第12話

12 アンダースリーブ王都へ

 次の日。久しぶりに得られた安眠に、聖女トリオは揃って寝過ごしてしまう。

 昼前になってようやく起きだし、あわてて身支度を整えて酒場へと向かう。


 店内にはいつものメイド姿のマネームーン。

 そしてエプロン姿のクズリュウがいて、フライパン片手に不機嫌そうにしていた。


「おい、遅ぇぞ! さっさとメシを食え! 今日はやることが山ほどあるんだからな!」


 アーネスト以外は頭をペコペコさせながらテーブルにつく。

 すっかり従業員用となった長テーブルには、見事な朝食が並んでいる。


 クロワッサンにベーコンエッグ、スープにベイクドビーンズ、サラダにフルーツ、ミルクにヨーグルト。

 これには朝から機嫌の悪かったアーネストすらも、驚きに目を見開いていた。


「こ……これ……あなたが作ったの?」


 「当たり前だ」と、当たり前のように答えるクズリュウ。


「すごい……! クズちゃんって、お料理がお上手だったのね……!」


 「たいしたことねーよ」と、たいしたことなさそうに答えるクズリュウ。


「あの……おじさま。こんな立派な朝食を、本当にわたくしたちが頂いてもよろしいのですか?

 わたくしたちは、1日1食……いや、2日で1食のときもありましたから、少々は頂かなくても大丈夫で……」


 「大丈夫なわけあるか!」と、こればかりは大丈夫じゃなさそうに答えるクズリュウ。


「いいか、よく聞け!

 金がもったいないからって、メシを減らすのはバカのすることなんだよ!

 メシをたっぷり食って、バリバリ稼ぐ! それが正しい金儲けってもんだ!

 それにメシを食わずして、俺の仕事についてこれると思うなよ!」


 エプロンを解いたクズリュウは、上座についてさっそく朝食にガッつく。

 その、獲物に襲いかかるライオンのような姿を見た聖女トリオは、圧倒されてこくりと喉を鳴らす。


 しかしやがて、親のマネをする子ライオンのように、目の前の朝食に「くわー」とかわいい八重歯を剥いていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 朝食後、食後のコーヒーをすすりながら、クズリュウは言う。


「俺はこのあとマネームーンといっしょにアンダースリーブの王都に行って、ギルドの許可証をとってくる。

 そしたら大手を振って商売できるからな」


 「まだお持ちではなかったのですね」とピュリア。

 アーネストがここぞとばかりに食ってかかる。


「総合ギルドをやるとか大口を叩いておきながら、許可証すらもってなかったの!?

 あきれた! それに許可証の取得には、権力者の推薦状が必要なのよ!?」


 「そうなのよぉ」とママベルが後を引き継ぐ。


「ピュリア様の聖堂ギルドも、領主様に推薦していただいていたの。

 聖堂の土地も、とって安く貸していただいていたのだけれど……。

 領主様が変わってからは、推薦もお家賃も、すごいお金を求められるようになって……」


「金が払えないんだったら、お前らの身体をよこせって言ってきたんだろ?

 それを断ったからギルドの許可証を剥奪され、聖堂からも追い出されたって寸法か」


 「どうしてわかったの?」と目をぱちくりさせるママベル。

 ピュリアは意味が理解できず、キョトンと小首をかしげている。


 アーネストが吐き捨てるように言った。


「やっぱりあなたは、そういうふしだらな世界の人間なのね。

 ギルドの許可書も、偉い人にたくさんのお金を払って推薦状を書いてもらうんでしょう?」


「偉い人に推薦状は書いてもらうさ。でも金は払わねーよ、1エンダーもな」


「でもあなたみたいな素性の分からない人間は、お金を払わないと無理に決まってるわ」


「さぁて、どうだろうなぁ。

 お前さんが想像もつかないような『ふしだらな手』を使えば、なんとかなるさ」


 クズリュウはコーヒーのおかわりを注いでくれているマネームーンと顔を見合わせ、ニッと笑いあった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それからクズリュウとマネームーンは、転移屋を使ってアンダースリーブ王国の王都までひとっ飛び。

 なぜかアーネストも同行すると言いだし、ピュリアとママベルだけがお留守番。


 アーネストは、「お前さんが想像もつかないような『ふしだらな手』」が気になってしょうがなかったのだ。

 彼女は、城下町のなかを先立って歩くクズリュウとマネームーンの背中をねめつけながら、ギリギリと歯噛みをしていた。



 ――この人は、いったいどんな手でギルドの推薦状をもらおうとしているの……!?

 ピュリア様の聖堂ギルドだって、推薦の更新には1億エンダーも要求されたのよ……!?


 実績のあるピュリア様でそれなのだから、実績ゼロの総合ギルドとなると、とんでもないお金が必要なはずよ……!

 きっとそのことを知らずに、後悔するに違いないわ……!



 アーネストはクズリュウの吠え面を想像する。

 あのいつでも飄々としているオッサンの困り顔がこれから見られると思うと、それだけでも付いてきて良かったと思う。



 ――そうだ、魔導真写しんしゃ機があれば、その顔を収められる……!

 その真写しんしゃがあれば、大きな武器になるかも……!?



 アーネストはクズリュウたちに気付かれないように、露天で売っていた使い捨ての魔導真写しんしゃ機を買い求める。

 それは使い捨てとはいえ彼女にとっては贅沢品で、ローブの中に隠していた緊急用のお金を使い果たしてしまった。


 そうこうしているうちに、クズリュウは王城へと到着。

 門番の兵士たちに「よぉ」と馴れ馴れしく話しかけていた。


 アーネストは、クズリュウはいったい誰に推薦状をもらうつもりなのだろうと疑問に思っていたのだが、まさか王城に勤めている人間とは想像もしていなかった。

 でもそれは論外な話で、お金をいくら持ってきたところで門前払いになるのは目に見えている。


 しかしクズリュウは門番たちと二言三言言葉を交わしたあと、兵士用の通用口から中に通してもらっていた。

 初めて足を踏み入れる王城に、アーネストは思わずおのぼりさんのようにキョロキョロしていたが、すぐ我に返ると、


「ちょ、お城の中にこんなにあっさり入れるだなんて!? いったい、何をやったの!?」


「門番たちは夜も連勤だっていうから、ウイスキーをやったんだよ。このあたりは夜は冷えるからな」


 アーネストは目が点になっていた。


「う……うそ……?

 こんなに怪しい男の人だっていうのに、そんなので、あっさりお城の中に入れちゃうの……?」


「飼ってる豚はな、ひもじい思いをさせちゃダメなんだ」


「えっ」


「ウイスキーくらい買える給料を貰ってるなら、門番は俺の賄賂になびかなかっただろうな。

 きっと相当な安月給なんだろう」


「で、でも……! 門番というのは、お城の治安を守るという崇高な使命があるのよ!?

 それはひいてはこの国の平和に繋がるのだから、とてもやりがいのあるお仕事なのに……!?」


「そうだな。お前みたいな『完全な豚』ばかりだったら、この国はもっと良くなってただろうな。

 仕事に『金を稼ぐ』以外の意味を見いだして、安月給に文句も言わず、身を粉にして働いて……。

 そして俺みたいなのを、もっともっと儲けさせてくれるんだろうなぁ」


「な……なによそれっ!?」


 クズリュウはヨレヨレの黒いコート姿で、お世辞にも良い身なりとは言えなかった。

 そのためアンダースリーブの王城の敷地内に入っても、見回りの兵士によく呼び止められてしまう。


 しかし彼はそのつど口八丁、時には袖の下、さらには聖女のアーネストまでダシに使い、まんまと下級執務室にまで入り込む。

 下級執務室とは、この国の為政に関わる管理職クラス、会社でいえば課長クラスの者たちの職場である。


 城に入るのも初めてだったアーネストは、すっかり緊張しきり。

 珍しい調度品やカーペットの柔らかさにカルチャーショックを受け、又貸しされた猫のように大人しくなっていた。


 そしてクズリュウはついに、ある執務室の前で立ち止まり、扉をノックする。

 返事を待たずに踏み込み、奥の書斎机にどっしりと腰掛けていた人物に朗らかに挨拶した。


「どうもどうも、ダマ小隊長」

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