第192話 トイレの神様

「そう、それで・・・・三原車庫のね、女子ドライバーが。

東エリアの仕事をした時に。トイレで困って。お客さんを

無理に降ろしちゃって。クレームになった事があって。」と、友里絵。



菜由は「そんな事あったんだ。」



その路線は、山の中腹にある高校の敷地を

ぐるっと回って終点。


なのだけど、終点の二つ前。高校の裏手に学生用トイレがあり

バスの待機所もある。


普通、終点まで行って乗客を降ろしてから

待機所に行って、トイレを借りるか・・・・

折り返しダイアの時は、出発点にバスを停めてから


学校の正門で、事務室に言ってトイレを借りる。




「だけど、言えなかったんだろね。女だし。まだ30代だったから。」

と、友里絵。


その女子ドライバーは、ちょっと美人で。

どこかから流れてきた運転手。

ちょっと、ヴィヴィアン・リーみたいな感じで

男子ドライバーにも人気だった。




「どうして?言えばいいじゃん」と、由香。



友里絵は「うん。あたしなら言っちゃうけど。お客さんに。

「トイレー」って。」


みんな笑って「そうだね。緊急事態だもん」



「あたし言ったよ。コンビニでバイトしてるとき。

タマちゃんに「トイレ行ってくるー」って。」と、友里絵。



由香は「あんたなら言うね。」




菜由は「好きなひとにも?」



愛紗は思う。そんなふうに信頼されていたんだ、って。


友里絵ちゃんは、深町さんがそんな事で嫌わない、って。



それで「お父さんみたいなんだね。」と。



友里絵は「お父さんよりは下だけど、年齢は。でもね・・・・

あたし、32歳だと思ってたんだけど。その時42だった」



菜由は「若く見えるもんね。あたしも最初そう思ってた。・・・・でも、そんなに

懐かれると、深町さんも可愛いね、それは。」



友里絵は「でもさ・・・懐かれたからじゃなくて。」


言えない気持はどこか、愛紗には解る。


ふつうの女として、見てほしい。

そんな気持は、愛紗にもどこかしら・・あったような気もする。





友里絵は「だからさ、タメ口で話したり。友達っぽくしてた。」


由香「わかるよー。あの頃。店のみんなも、ふたりは付き合ってるって

そう思ってた。」





菜由は「それじゃ、辛いよね。余計。お別れは。」



友里絵は、ちょっと沈黙。でも、明るく「あ、なんの話しだっけ。そうそう。

トイレの話。

そのクレーム電話を受けたのが、指令の細川さんで。

たまたま、美和さんに話してて。


そこに、お昼休みに入るところのタマちゃんが来て。」



由香は「うんうん。それで?」



友里絵は「細川さんが、『ぐるっと回ればいいだけなのに』と言ってたところ

タマちゃんは


『我慢できなかったんじゃないですか?それに、女の子じゃ言えない事もあるし。

遅れてたら、折り返し休憩取れないでしょう?15分だと』


って。



それを聞いて、細川さんは「そうか、なるほど・・・・」

美和さんも「そうかもしれないね。」って。


そのクレームは不可抗力で処理されたんだって。」



菜由は「そんな事があったんだ。」



由香は「それで、社長とかは「あいつは指令に育てよう。なんていっても

コンピュータがついているから」って。訳わかんない事を言って。」



愛紗は思う。ああ、それで・・・出世したい人が、深町さんに嫌がらせをしたんだ。



菜由は「それもあって、深町さんのバスにいたずらをしようと・・・したんだけどね。」




由香は「石川さんは断ったんだよね。さすが!」




菜由は「うん。まあ・・・出世を考えたら、言う通りにするんだろうけど。

でも石川はそういう人じゃないから。」




結果として、それが会社に評価されて、今の石川は工場長である。



そこが、東山のいいところだ。良心のある会社。




友里絵は「いい人だね。石川さん。会社もいいね。菜由はいい人に出会えたね。」


菜由はちょっと恥ずかしい。「でも、サラリーマンとしては従う方がいいんだけど

石川は整備士だから。どこでも生きていける。そういう自信があるんだろうね。

今までも、そういう仕事をしてきたんだし。」




由香「専門職っていいなぁ。友里絵は専門職だもんな。」



友里絵は「そうだね・・・でも、バス・ドライバーだって専門職だよ。ガイドもそうだけど。」




愛紗は「そうか。わたしたちってそうなんだ。」




ちょっと、気が付かなかったけど。

ひとりで考えているのと違って。


友達っていいなあ。そう思った。


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