第284話 機械を操る愉悦

優しげな女声のアナウンスで


ーーーまもなく、終点、熊本です、お出口は左側・・・

と。この辺りは普通列車と変わらないけれど

なんとなく温かみを感じる、のんびりした口調である。




ちょっと右カーブしている、線路。

速度を下げながら

急行「球磨川2号」は、熊本駅に差し掛かる。


床下のエンジンが、再び唸る。

クラッチを接続し、排気ブレーキを掛けたのだった。


ディーゼルカーは、電車よりも操作に自由度が大きい。

それだけ、技量も問われる。

この車両と同系車が、東北で以前、峠越えで

エンジン・ミッション過熱を起こし、火災が起きたりした事もあった。


速達性を重視した結果であった。



本線、注意!

速度、45!


運転士が、信号現示確認。

速度を確認する。




機械式ベルが、ぢゃーん、と鳴る。

閉塞区間である。


確認ボタンを右手で押す。


場内、閉塞!


レールが幾つにも枝分かれし、ホームが、いくつか見えてくる。

左手には、新幹線の高架も見える。



赤信号チャイムが、キンコンキンコン、と鳴り続ける。


確認ボタンを押す。




車内では、友里絵が「あー、着いたねー。」と。

結構な都会で「横浜みたい」と、由香が言う。


ただ、お城が山の上に見えて

その辺りは、今の横浜には無いところである。


緑多い、熊本である。


「線路がいっぱい」と、愛紗。


菜由は「煉瓦の倉庫が、前あったね」と。

今、新幹線が走っているあたりには、昔ながらの煉瓦積みの車庫があった。



「着きましたね」と、真由美ちゃん。


「お菓子忘れるなよ」と、由香。


「ぜーんぶ食べちゃった」と、友里絵。



「よく食うなあ」と、由香。



「育ち盛りだもん」と、友里絵。にこにこ。




「頭も育てよ」と、由香。


友里絵「それは、神様の思し召し」と、友里絵は掌を合わせ「アーメン」



菜由は「それはアーメンだっけか?」(^^)。


友里絵「違った、じゃ、ラーメン」


由香「腹減ったな、なんか」(^^;


真由美ちゃんもにこにこ。「降りましょうか・・・ちょっと、ホームで待ってくださいね。」



回転していたシートを、元に戻す友里絵。


真由美ちゃんは「ありがとうございます」


由香は「今は非番、非番」


真由美ちゃん「あ、そっか」と、楽しそう。



菜由は「友里絵、えらいね」



友里絵「えへへ」



シートのところだけ、一段高くなっていて

ちょっと、転びそうになるところもあるけれど

その辺りは、旧式な設計である。



フロアは、普通の樹脂のものだけれども

なんとなく、油っぽいのは

エンジンが下にあるからか、それとも

整備の時に油をこぼしたのか。

オリーブ・グリーンの地に、黒いスポット模様がついていて

汚れが目立たない工夫がデザインされている。



よくわからないけれど、機械っぽいところは

なんとなくバスに似ていて、好感に思える愛紗である。


網棚は、懐かしいステンレスのパイプである。

もっと昔は、本当に網だったので

こういうステンレスパイプの棚は、新しい車両、と言うイメージを持つのは

愛紗、菜由のような

地方ローカル線沿線に育った子。




ホームに下りると、空気が清々しく感じる。


なんとなく、ディーゼルカーは

機械の中に乗っている感じがして。

空気も、機械の匂いがする。



ホームは、コンクリートの簡素なもので

それが、至って心地よい。




真由美ちゃんは、にこにこ。



対面のホーム、注意信号灯がついている。



友里絵は「何か来るの?」



遠く、レールの彼方を見ている真由美ちゃん・・・。



ヘッドライトの光。

赤い、電気機関車が見えた。


ゆっくり、ゆっくり・・・・。

箱のような、四角いフォルム。

窓の下に、ステンレスの帯が真横に、一直線。


真ん中に、ED76 122 と、書かれていて。


堅牢そうな連結器が、拳のように見える。


静かに、しゅー・・・・と。ホームに進入し、停止した。



運転席の窓を開け、機関士は

青い開襟シャツ。

腕章は赤く「機関士 engineer」と、ある。


「おにーちゃん!」と、真由美ちゃんはにこにこ。開いた窓に駆け寄った。


機関士は、にこにこ「なんだ、真由美、来てたのか」


色浅黒く、がっしりした体躯。

白い手袋が、より映える。

短髪、すっきりとした美形。



運転士の胸元には「熊本機関区 日光」と、名札がついている。


友里絵は「(E 」と、飛び跳ねて。


由香「省略するなよ。電報じゃあるまいし」


機関士は「妹がご迷惑をお掛けいたしました」と、帽子を取って礼。


反対側の機関室ドアを開けて、ホームに下りた。


すらり、長身。

がっしり、筋肉質。


菜由も「かっこいい」

愛紗も、にこにこ。「あ、いえ、お世話になったのは私達の方で。妹さんに

観光案内をしていただいて。」



機関士は、笑顔で「甘えんぼなんで、真由美は。また、駄々こねたんでしょう」


真由美ちゃんは「お兄ちゃん!」と、ちょっと怒ったふり。にこにこ。



機関士は「ちょっと待機なので・・・これからまだ乗務ですので、これで失礼します」

と、敬礼。



場内信号は、まだ赤である。



また、機関室ドアを開けて運転席に戻る。

換気ブロアの音が騒々しい、機関室通路を渡って。

広いようで狭い、運転席に戻る。


電車よりも複雑な、マスター・コントローラは

一見して使えそうなものにも見えない。


交流機関車なので、旧式の直流機関車よりは単純ではあるが。


ブレーキハンドルは、それでもシンプルである。


計器類がずらりと並ぶメーター・パネルは、オリーブ・グリーンの塗装がなされた鉄である。

機械、と言う言葉が似合う。



機械と一体になって、レールの上を進む・・・。それは機関士だけに許された

愉悦、であるかもしれない。


ひとたび操作を誤れば、激突しかねないような力の持ち主の電気機関車。

電磁気力なので、加減がとても困難である。




職業、として行う行為が、楽しい。


素敵な仕事である。


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