あやかしタヌキと少年剣士

神美

第1話 出会い

 魂の宿る刀、妖刀。呪われた刀、呪(じゅ)刀(とう)。

 どちらも意思を持つ刀であり、その力は人間に救いや恩恵、もしくは死や災いを与えるものである。


――と、目の前で上半身の着物を着崩し、昼間からやっている人気がなく、薄暗い大衆酒場で、熱燗のおちょこを傾ける中年男は語った。

 黒い肌着の上からでもわかる胸板のたくましさは彼が武道に優れ、剣術に精通した剣士であるという証だ。肌に刻まれた無数の傷、少し日に焼けた皮膚、力を入れれば浮き出る筋肉。


 久しぶりに見る男の、相変わらずの男らしさにカルは見とれてしまった。

同じ男として、いつか彼みたいになれるだろうかと、そんな期待を抱いていたこともある。


 いや、今でも抱いている。絶対にこの男より強い男になりたい、なってやる、と。

 でも手入れが面倒という、ボサボサの黒髪を雑に結った髪型と、軽く生えた無精ひげは真似しないでおこう。

 自分の耳にかかる短い黒髪に触れながらカルは思った。


――でもそんな適当な性格でも、腕は確かなんだよな。


 酒飲みの男を見ながら真似たくないとは思っても、結局はそんな感想に至ってしまう。自分よりも倍以上の人生を経験している人生と剣術の師匠であり、実の伯父でもある人物。


――そんな奴と、会わなくなって三年もの月日が経っていたなんて、な。


 たまたま旅の途中で訪れた、地方一栄えていると言われる、このバスラの都。そこではどんな出会いがあるかと思っていたら、予想外の人物に出会ってしまった。


『おいっ、そこの緋色の着物の兄ちゃん』


 最初は酔っ払いかと思い、顔も見ないままに通り過ぎようとした。

 だが男の手が後ろからガシッとカルの肩を掴み、己の方へと引き寄せたのだ。腕力にただならぬものを感じ、カルは男を見た――見上げる形になった。頭一つ分ぐらい違う威圧感のある体格。細身のカルの身体は男の影に覆われた。


『えっ……キユウ……?』


 男の存在感と間近で感じる匂いに、カルの心臓は弾む。

 ずっと探していた、自分にとって憧れの男との再会だった。


「……なんだ、カルはまだ酒飲めないのか。もう十八歳だろぉ? もしかして女もなしか?」


「うるさいな、酒は好きじゃないんだ」


 伯父の酒好きは相変わらずだ。今さっき再会したばかりなのに。こうして昼間から酒場で酒を飲んでいることには、呆れも感心も生じてしまう。


「でもカルもたくましくなっちまったな。お前に剣術を教え始めた時は、どうしようもないチビだったってぇのに」


 飲み干したおちょこに、手酌で酒を注ぎながら「だが十八にしては顔が幼いよな」と彼は笑う。

 カルが負けじと「キユウは老けたな」と返すと(カル‼)と自分を元気よく呼ぶ声が聞こえた。


(本当にこのおっさんが、カルの剣のお師匠サンなのか? ただの酔っ払いじゃんかー‼)


 少年のような明るい声がカルの座っている席周辺に響く。

 だがこの声は普通の人間には聞こえない。だから席の側を通った酒場の主人も、このうるさすぎる声に対して何も反応していない。

 声の正体はカルが所持し、今は卓の横に立てかけている鞘に収まった刀から発せられているのだ。鍔の下に巻かれた赤い飾り紐が二本、風もないのに微かに揺れている。

 この刀は自らの意思を持つのだ。


 カルは口には出さず、頭の中で(ひでぇなぁ)と刀に対して言葉を返した。

 すると少年のような声は笑いながら(だって昼間から酒場って、どう見たって飲んだくれじゃん)と追い打ちをかける。

 目の前で気にせずに酒を飲み続けるキユウを見てカルは必死に笑いをこらえた。早めにこの語りかけてくる相棒に真実を教えてやらないとかわいそうだ。


(タキチ、今の全部聞こえているぞ。このキユウも妖刀使いだからな)


 カルがそう言うと、タキチと呼ばれた声の主は押し黙った。

 そして聞こえていると言うのに(この飲んだくれがかっ)と、さらに失言を重ねた。

 決してハズレではないその言葉がおかしくてたまらず、カルは吹き出す。


「……お前の妖刀はずいぶんとおしゃべりみてぇだな、なんだ下等動物か?」


 キユウが卓上に肘を突きながら、にぎやかな刀に冷たい視線を向ける。

 二本の赤い紐は反論するかのようにフワッと持ち上がった。


(下等動物だと‼ 失礼な、おれっちはタヌキだっ‼)


 カルは二人のやり取りに大笑いした後でキユウに説明した。

 自分の持つ刀の正体は確かに一匹のタヌキである。ひょんなことから知り合い、ずっと共に旅をしているんだ、と。


 この世界には様々な意思の宿る刀が存在する。それは妖刀と呼ばれ、一般的には妖怪の類とも言われているが多くは悪いものではない。

 刀を持つ者を守護する、相棒みたいな存在だ。

 だが妖刀を扱えるのは刀を扱え、想いを読み取れる精神力に富んだ一部の者のみ――と、自分は昔、キユウに雑学の一環として習ったことがある。


 自分が妖刀と交信できるようになったのもいつの間にかのことだ。今ではどんな刀が語りかけてきても驚かないだろう、と自分では思っている。

 でも実際、妖刀はタキチしか相手にしたことはないのだが。


「ずいぶんと、おにぎやかなタヌキ様ですねぇ。旅もうるさくて退屈しねぇだろうな」


(うっさい酔っ払い‼ )


 妖刀タキチと酒飲みの剣豪。

 皮肉な言い合いをする両者を見比べて苦笑いを浮かべてから、カルもキユウが腰に提げている刀に「それは?」と注目した。

 刀というよりは短刀と呼ばれる長さの物で、武器よりも護身用として所持する意味合いが一般的な代物だ。

 その短刀からも妖刀が放つ特殊な力を、カルは感じている。

 ところがキユウは首を横に振った。


「こいつはよくわかんねぇんだよ、ずっと持っているが交信もできねぇしな……あぁ、そういえば話を戻すけどな、この都では刀絡みの事件が起きているんだが知っているか?」


 今度はカルが首を左右に振った。

 己の剣術を磨こうと各地を旅する最中だが、まだそのように物騒な事件に出くわしたことはない。

 だがバスラの都の門をくぐった瞬間、人々の噂は耳に届いていた。


 また人斬りだ。この半年間、安心して過ごせる日々がない。おちおち外出もできない、と人々が不安を口にしていたのだ。

 それを聞いた瞬間、この都では何か大きな事件が起きていると感じた。人斬りなら刀が絡む。妖刀が関係しているなら、妖刀使いとして、なおさら自分の力が役立つかもしれない。


 そんなことを考えながらバスラの門近くを歩いていた時に、キユウと出くわした。

 久しぶりに再会した彼と積もった話をするために酒場を訪れ、早速バスラで起きている事件について話をして、話がずれて身の上話をして、また話が戻って、今に至る。


「この事件はここ半年前ぐらいから起きて、もう何人も犠牲者が出ている。上層の人間も触れ書きを出しているぐらいだ。金になるぜ」


 キユウも自分も旅烏。路銀が底を突く前に何かしらの「仕事」をしなければならない。

 タキチも(やろうぜ)と張り切っている。


「じゃあ、ちょちょいと片付けるか」


 タキチの声に気合いが入ったカルは、キユウが酒を終えるのを待たず、席を立ち上がった。

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