第3話 子捕り鬼


 与次郎、陸吾、狡、幽鴳の四人は、百体を優に超える市松人形の大群によって、地下の穴の奥深くへと、もの凄まじい力で引きずり込まれていった。


 四人の男とその人形達の先頭に、地面からこぶし一つ分ほど宙に浮いた四人の若い女姉妹が、音もなく吸い込まれるかのように、地下の暗闇の奥深くへ向かって、すー……っと階段の上を飛び進んでいた。


 しばらくすると、地下に続く階段が終わり、最下層に着いた。

 階段よりさらに奥に向かって、先の見えない、石造りの暗い通路が続いていた。


 四姉妹達は、その通路の暗闇の奥深くへ、躊躇無く飛び進んで行った。

 人形たちも四姉妹の後に続き、四人の男達とともに、その長く狭い石の通路の暗闇の中を、奥の奥へと突き進んで行った。


 やがて、その一番奥、狭い通路を抜けた先に、ひらけた巨大な空間が現れた。


 与次郎、陸吾、狡、幽鴳の四人は、巨大な空間の真ん中に思い切り、


"────……どうっ!"


と投げ出された。


 投げ出された四人はそれぞれ、ずでっ、どてっ、と、その場で頬や背中、頭を打ち付け、「て!」「ぐ!」とそれぞれ声を発し、倒れた。

 そのすぐに、四人は各々おのおのでむくり、のそり、と起き上がり、息を整えたあと、辺りを見渡し、暗くなった周りの視界に目が慣れるまで待った。

 小さなあかりが何個もあり、四人の目はすぐに、地下の暗闇に順応した。

 目が慣れ、辺りをもう一度ぐるりと見渡した与次郎達は、はっとした。


「……なんだここは!?」

 陸吾が、大声を上げた。



 その空間は、巨大な洞窟のようであった。

 地面には、洞窟の岩壁に沿うように一定の間隔で小さな蝋燭ろうそくが何十本も置かれ、火を小さくゆらゆらとともし、立っている。


 その、洞窟内の天井も含めた岩壁一面に、

白い顔の市松人形、

犬、猫、馬、鳥、蛇、蛙などの動物を模した人形、

黒い目の雛人形、

微笑む大小様々なこけし、

恐ろしい形相の鬼の人形、

顔の無い、のっぺらぼうのような女の人形、

ぼろぼろになった赤子の人形────。


 何千体もの様々な人形がぐるりと、洞窟内の岩壁一面に、隙間なくびっしりと張り付いていた。


 気付けば、さっき入ってきたばかりの洞窟の入口は大量の人形によって隙間無く塞がれ、四人はこの空間内に、完全に閉じ込められた状態になっていた。

 その洞窟内の人形の数は、先ほど寺の本堂で見た人形の数と比べても、けた違いであった。

 人形一体一体が、今にも意思を持って動き出し、与次郎達に一斉に襲いかかってきそうな、不穏な気を放っている。


 不気味であった。



「……」

 四人は自然とお互いの背中を合わせ、それぞれで四方を固めると、“ぴん……”と気を張りつめ、薄闇うすやみに浮かぶ壁や天井にいる膨大な数の人形をぐっ、と睨みながら、周囲を警戒した。


 すると、


「……うふふふふ……」


という女の笑い声が、洞窟内に響き渡った。


 人形の壁の中から、すぅっ、と、四人の女達が現れた。

 四人とも美しく、愛らしい顔で、薄く微笑みながら与次郎達を見据えている。


 男達四人は全員一斉に女達へ意識を集中させ、全身の筋肉に“ぐうっ”、と力を込めた。


 狡が、ぎろり、と四人の女達を睨んだ。


「……おい。おめえら……。

 いったいなにもんだ!?」


 “────……ごうっ!”と、洞窟内の空気が振動した。


 狡が、鼻に皺を寄せながら、うなるように吠えた。


 すると、美しい黒髪をなびかせた女が、口を開いた。


「あら……。

 申し遅れましたわね。

 わたくしは、天子あまこと申します。

 としは十九でございます。

 四姉妹の、長女でございまする」


 そう言って、天子あまこと名乗ったその女は、妖艶に笑った。


 すると、

「次女の、泡子あわこでございます。

 十七でございます」

と、天子に似た顔の、別の若い女が言った。


 直後、

「三女の、這子はうこでございます。

 十五になります」

と、これも似た顔の、さらに若い、活発そうな女が言った。


 そして、

「…………ちご。

 五つ」

と、白い市松人形を片手に持った童女が、人形を持つ手と反対の腕を伸ばし、その手のひらを広げて、与次郎達に五本の指を見せながら、最後にそう言った。



「…………そんなことを聞いてんじゃねえ!!」

 狡が、再び吠えた。


「ここから出せ」


 狡が、威嚇するような低い声音で、続けてそう言った。


 すると、天子は突如、甲高かんだかい声で怪しく笑い出し、狡達に向かって、


「……うっふふふふ……。そうでございますね。

……ここから出るには、条件がございます」

と言った。


「……条件?」


 幽鴳が聞き返した。


 天子は、妖艶な笑みを浮かべ、


「この地下から出たければ……。

 どうぞ、わたくしたちと、遊んでくださりませ」


と言った。



「……なに!?」

 天子に見とれぼうっ、としていた陸吾が突如、弾けるように聞き返した。

 女達はくすくすと笑いながら、ゆっくりとその場から動き出した。


 すると四姉妹は、ちごと名乗った童女を先頭に、天子、泡子、這子の順で、縦一列に並んだ。


 天子が、再び口を開いた。


子捕ことおにをいたしましょう。

 すえのちごが先頭になり、親になります。

 姉のわたくしたちは、ちごの後ろに縦一列に並び、前の者の肩を掴みます。

 あなたがたが、並んでいるわたくしたちを後ろから順に捕まえていき、最後に、親であるちごを捕まえることが出来ましたら、あなたがたの勝ちとなります」


 天子が、与次郎、陸吾、狡、幽鴳の四人に向かって言った。


「刻限は、この洞窟内にある蝋燭の火が全て消えるまでにいたしましょう。

 もしこの蝋燭の火が全て消えるまでに親を捕まえられなければ、あなたがた四人は、ここにいる全ての人形達と、同じ運命でございます」


 天子が続けてそう言うと、縦一列に並んだ女達四人の身体から、黒い靄のような気が、凄まじい勢いで、


“────……ぶわり……っ!”


と 溢れ出した。

 そして、くすくす、くすくす、と、楽しそうに笑う複数の声が、洞窟内の至る所で聞こえだした。


 四姉妹は縦一列となったまま、同時にふわり、と宙に浮き上がり、


「────……こーをとろ♪ことろ♪


……こーをとろ♪ことろ♪


……こーをとろ♪ことろ♪」


と、一斉に歌い出した。


 地面に並ぶ複数の蝋燭の火が、ぐらっ、と、大きく揺れた。


 四姉妹は歌いながら洞窟内の中央で宙に浮き、笑みを浮かべて、与次郎達を見下ろした。


 幽鴳が、宙に浮いた四姉妹を見上げながら、


「……はっ!」


と、鼻で笑った。



「…………馬鹿にしてんじゃねえぜえ…………!

 なにが、「遊んでくださりませ」、だ。

 捕まえるってえだけなら、たやすいこった。

……さっさとこんな胸糞わりい場所から出しやがれ……!

 この幽鴳様が、四人まとめてとっつかまえてやらあ!!」


 幽鴳はそう言うと、腰につけた瓶子へいしを手に取り、その瓶子に入った酒を一口、ぐびりとあおった。

 そして、その瓶子にふたをし、腰に差し直すと同時にその腰をふっ、と落とし、前屈まえかがみになり、"ぐんっ!"と、しゃがみ込んだ。



"────……どうっ!"

 幽鴳が、地面を蹴り上げた。

 直後、幽鴳は縦一列に並んだ宙に浮く四姉妹のすぐ後ろに、その身軽さと素晴らしい跳躍力で、あっという間に"どうっ!"、と回り込んだ。

 すると幽鴳は一瞬で、泡子の肩に手を乗せている、最後尾にいた三女の這子の右腕を、"ぐむっ!"と、思い切り掴んだ。

 幽鴳が掴んでいる這子の右腕が、"……みしっ……"と、音を立てた。


 這子は、泡子の肩から両手をぱっと離し、

「あら……。

 早速、捕まってしまいましたわね」

と、言った。


 その時、幽鴳の近くにあった蝋燭の一本が、突如天井まで届く程の凄まじい勢いで、


“────……ぼうんっ!”


と燃え上がった。

 その激しく燃え上がった炎のあかりによって、幽鴳の形をした大きな影が、這子の全身を暗く、覆った。


 這子が、にたりとわらった。



影踏かげふみは、お好き?」


「あ゛?」


 直後────。


 ふっ、と、その場にいた幽鴳の姿が消えた。


 同時に、"からんっ"、と、何かが地面に落ちた。


「────!」

 幽鴳がその場から姿を消した直後、手の平ほどの大きさの、人の形をした木の板が空中から下に落ち、地面に転がった。


 与次郎、陸吾、狡が、一斉にその木の板を見た。

 その木の板に、『幽鴳』と書かれた和紙が、貼られていた。


 燃え上がった蝋燭の炎は、元の小さな火の大きさに戻っていた。



「────……幽鴳様!!」


 与次郎は木の板をしばらく呆然と見つめ続けたのち、はっと我に返ると、洞窟内をぐるりと見渡し、大声で叫んだ。

 洞窟内に隠れられるような場所は、どこにも無い。


「まず……、

 ひとり」


 四姉妹のすえのちごが、姉たちの先頭に立ち、顔色ひとつ変えず、ぼそりと、そう呟いた。

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