第148話 12D、豊後森定着!

だんだん、風景がひらけてきて

左側の山並みが遠くなる。


すこしだけ、広い川に掛かった鉄橋を渡ると


左手に、線路に沿った細い道が。



「なにかな、あれ」と、友里絵が気づく。



愛紗は「昔、レールがあった跡ね」



道路になるでもなく、線路に沿ったまま

川の方へ進んでいる。




「どうして、線路なくなっちゃったの?」と、友里絵が聞くと



由香が「乗る人いないからかな。路線バスもそうじゃん」




愛紗は、思い出す。

大岡山でも、路線バスの乗客が減っていて

半ば公共事業のように、行政からの補助金で

成立しているような過疎路線も多かった。


まだ、大岡山営業所は


山の手にコンピュータ会社、大学、高校が幾つか。


大きな工場もあるので、そこそこ乗客はあるけれど

過疎路線は、殆ど高齢者の通院バスのような状態だった。


それは、年々減っているような感じだった。

高齢者が増えている割に、乗車が少ないのは

高齢者でも、結構マイカーを持っている例が増えたからだった。


路線バスの運転手の収入も、それで減っていて

近年は固定給で13万円、無事故手当て7万円。


ほか、キロ手当てが 5円/kmだった。


早朝から深夜まで拘束され、手取り25万円程度。



これでは、若者が就職したがるはずもなかった。



それで、年々運転手が減るが、路線は維持しなくてはならないので

古参の運転手が、定年を超えて契約運転手になっているような

そんな状態。



愛紗が、運転手への転向を考えたのは

そんな人たちの助けになりたい、と言うような

思いもどこかにあった。


それが。



大岡山では役に立たなかった。




その現実に、愛紗自体、がっかりした。



プライド、が誰にもある。

愛紗は、学校でも成績は良い方だったから


そんな、ちょっとした自尊心もあった。


けれど、それが通用しない世界もあるのだと言う

そんな、挫折感もどこかにあったのだろう。





「愛紗、どしたの?」隣席の菜由が。



愛紗は、人事不省に陥っていたことに気づき



「ううん、なんでもない」と、明るく手を振った。





列車は進み、左手の車窓に


黒い、大きな建物が見える。


硝子が一部割れ、黒く煤けているような扇型の建物から

線路が伸びていた跡があり、扇のように一点に向かっている。




友里絵は「あ、あれは見たことある。国府津にあったよね。崖のところに」



由香も「ああ、SLがあったっけ。山北にもあったやつ」



菜由は「あの建物は戦前からあったんだよね、国府津のもそうだと思うけど」





友里絵は「それはいいけどさ・・・あいしゃ、またオトメちゃんしてたの?」



愛紗は「そうじゃなくって。最初にね、運転をしようと思った理由を思い出したの」




由香は「みんなの助けになりたかったんでしょ?」



愛紗は頷く。



「でも、出来なかったからムネン。あるよね、そういう事。」と、友里絵。



菜由は「男と女は違うし」



由香は「そうだよなぁ。男女同権とか言ったって、若い女のタクシー運転手って

いないもん」



愛紗は思う。確かにそうだ。




「いてもババアだな」と、友里絵が言うので


由香が笑う。わはは。そーだわ。


菜由も笑う。


愛紗もつられて笑う。




友達が一緒だと、深刻にならなくていいな。






「ゆふいんの森」は、ゆっくりゆっくり。


木造の駅舎と、小さな駅前ロータリーのある

昭和の風情そのままの駅に着いた。



豊後森である。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る