第66話 妹は密かな企みを話したい
とりあえず、悠凛館高校の期末試験も終了した。
ろくに勉強しなかった春太は、もちろん手応えなどない。
ただ、日頃それなりに真面目に授業は聞いている。
平均点くらいは普通にクリアしているはずなので、問題はない。
「やったー、やっと創作活動に専念できる!」
「うるっさーっ!」
ギャギャギャギャーンッ、と信じがたいほどの轟音を上げて、晶穂がギターをかき鳴らしている。
ここは、軽音楽部の部室。
今や、正式な部員は晶穂一人なので彼女の城と化している。
第二校舎には文化系の部活の部室が多く集まっている。
軽音楽部の部室は隔離されているが、もちろん騒音の凄まじさのせいだ。
「卓球部じゃないんだよ。軽音楽部がうるさくて文句を言われる筋合いはないね」
「卓球部も別に静かじゃねぇけどな」
春太は耳を押さえていた手を離して――
「珍しくテンション高いな。つーか晶穂、今回はろくにテスト勉強してなかっただろ。ずっと曲つくってたんじゃないのか?」
「ハルだって、妹とイトコ(仮)に夜の創作活動してたんじゃないの?」
「確かに夜に勉強教えてたよ! なにもつくってねぇけどな!」
一応、晶穂は表向きには春太のカノジョであるはずなのだが。
どうも、妹とイトコとの浮気をけしかけているように見えてならない。
「しかも、例のカテキョの教え子とその姉まで毒牙にかけようとしてたって?」
「かけてねぇよ! 会ってきたのは、カテキョしてるのとは別のヤツの姉貴だよ!」
「女友達多いね、ハルは。むしろ、あたしより女の友達多いんじゃない?」
「おまえが友達少ないんじゃないか……?」
「ロック女は友達多いもんだよ。だいたい、みんな友達」
実際、晶穂は友人は多い――
しかもカースト上位の陽キャグループの女子ばかりだ。
「えーと、なんだっけ。そのお姉さんって、氷川涼華さんだっけ」
「なんで氷川の姉貴の名前まで知ってんだ!?」
「妹さん、素直に育ってよかったね」
「ウチの妹を言いくるめて情報引き出すのやめないか?」
なんでもぺらぺらしゃべってしまう雪季にも問題がある。
ただ、妹の素直さを歪めたくない兄だった。
「あたしは寛大だから。たとえカレシがメイドさんのお店に行っても許すよ」
「いかがわしい店に行ったみたいに言うな! メイドは俺も予想外だったんだよ!」
「今日はツッコミ激しいね、ハル」
「……俺もテスト終わってテンション上がってんのかもな」
というより、今日の晶穂がひときわボケてくるせいだろう。
「ていうかさ、ハル。テストを捨てるのはあんたの勝手だけど」
「ん?」
「妹とか教え子とかならともかく、テスト前にさらに手を広げるのはマジでどうかと思うよ?」
「手を広げるって表現はともかく、そのとおりだな」
冷泉に頼まれたとはいえ、氷川家を訪ねるのはテスト明けでもよかったはずだ。
自分は流されすぎかもしれない、と春太は反省する。
春太は、ふーっとため息をついて。
「なあ、妹よ」
「怖っっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!」
ギャーンッとギターから再び轟音が響き、それをかき消すほどの晶穂の大声も響いた。
「う、うわぁ、生まれてこの方、こんなに怖い台詞、聞いたことない!」
「マジでうるせぇよ、声でかすぎる!」
さすがに歌を得意としているだけあって、晶穂の声量は並みではない。
春太の脳みそがシェイクされるほどの声だった。
「そ、そりゃ大声も出るって。とうとう認めたの、あたしが妹だって?」
「はぁ……今さら晶穂が妹だってことを否定したって始まらないだろ」
「まー、そうなんだけどさ。もうちょっと青春モノらしくウジウジしてくれたほうが、あたし好みなんだよね」
「おまえの好みに合わせてられるか」
「カレシとは思えない台詞だね」
「…………」
残念ながら、晶穂の言うことは正論だ。
間違っているとしたら、春太たちがいつまでもカレシカノジョのままというところだ。
「それで、もしかしてお兄ちゃん、妹に頼りたくなっちゃった?」
「お兄ちゃん言うな。さっきのは気の迷いだった」
「悪かったよ、からかったりして。まあ、からかわないあたしなんて、全然月夜見晶穂じゃないけどさ」
晶穂がギターをスタンドに立てかけて、ぐいっと身を乗り出してくる。
「どしたん、話聞こか? 試験も終わってご機嫌だからね、今日のあたしは」
「機嫌悪いと話も聞いてもらえないのか」
「カノジョってそんなもんでしょ?」
「なんか、いちいち晶穂が正しいのがイラっとするよな……」
「正論で殴っても許されるのがカレシのいいところだね」
「今、デートDVってヤツが問題になってるらしいぞ」
カップル同士の暴力の話だが、メンタル面への攻撃も含まれる。
春太も晶穂もジャブで殴り合うのは挨拶みたいなものだが。
「まあ、社会問題について話し合うのはまた今度で……いや、晶穂にも話すわけにはいかないな。他人のプライベートな問題だしな」
氷川涼華、氷川琉瑠の姉妹、それに松風。
さらに言うなら、冷泉に与えるご褒美のこともある。
カノジョである晶穂に無関係とは言えないが、彼女たちの事情を勝手に話せない。
「ハルは変なトコ真面目だもんね。あたしとしては、他人のゴシップも作曲のネタになるからすっごく興味あるけど」
「クリエイターって業が深いな」
「まだ人間捨ててないから、そこは深掘りしないよ。とにかくハルは例によって、また周りに翻弄されてるわけ?」
「かいつまんで言うと、そうなるな」
「なるほどね」
晶穂は、ギターの横に立てかけてあったベースを手に取った。
ベベン、ベンベンと重い音が響く。
ギターはうるさすぎるので、ベースに切り替えたらしい。
うるさいことに変わりはないが。
「でも結局、雪季ちゃんの受験が最優先って基本方針は変わんないでしょ?」
「当たり前だろ」
今日も、朝から雪季には課題を与えてきた。
もう十二月も中旬に入る時期、さらに気を引き締めていかなければならない。
「だったら、それでいいじゃん。ずっと雪季ちゃんの面倒ばかり見てるわけじゃないだろうから、余った時間を他の人のことに使えばいいって」
「……そりゃそうだが」
実に単純で、わかりきった結論だった。
だが結論が出ていても、悩んでしまうのが人間なのだ。
特に、春太のように迷いやすい人間は。
「もちろん、雪季ちゃんの次に優先されるのはカノジョだよね」
「デスネ」
もし晶穂がカノジョでなくなっても、雪季の次に優先するべきは――
この生意気な態度を見ていると、優先順位を下げたくもなるが。
「それで、ハル。今日はバイトあんの?」
「いや、バイトは明日からだな」
ルシータでのバイトは、そんなにシフトは多くない。
なにしろ暇な店なのだから。
家庭教師ももう、冷泉のカウンセラーをやってるようなもので、勉強はたいして教えていない。
「じゃあ、ちょうどよかった。今日、ウチ来なよ」
「は? 晶穂の家へ?」
「あ、エロい意味じゃなくてね。エロい意味でもいいけど」
「よくねぇだろ」
このロリ巨乳はさっき「妹」と呼ばれたことを忘れているのだろうか。
「試験終わったあとなら、いつでもいいと思ってたんだけど、ちょうどいいや」
「今日でもいいが、なんかあるのか?」
打ち上げなら、晶穂の大好きなカラオケだろうに、自宅というのは意外だ。
「ウチの魔女がハルに会いたいって言ってる」
「じゃ、俺は今日はこの辺で」
「知らないの? 魔女からは逃げられない」
「知らんわ!」
魔女――晶穂の母、月夜見秋葉のことだ。
35歳という年齢も高一の娘がいるにしては若いが、見た目はそれより10歳は若く見える。
とんでもない美人で、普通ならこちらからお願いして会いたいくらいだ。
だが、なにしろ――
春太の父親が、娘を産ませた相手だ。
はっきり言って、普通の神経ならお互いに会いたいとは思わないだろう。
「魔女、ハルの実のお母さんの話をしたいって。聞いておきたいでしょって」
「…………」
春太にとって、母親は育ててくれた冬野白音だけだ。
だが、実の母であり既に故人である山吹翠璃のことが気にならないと言ったら嘘になる。
「今日、一緒に晩ご飯とかどう? ああ、そうそう」
「おい、まだなにかあるのかよ」
「雪季ちゃんも一緒にどうぞって」
「…………」
一番巻き込んでほしくない相手を、晶穂の母は堂々と巻き込もうとしている。
さすがに、娘に魔女などと呼ばれるだけのことはある。
いったい、魔女はなにを企んでいるのか――
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