第158話 権力者からの特別な好意


――まずは現状把握を。

我が指揮下の傭兵団100名余、その下士官は十全に機能している。

これまで、傭兵団なのか山賊団なのか、なんだかよくわからぬ人生を送ってきた我らである。

村を襲う悪人をぶち殺してきた時もあり、報酬をマトモに支払わなかった村を襲って農民をぶち殺した時もある。

どいつもこいつも私を侮るクズばかりだった記憶だけがある。

戦の機微はそこらのモヤシ騎士より心得ており、静かに静かに、とても丁寧に追い詰めれば被害なしでチンケな盗賊団など確殺できる。

だが、生憎のんびりと長期戦を試みる暇など我々には無い。

今回は戦果を奪うライバルがおり、敵よりもそちらに負けないことが大事である。


「殺せ! 全て首を奪え! 今にも追いついてきそうな、他の傭兵団に未来を奪われるな!」


敵は僅か弱兵30名、放っておけば逃げる相手である。

殺したところで大した金銭は持っておらぬゆえに、盗賊退治の依頼でもなければ無視する。

いつもならば放置し、相手が目も合わせず道を逸れていくのを待つだけだ。

今回は事情が違う。

先日立ち寄った都市にて、ザビーネ卿と手分けして山賊団の噂を入念に仕入れ。

第二王女親衛隊の一員が双眼鏡を用いて索敵を行い、やっと発見した盗賊団である。

必ずや山賊団全員の首を刎ね落とし、ヴァリエール様に捧げねばならぬのだ。

血にまみれた手で、死の恐怖に怯え切った盗賊団全員の首を捧げるのだ。

血に飢えた妖精殿下に捧げる生贄なのだ。

こんな機会が、この帝都までの旅路にて再び得られるかはわからぬ。

貴殿が戦果を示すならば、ヴァリエール様から特別な話があるぞと。

第二王女親衛隊長たるザビーネ卿より耳元でそうささやかれたからこそ、我らはここにいるのだ。

何があろうと、我が傭兵団が今回の戦果を手に入れる。


「団長、お先に!」


足の速い下士官が咆哮を挙げ、ただ逃げの一手を打つ盗賊どもを追いかける。

走りながらも狙いをつけ、マッチロック式マスケット銃を肩で抑えた。

又杖を用意している暇はない。


「狙い撃つぜ!」


下士官は足も達者なれど、銃の命中率など知れていた。

だが弾丸は上手く飛び、有効射程ギリギリの50m先にいる盗賊の肩に命中する。


「まぐれ当たりだな!」

「どこでも当たりゃいいんだよ! 当たれば!!」


もんどり打って地面を転がる盗賊目掛けて、全力で走っていく配下たち。

逃げ惑う他の盗賊にも見捨てられ、地面に転がったままの盗賊が絶叫した。

命乞いだろう。


「殺さないでくれ! 金なら全部くれてやる!!」

「残念だがな。欲しいのはお前らのちんけな金じゃなく、お前の首だ!」


冷たく斬り捨てた。

盗賊のちっぽけな財布が目的ではない。

我々が欲しいのは未来だ。


「首を刎ねろ!!」


配下の一人が盗賊を地面に抑え、もう一人が首を斧で刎ね飛ばした。

まだ足らぬ。

他の傭兵団が追いつくまでに、最低でも過半数は我が傭兵団が首を獲得しておかねば。


「容赦はするな、皆殺しだ! ヴァリエール殿下は一心不乱の皆殺しを望んでおられる! 妖精殿下が歩かれる地面、その全てを血の絨毯で染め上げるのだ!!」


捕虜などいらぬのだ。

行軍の邪魔であるし、降伏した者を奴隷として売り飛ばすような細々とした行為を妖精殿下は望んでおられぬ。

我が行軍に立ち塞がる盗賊は皆ことごとく誅し、地獄送りとしてやれ。

……ヴァリエール殿下は初陣でも敵を殲滅しておられ、一人残らず皆殺しにしている。

その意味を忘れるなと、私などはザビーネ卿に散々聞かされている。

敵に容赦せぬ性格なのだ。

間違えはしない。

間違えはしないぞ、これが最後のチャンスだろう。

あの幸運の赤髪を持つ妖精殿下に認められ、私が騎士として任じられるかもしれない人生最後のチャンスだった。


「団長! 8名ほどをすでに殺しましたが、他の傭兵団も追いついてきております」

「――団長、か」


そう呼ばれるのも本日が最後だろう。

そうだ、もう団長なんて名前は捨てることになるのだから。


「殺せ、鉛弾も玉薬の残量も今は気にせず、ただひたすらに盗賊の尻を追い回して撃ちまくれ。地面に転げまわれば息の根を止め、すみやかに首を刎ねろ。他の傭兵団に奪われるなよ。死体など打ち捨ててよいが、首だけは回収しろ。懐の銅貨を漁るなど無駄な小遣い稼ぎは許さん! 銅貨一枚のために我々の未来を捨てるなど許されんのだ! それは貴様らとて分かっているだろう!!」


盗賊団の首、その過半数が収穫できればよい。

武功一番とあれば、殿下への報告時にその者の謁見が許される。

そうすれば、そうすれば。

私は団長という名前を捨て、騎士になれるのだ。

今の兵たちを指揮する形での役職さえもらえる。


「殺せ、とにかく殺すんだ。銃で背中を撃ち、身体を蹴り飛ばし、哀れな首を刎ねて回収しろ」


私が今指揮官としてできる命令など、それだけである。

そして、下士官は訓練通りに滞りなく動いた。

結果として、我々は盗賊団30余名の内、18名の首を先んじて手に入れることが出来た。

ああ、これで、やっと。

私は小さく、喉の底で感嘆の声を漏らした。




――――――――――





人が取り囲んでいた。

殿下の親衛隊から傭兵団、貧しい馬借をより集めた商人から、私が火薬と銃欲しさで表向きに信仰してるケルン派の聖職者まで。

1000人を超える者が、ヴァリエール殿下と、この私との謁見を見守っているのだ。

他の傭兵団長などが、武功一番にて殿下への謁見を認められた私を羨ましそうに眺めている。

もっと悔しがれ。

その嫉妬が私を肯定する。

嗚呼、なんだかたまらなかった。

今までの人生を考える。

酷い――本当に酷いものだった。

産まれは法衣貴族家の、四女だった。

子供の頃はフェーデと称しては、商人の子供を殴り飛ばしては金目の物を奪ったり、食べ物を奪ったりしていた。

世間によくいる、ごくありふれたクズだったのだ。

少女だった頃の私は勘違いしていた。

暴力は全てを可能にする。

暴力こそ全てを可能にするのだと。

いつか、兵さえ集めれば。

人を服従させるだけの暴力さえ集めれば、領地だって、城だって、爵位持ちとの主従契約だって。

暴力を求める権力者の需要に応じることで、自分が欲するものを誰かが与えてくれると思ってたんだ。

夢が叶いそうな今、それは嘘ではないにしても。

それは困難な道だった。

騎士の成人たる14歳を迎え、母が隠居して、姉が実家を継ぐことになったあの日。

私は実家の金を盗んで家を出て、昔からつるんでいた仲間と集まって傭兵団を組んで一旗揚げようとした。

そうだ、あれが間違いだったんだ。

今ならば、あのような事はしない。

金を盗んだことなど罪深いとは思っていないが。


「家族に騙された」


思えば、私の手の届くところに金があることがおかしかった。

あれは実家からの、体の良い手切れ金であったのだ。

無事に嫡女が家を継ぎ、もはや不要となった出来損ないの四女を家から放逐するために母が仕掛けた罠だった。

あの時、あの場所に戻れるならば、私はちゃんと実家の名誉への脅迫を含めた金銭交渉を経て家を出たというのに。

ああ、それはまだよい。

金を盗んで実家を出て、市警にも手配が回り縁切りとされ、もはや親姉妹と同じ都市には住めぬだけの話だ。

自分の身分証明が出来ぬのは心細いが、金さえ衛兵に握らせれば別な都市には入れる。

だが、次が拙かった。


「どこにも先達はいるものだ」


未だに、あれは傭兵団だったのか、山賊団だったのかわからん。

私自身とてどちらかわからぬので、多分両方であったのだろう。

一応は傭兵団としておこうか。

私と仲間たちは近場の都市へ移動中に、ある傭兵団に出くわした。

勿論私たちは道を明け渡したが、傭兵団が欲しいのは道の優先権ではない。


「金払うか死ぬか選べ」


そのようにストレートな要求。

誕生したばかりの傭兵団の少ない資金が目当てであり、私たちは必死に抵抗した。

中途半端とはいえ騎士教育を受けているのだ。

そこらの庶民より暴力には自信があったし、何より資金を失えば都市にすら入れず死ぬしかない。

だが、駄目だったな。

実戦経験値と、数の暴力にはさすがに叶わなかった。

いや、一騎打ちですら傭兵団の指揮官には、あの頃の私では勝てなかったろう。

おそらく先達だ。

私たちと同じように実家を飛び出した元青い血の穢れた成れ果てだったのだろう。

そして、すでに痛い目を何度も見ていた経験者なのだ。

私が傭兵団の指揮官の槍にて、手酷く打ちのめされたように。

気絶するほどの怪我を負い、服以外の金目の物全てを奪われ、殺された仲間の死体全てが転がる中で呆然とした私のように。

嗚呼、あまり思い出したくない過去だ。

私は紛れもなくクズだったけど、中には巻き込まれて付いてきただけの意志薄弱にすぎない仲間もいたのに。

いい奴だったな。

だから、生き残った私が死んだ仲間の服を全て剥いで、そこらの農村に強引に交渉して売りつけた旅費で、なんとか生き残ったことは許してほしい。

なにせ金が無かったのだから、それはもう全てを弁明するだけの理由に値する。


「嗚呼」


懐かしい。

それでも私は生き残った。

いくらでも代わりの利く兵として傭兵団に入り、元青い血としての暴力を発揮して部下を任されるようになり、傭兵なのか山賊なのかよくわからない集団の団長になって。

流れ流れて生きてきた。

時々、お前どんな経歴でここまで落ちてきた?

そんな話を他の傭兵団長や部下とする。

誰もが似たような経歴で、誰もが似たような痛い目に遭い、クズがクズ同士でお互いの血をお互いの身体に塗りたくって生きてきた。

誰もがこう言うんだ。


「結局、真面目に生きてりゃ良かっただけの話なんだけどさ」


そう呟く。

確かに、その道はあったのだ。

それこそ騎士の出身なれば、青い血であることを捨てればどうとでもなる。

姉の従士として今後は生きていくことを誓い、姉妹ではなく主従関係となる。

それがどうしても気に食わないのであれば、他家の子供と交換する形でなってもよい。

戦場に連れていくのだから、騎士とて従士に酷い待遇はしなかった。

これならば普通に生きていくことはできた。

なんなら、普通の庶民などよりも良い暮らしができた。


「従士が嫌なら、他の道もあった」


子供の頃に親に嘆願して手工業ギルドに加入して、職人組合の一員として弟子になる。

親方にはなれずとも、職人くらいにならば成れたであろう。

よっぽど覚えが悪くなければの話になるが、まあ食べていくだけならできるだろう。

そうだ、なんだかんだと言って、どこの母親とて私のようなクズを好んで育てているわけではない。

真面目に生きる。

それだけができればよかった。

本当はそれだけが出来れば、食べていくことならできた。

誰も彼もが、たまに後悔をして愚痴を吐く。

そんな私でもわかっていることを、そんな当たり前のことを皆が言うんだ。

私はそれが嫌だった。


「一度きりの人生なのにそれでよいのか?」


思えば、私のような山賊とも傭兵ともつかぬ人間など、世界に沢山いるのだろう。

そうして、私と同じように単純なる暴力で何もかもが叶うと阿呆な事を考えて、阿呆物語を演じて死んでいく。

此の世は法と血縁が固めた社会秩序という、封建社会における史上最強の暴力が支配しているというのに、それを認めないのがいけない。

川の水を飲む権利から、森で動物を狩る権利まで権力者が所有しているのだ。

権力者は貴族であり、聖職者であり、場合によっては商人であった。

それぐらい私とて騎士教育を受けていたのだから十分理解している。

理解しているくせに、夢を見た。

私は。


「私は騎士になりたいのだ」


暴力以外に何のとりえもない四女の私は、一つの原風景を覚えている。

ある騎士の姿だった。

立派な馬に乗り、よく磨かれた甲冑を着て、見栄えの良い家紋の刺繍入りマントをひるがえして。

槍を持った従士を傍に従えて、通りすがりの庶民などが畏怖と、少々の憧れの目などで見ている。

それだけだった。

私は権力者になりたいのではなく、きっと、おそらく、あの騎士の姿に強い憧れを抱いてしまった。

だから100余名を率いる団長になっても、少しばかり年増になっても。

このような傭兵団なのか山賊団なのか、なんだかよくわからぬ連中を率いてきた。

強大な暴力を有すれば、大きな戦が起きれば、きっと大きな戦功を上げることができれば。

権力者からの特別な好意が与えられると信じて。

そして。


「ヴァリエール・フォン・アンハルト殿下。こちらが今回の盗賊退治にて、武功一番であった傭兵団の団長であります。名を――」


今は、アンハルト王家の第二王女殿下にして。

今回の帝都までの旅団を率いている、明確な権力者であるヴァリエール様に私は膝を折り、平伏している。

何もかもザビーネ卿が約束した通りであり、彼女は私の夢を現実のものにしてくれた。

権力者からの特別な好意を目前にしていた。


「本人から聞くわ。名乗りなさい」


蕩けそうな声が聞こえた。

妖精殿下と呼ばれるヴァリエール様の声が尊いのか、私の頭がどうかしてしまっているのか。

それすら、よくわからぬ。

凛とした、それでいて甘ったるい少女の声だった。

私は名乗りを上げた。

自分の声が震えていないか、それだけを気にして、目の前の権力者に告げたのだ。


「よろしい。貴女は今回、特別な戦果を挙げた。善男善女を苦しめる盗賊団を見事掃討し、この地に安寧をもたらした。この土地の領主も喜ぶことだろう」


ヴァリエール様が、顔を上げなさいと。

そう呟いたが、さて、どうしようかと迷った。

一度目のお呼びで顔を上げるのは拙いかもしれない。

だが、遠慮して再度促されるのも失礼なのかもしれない。

嗚呼、どうかしている。

脳から、何か変な汁が垂れてしまっているような。

異常な興奮が私の拍動を早めている。


「……顔を見たい。顔を上げなさい」


私が困っているのを察してか、再度ヴァリエール様が促した。

顔を見つめる。

こちらを優し気に見つめる少女の顔であり、王族の血統がその美貌を与えていた。

彼女がたとえ襤褸を纏っていても、これでは身分など隠せないと思うほどに。


「私はこの旅団を指揮するものとして、アンハルト王家を代表して褒美を与える義務がある」


嗚呼。

私は、ついに。


「問おう。汝はアンハルトの騎士として仕える気があるか? 貴女が望むならば、私は本日この場にて騎士叙任式を執り行い、汝の肩を剣で叩くことになるだろう」


穢れた青い血崩れが、騎士という原風景を手中にしたのだ。

もう死んでも良いような幸福感が、私を満たしている。

答えなど決まっている。


「至上の誉れであります。我が王。マイ・ロードよ」


この儀式はアンハルト王家の騎士となる叙任式であり、ヴァリエール様と主従関係を結ぶための契約ではない。

だが、それでも。

私は今、目の前の権力者の好意を受けて、心が蕩けそうになるほどの忠誠を抱いた。

ヴァリエール殿下は何もかも約束を守って全ての報酬を支払ってくださったのだ。

殿下の命令とあらば、何だってやってしまうだろう。

それだけの特別な好意を殿下に受けてしまった。


「私は今日、騎士となるんだ」


叙任式が始まる前に、それだけをポツリと呟いて。

今までの人生全てを賭けた代価を、私はようやく手にした。

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