか恣意的なものがあったりするのか?」

「ハル、なかなか度胸あるね。わざわざ、そこを掘り返すなんて」

「……おまえが席を指示してたもんな」


 氷川妹との会話をカウンター内で立ち聞き――座っていたが――していた晶穂。

 晶穂にフロアのほうに連れて行かれ、このメンバーが集められ。

 気づけば、こんなことになっていた。


「まあ、雪季ちゃんは妹だからおそばに。あたしは正室だからね」

「俺、側室を持った記憶、ないんだが?」


「透子ちゃん、ソクシツってなんですか?」

「えーと……二番目以降の奥さんです。昔は一夫多妻でしたから」


 雪季が、隣に座る霜月に顔を寄せてヒソヒソと話している。

 霜月は、なぜか顔が真っ赤だ。

 なにを想像しているのだろうか。


「れーちゃん、いっぷたさいって?」

「男の人が奥さんをいっぱい独り占めしてること。今の桜羽先輩のことだよ」

「冷泉、聞こえてんぞ! 大嘘を混ぜんな!」

「ちっ、変なところで耳がいいっすよね」


 冷泉がわざとらしく舌打ちしている。

 とはいえ、この状況では完全に嘘とも言い切れないのが辛いところだ。


「でもさ、ハル。やっぱ序列ってものをはっきりさせといたほうがいいじゃん?」

「俺は周囲のみなさんに順番をつけるほど傲慢でもないんだが」

「ハッ、雪季ちゃんが一番のくせに」

「それは当然――いや、妹はやっぱ別だろ」


 晶穂はその妹でもあるので、ややこしい。

 春太はやはり、クリパのメンバーは厳選するべきだったと後悔しそうだった。


「ウチの店では一番下っ端のサクも、ここではまるで王様だねえ。先輩の美波ですら、ここじゃ序列の下位みたいだし」

「わ、私は下位で充分ですけど……い、いえ、みなさんと同席するのもおこがましいです」

「ふーん、霜月透子ちゃんだっけ。最近、サクも生意気になってきたし、そろそろ慎み深いキャラがほしいんだよね。君、ウチのゲームショップでバイトしない?」


「美波さん、美波さん。その子、中学生で受験生ですよ」

「へぇ、中学生? サクの妹さんもだけど、今時の中学生は発育いいねえ。そりゃ、サクも誘惑されたらたまらんだろーね」

「ゆ、誘惑なんてしてませ……んよ?」

「テキトーぶっこいただけなのに、予想以上のものが釣れそうだよ?」


「……あの、お兄ちゃん? やっぱり、透子ちゃんともなにか?」

「おいおい、あたしも小さいし、ウチのカレシ、シスコンに偽装したロリコンだった説?」


「雪季、“やっぱり”ってなんだ!? シスコンは合法だが、ロリコンは犯罪だろ! おかしな濡れ衣を着せるな!」


 春太は大嘘を貫くと決めた。

 霜月の誘惑に、割と乗っかったことがあることは墓場まで持って行きたい。


 嘘が下手な霜月と、妙にカンが鋭い美波の組み合わせは危険すぎる。

 そもそも、こんな組み合わせは想定すらしていなかったが。


「別にロリコンは違法じゃないよ、ハル。ノータッチならオッケーなんだよ。心の中は誰にも支配できないんだから」

「……ごもっともで」


 妹のことが好きでも、ノータッチならOK。

 ただし、実の妹も、血が繋がらない妹も、どちらもノータッチではないのが痛いところだ。


「なんか、先輩の周りは濃いっすよねえ……ボク、可愛い眼鏡っ子後輩ってだけじゃ薄すぎるのかもっす」

「モトちゃんも、難儀やなあ。君、ウチの妹の世話焼いてる場合とちゃうやろ?」

「そうなんすけどねー。ヒカを見てると、他人事じゃない気がするんすよ」


 今度は、冷泉と氷川涼華がボソボソと話し始めた。

 春太からは、この二人が一番遠いような、意外に近いような――


 はっきり言って、扱いに困る二人だ。

 扱いやすい女子など、春太の周りには一人たりとも存在しないが。


「つーか、晶穂。この面子で集まって、なにをする気なんだ?」

「別になんもないよ。どうぞ、ご歓談ください」

「歓談って言われてもな……」


 他の客たちは、普通にワイワイ楽しそうに飲み食いしている。

 だが、このメンバーでいったいなにを話せばいいのか。


「しゃーないな。間が持たないなら、あたしのギターを披露してあげよっか」

「晶穂、なんでギター持ち込んでるのかと思ったら……」

「パーティには音がないとね。今日はジュークボックスになるつもりで来たから」

「その割には、このメンバー集めたり、いらんことしてるよな……」


 春太が半目で睨んで見せても、晶穂はまるで気にした様子もない。


「はい、ちょっと通してね」


 晶穂は席から離れて、近くに立てかけてあったギターを手に取った。

 わざわざ、手のひらサイズのアンプまで持ち込んでいる。


「さてさて、なにから始めようかな」


 晶穂は、じゃららん、と軽くギターをかき鳴らす。


「せっかくだし、クリスマスソングメドレーにしようか。雪季ちゃん、ボーカルいってみよう!」

「フ、フーのボーカル!? いけないっす、ちびっ子のお姉さん! フーは“セイレーン”のあだ名を持つモンスターなんすよ!」

「雪季ちゃんの歌、船を沈める破壊力があんの?」


 セイレーンの歌声は人を惑わすのであって、船を破壊する威力があるわけではない。


「れーちゃんには、あとでお話がありますけど……う、歌は私ちょっと……」

「えーっ。あたしが歌ってもいいけど、それじゃ上手いだけで面白くないからなあ」

「おまえ、人の妹でひと笑い取ろうとすんなよ」


 気安いパーティなので、笑いを提供するのも悪い話ではないが。


「じゃあ、遠くからわざわざ来てくれたんだし、ポニ子ちゃんでいいや」

「わ、私ですかっ!?」


 霜月が慌てて立ち上がった。

 ちなみに、霜月はいつものセーラー服姿だ。

 これが一番フォーマルな服装だったらしい。


「ほらほら、ポニ子ちゃん、おいで。自己紹介も兼ねて一曲行ってみよう」

「うう……ほ、本気ですか、晶穂先輩……」


 意外に従順な霜月は、席から抜け出て、晶穂の隣に立つ。

 晶穂は、軽くワンフレーズ弾いて――


「この曲、知ってるよね?」

「え、ええ。知ってますけど……」


「んじゃ、始めよう。みなさーん、クリスマスソングメドレー始めます! ボーカルは、霜月透子ちゃん! 雪季ちゃんの従姉妹で、今度ミナジョを受験する美少女中学生ですよ!」

「び、美少女!?」


 おーっ、と他の客たちが歓声を上げて、一斉に霜月のほうを見た。

 霜月が雪季ほどではないにしても、美少女なのは事実だ。


 晶穂がギターを鳴らし、その横で霜月が歌い始める。

 誰でも知っているような、有名なクリスマスソングだ。


「……あれ、透子ちゃん、歌上手くないですか?」

「クリスタルボイスやねえ。これは、客引きに使えるんちゃう? この子、ウチでバイトさせたいわ」

「霜月は、高校に進学してもバイト先に困らなそうだな……」


 実際、霜月の歌は音程も完璧、声量も抜群で妙に上手い。

 実家の旅館の仕事で、カラオケなど歌わされてきたのかもしれない。


「お、おかしいです……血が繋がった従姉妹なのに、なんで透子ちゃんは勉強も運動もできるし、歌まで上手いんでしょうか」

「雪季、従姉妹ってそんなに似ないことも多いからな?」


 確かに、スペックだけ見るなら雪季は霜月に勝てるところがまるでない。

 雪季が唯一得意な家事も、霜月は人並み以上にこなせている。


「う、うう……わ、私も歌います!」

「雪季!?」

「むー……」


 驚く春太の前で、雪季は桜羽ガールズ(そんなものいない)をじーっと一通り眺めて。


「一番可愛いだけじゃ足りません! 私ももっと前に出ないと!」


 雪季はそう言い放つと、霜月の隣に立ってデュエットを始めた。

 はっきり言って、雪季の歌は上手くはない。

 せっかくのクリスタルボイスに雑音が加わった感はあるが、とりあえず可愛い。


 可愛い女子中学生二人のデュエットで、観客も盛り上がっている。

 晶穂も面白がっているのか、ギターを派手に鳴らして、さらに盛り上げていく。


「フー、変わったっすねえ。前なら、知らない人も多いこんなトコで歌うわけなかったっすよ」

「……だよな」


 春太は、冷泉のつぶやきに頷いてみせる。


 妹は、本気で春太の妹をやめて、カノジョになろうとしているのかもしれない。

 そのために、消極的な性格をも変えようとしている――


「ふーちゃん、いつの間にやらサクラくんの妹ってゆうよりカノジョやねぇ。昔の私を見てるようやわ」

「…………」


 氷川涼華の後半の台詞はともかく。

 普段、雪季と会わない氷川姉から見ても、今の雪季は変わりつつあるらしい。


 ボーカル二人とギターの一人以外は、春太と雪季が血が繋がっていないことを知らない。

 だが、もしかするとこの女子たちにバレる日もそう遠くないのかも――



※小あとがき

 書籍化へのあたたかいお言葉、ありがとうございます!

 お返事できていませんが、すべて拝見しております。書籍化の作業の励みになります。

『妹はカノジョにできないのに』、電撃文庫さんから5月10日発売予定です。

 よろしくお願いします!

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