第39話 和平交渉成立

私には。

ファウスト・フォン・ポリドロには理解しがたい状況が続いていた。

私の子種が欲しい?

何故そうなる。

眼前では、カタリナ女王とヴァリエール様がハードな交渉を続けている。


「ファウスト・フォン・ポリドロの子を私の腹に宿す。それが条件だ。何度も言わせるな」

「いえ、しかしですね。ファウストは、ポリドロ卿は我が国と保護契約を結んでいるだけの領主であり、我が第二王女相談役といえども、アンハルト王国にそれを強制する権限などなく」

「だれが強制しろと言った。もうよい。ポリドロ卿と直接話す」


ヴァリエール様はあっさり敗れた。

ヴァリエール様の役立たず。

そう心で罵ってみるが、言ってる事は間違ってないよな。

私がカタリナ女王と話さないといけない内容だ、これは。

というか、本当に話を聞かねば判らん。

何をカタリナ女王が考えているのかが、わからん。


「ファウスト・フォン・ポリドロよ。私に抱かれるのは嫌か?」


カタリナ女王は立ち上がり、その赤毛の長髪に、ドレスからはちきれんばかりのムチムチボディを晒している。

文句なしの美人でもある。

そのオッパイは大きい。

いえ、嫌ではないです。

全然不満なんか無いです。

けどさあ。


「カタリナ女王、私は和平交渉に訪れたとはいえ、隣接する仮想敵国の英傑、そしてヴィレンドルフの英傑にして貴女の親代わりと言ってもいいレッケンベル殿を撃ち破った男であります」


私は理屈を吐く。

駄目な条件揃いすぎだろ。


「それに何か問題が? レッケンベルを撃ち破ったのは、正々堂々の一騎討ちであったのだ。まして、お前はその死を悼んでくれさえした男だ。そこに恨みは無い。それどころか、ヴァルハラで今も眺めているであろうレッケンベルは、私が子を孕んでも良いと思える男を見つけた事に喜んでくれるであろう」


サラっと、カタリナ女王は私の理屈を流した。

いや、問題ありだろ。

私はそう思うが。


「軍務大臣。何かポリドロ卿の子を私が孕む事に問題があるのか?」

「何一つ有りませぬ」


カタリナ女王の言葉に、老婆がニコニコと顔をしぼめて答える。


「ああ、やっとカタリナ様が、次代の女王を産む覚悟を固めて下さった。その安心で胸が一杯でございます。本音を申せば、ポリドロ卿には我が国に王配として来ていただきたい。ですが、それはさすがに望み過ぎでありましょうからな。妥協すると致しましょう」


ほっほっほっ、と老婆が微笑む。

ほっほっほっ、じゃねえよババア。

それでいいのか。

ヴィレンドルフの流儀は知っているが、さすがに上級貴族達が反対――してくれると思ったが。


「あのポリドロ卿を抱き、子を孕むなど」

「何と羨ましい」


漏れ聞こえる声から判断するに、全然反対してねえ。

あるだろ、普通反発とか。

お前等も自国の男と結ばれて欲しいとか、自分とこの男を差し出して派閥を強化したいとか。

あるだろ、そういう願望が。

そんな私の考えを無視して、カタリナ女王は尋ねる。


「この王の間に居る全ての貴族、騎士に問う。私がファウスト・フォン・ポリドロの子を孕むことに反対の者はいるか?」


カタリナ女王が満座の席の全員に問う。

いくらヴィレンドルフの流儀が流儀とはいえ、他国の男はな。

正面切って問われれば、誰か反論位はするだろう。

この世界は絶対王政の国ではない。

封建国家である。

この場にはヴィレンドルフの諸侯も揃っている。

誰かしら反対するだろう、そう思うが。


「カタリナ女王、我が公爵家にもファウスト・フォン・ポリドロの子種を譲っていただくことは……」

「同じく、我が家の長女にも」

「我が家にも……」


わあ、わたくし大人気。

止めろやお前等。

貞操観念逆転世界とは言え、何故こうも私の子種を求める。

ヴィレンドルフだからか。

この国では私は絶世の美男子だ。

そして、この国では強き者を崇める。

そして超人の子は、超人の素質を受け継ぎやすい。

何となく、そこらへんの理屈で納得する。

強引に納得する。


「却下、ファウスト・フォン・ポリドロは私のものとしたい。軍務大臣の言うとおり、本音では王配に欲しい。だが、ポリドロ卿にも領地・領民がアンハルトにて待っていよう。これでも妥協しているのだぞ」


その心配りは嬉しいのだが。

貞操帯の下にて今は縮こまっている、もう一人の私も不満は全くないのだが。

ヴィレンドルフの女王に抱かれるとだ。


「カタリナ女王陛下、恐れながら申し上げます」

「何だ」

「カタリナ女王陛下に抱かれると、私の結婚相手を見つけるのが絶望的となります」


ただでさえ、アンハルト王国ではモテないのだ。

公然と口説いてくる相手など、私を愛人に欲しいとアピールするアスターテ公爵。

そして、唯一私を直接男として口説いてきたザビーネ殿ぐらいのもの。

敵国の女王の、情夫となったと噂されれば、おそらく私の輝かしい結婚生活は絶望的となる。

もう嫁など絶対来ぬ。


「私はアンハルト王国では全くと言って良いほどモテませぬ。敵国の女王の情夫になったとなると……」

「それはアンハルト王国が愚かなのだ」


ふん、と鼻でカタリナ女王が笑い捨てる。

一刀両断である。

その愚かなアンハルト王国の使者なんですけど、私。


「国の英傑に、わきまえた嫁の一人も斡旋できぬ。ましてや英傑を国民や貴族が冷遇? アンハルト王国はどうなっているのか。正直疑問に思うぞ」

「私もその辺は不満が無いとまでは言えませぬが……」


国から、嫁の一人くらい斡旋してくれよ。

私、ヴィレンドルフ戦役では死ぬような思いしたぞ。

ヴァリエール第二王女の初陣も、私には難行ではないとはいえ、他人から見ると無茶ぶりだったぞ。

そして本当の無茶ぶりは、今回のこの和平交渉だ。

私、頑張ってるぞ。

何故、王家は嫁の一人も斡旋してくれないのだ。

アンハルトの貴族はパーティー一つ呼んでくれやしない。

アンハルトの貴族の女と、嫁を見繕うため出会う機会なんぞ一つも無かった。

言われてみれば、ファウスト・フォン・ポリドロは不服であった。

その原因はアンハルト王家からファウスト・フォン・ポリドロが余りにも愛され過ぎたから。

王家が嫁を斡旋してくれないのは、ファウストをアナスタシア第一王女とアスターテ公爵の愛人にするつもりだから。

貴族のパーティーに参加できないのは、アスターテ公爵が余計な事をされないよう睨みつけているから。

要するに、全てファウストの自業自得であった。

何もかもがファウストの責任とは言えないが、露骨な好意の視線を向けているリーゼンロッテ女王、アナスタシア第一王女、アスターテ公爵。

それらに全く気付かないのは、ファウストが恋愛糞雑魚ナメクジであったからだ。

今回の、カタリナ女王からの好意の件も含めて。

ファウストには、墓穴を自分で掘る癖が存在した。

だが、今の状況とは関係ない。

故に、話は続く。


「ヴィレンドルフから、わきまえた嫁を一人選抜する。熾烈な争いになろうが、ちゃんとお前の要求も踏まえた女を用意する。これでどうだ」

「いえ、ですから敵国から嫁を貰い受けることは」

「和平交渉を結んだなら敵国ではない。和平交渉、別に10年でなくともよいのだぞ。20年でも30年でも。なんなら、ポリドロ卿が死ぬまででも良い」


私はカタリナ女王の勢いにたじろいだ。

アカン、このままでは押される。

反論が思いつかない。

どうすべきか。

貞操帯の下に眠るもう一人の私は、もういいじゃないか。

そんな諦めというか、本音を口走る。

カタリナ女王は正直好みである。

いや、待てファウスト・フォン・ポリドロ。

お前にはザビーネというロケットオッパイが口説いてきてるじゃないか。

比較する。

ムチムチボディのカタリナ女王と、ロケットオッパイのザビーネ。

甲乙つけがたし。

私の貞操帯下に眠る、もう一人の私はそう判断した。

ゆえに、沈黙する。

どいつもこいつも役立たずである。

やはり、私が最後に頼りにできるのは私の地頭だけである。

この現世では余り役に立たぬどころか稀に混乱させるが、前世の教養だけは妙にある私の脳味噌よ。

答えを導き出せ。

出した答えは――


「カタリナ女王陛下は、私を愛しておいでなのですか?」


逆に尋ねてみる。

これである。


「……判らぬ」


カタリナ女王の正直な答え。


「ただ、慰め合いたいだけかもしれぬ。褥で、お前を抱きしめて泣きたい。ただそれだけなのかもしれぬ」


哀願するような目。

それで私を見つめながら、カタリナ女王は独り言のように呟く。


「だが、それは間違いか。ポリドロ卿。私と褥で傷を慰め合うのは嫌か?」


全然嫌じゃありません。

貞操帯の下の、もう一人の私自身がムクリと反応した。

落ち着け、もう一人の私自身よ、ここでチンコ痛くなるのは御免だ。

考えろ、ファウスト・フォン・ポリドロ。

もうゴールしてもいいよね、そんな考えもうっすら浮かばないわけではないが。

なんとかこの場を切り抜けるのだ。

再び、出した答えは。


「嫁を娶ってから、カタリナ女王と褥を共にする。というのでは如何かと」


一時保留であった。

断れば、和平交渉は成り立たぬ。

第二次ヴィレンドルフ戦役の幕開けである。

もう一回やったら、ほぼ確実に負ける戦の始まりである。

やっても負けて、私がヴィレンドルフの王宮に引きずられていくだけである。

だから、もはやカタリナ女王の申し出は断れぬ。

一時保留しかできない。


「嫁を娶ってからか。その嫁を言い聞かせるのに、どれくらい時間がいる。 また、お前が嫁を娶るまで何年かかる? 長くは待てぬぞ」


その一時保留案に、聞く耳を入れてくれるカタリナ女王。

やはり理不尽な人間ではない。

私は考える。


「2年、待てませんか」

「2年か……その頃、私とお前は24歳だな」


逆に言えば、私も待ててそれぐらいだ。

アンハルト王国からの斡旋、或いは私がザビーネ殿を口説き落とすか、逆に口説き落とされるか。

待ててそれだけだ。

もし、ザビーネ殿が嫁に来てくれなかった場合。

その代わりすらアンハルト王国が何も手配してくれないようなら、いっそカタリナ女王を抱く。

そしてヴィレンドルフから嫁を手配してもらい、ポリドロ領を継ぐ子供を産んでもらう。

それ以外、思い浮かばぬ。

和平交渉の仲介役となるのだ。

私がヴィレンドルフから嫁を貰っても問題はあるまい。

このぐらい計算含みでなければ、正直もうやってられぬ。


「よかろう」


カタリナ女王は頷いた。


「待つとしよう。我が居室のベッドでお前を抱く日を、ただ待ち続けることにしよう」

「納得いただけたなら、幸いです」


もうこれ以上、交渉の余地はない。

先ほどからずっと黙りっぱなしのヴァリエール様も、それくらいは判っているのか、頭を抱えている。

ヴァリエール様、貴女が悪いわけではない。

これは交渉役がアナスタシア第一王女でも、アスターテ公爵でも、交渉条件揺るがないわ。

カタリナ女王に一切譲る気ないもの。


「よし、決まりだ。二年後、いや、来年も必ず訪れよ。ファウスト・フォン・ポリドロよ。二年もお前の顔を見れぬのは辛い」

「承知しました」


来年も来ることになるのか。

いや、決して嫌いじゃないんだよ。

男と女としては嫌いじゃないんだよ、カタリナ女王の事。

でも、自分としては権力を背景にして押し切られた気がしてならぬと言うか、現実はそうである。

貞操帯の下のもう一人の私は嫌がらないが。

頭蓋骨の中に住む、脳味噌の中の私は何か少し腑に落ちん。

まあ、どうしようもないか。

溜息をつく。


「これにて交渉成立だ。10年の和平交渉を受け入れよう。アンハルト王国の希望によっては和平期間の延長も考えよう。ヴァリエール第二王女、無視したようで済まなかったな」

「はい」


ヴァリエール様は、ああ、もう何もかもファウストに押し付けてしまった、そういう表情であるが。

貴女にはリーゼンロッテ女王に、バラを盗んだ件で一緒に謝ってもらわねばならぬ。

まだ仕事は残っているのだぞ。

そんな落ち込んだ気持ちになられては困る。


「ポリドロ卿、いや、これからはただのファウストとして呼ばせてもらうぞ。我が情夫、いや、愛人となるのだからな」

「承知」


私は何かを諦めた。


「一秒の時間の別れも惜しいが、とりあえずファウストはレッケンベルの墓地に花を捧げに行ってくれ。そこで、今日はどこに泊るか。私の寝室でも良いが――楽しみは先で良い」


カタリナ女王は朗らかに笑いながら、目線を、立ち並ぶ騎士の列。

その末席、およそ年齢は12歳ぐらいであろか。

その少女に視線を送り、言葉をかける。


「ニーナ・フォン・レッケンベル。お前の母、クラウディア・フォン・レッケンベルの墓地へと案内し、そのまま第二王女殿と、ファウストをお前の屋敷に泊めてくれ」

「承知しました。我が屋敷であれば、ポリドロ卿も安らげましょう」


え、この少女、レッケンベル殿の一人娘か。

事前に情報は得ていたが、ちっとも安らげない。

ちっとも安らげないぞ、自分が一騎討ちで殺した娘さんの屋敷で一泊だなんて。

これでマルティナにも結構気を遣った生活を送ってるんだぞ。

お前等、私の心境に少しは気を配ってくれ。


「それでは、これにて交渉を終えるとしよう。後はヴィレンドルフの王都を楽しんでくれ」


ちっとも楽しみにできないんですが。


「ああ、ニーナ・フォン・レッケンベル。最後に一つ。お前の母、クラウディアの用いた魔法のロングボウ。あれをファウストに貸してやってはくれまいか? 遊牧民族相手に死なれでもしたら私が困る」

「さて、果たしてアレを引けるものか。引けるものでしたら、お貸しするのもやぶさかではありませんが」


何か勝手に話進んでるし。

あの、ヴィレンドルフ戦でも私が食らった強弓か。

そりゃあ、おそらく来年の軍役である遊牧民族戦で使わせてもらえるなら有難いが。


「それでは、交渉を完全に終わりとする。皆、大儀であった」


カタリナ女王の言葉と共に。

和平交渉はこれにて纏まり、終結となった。

ファウスト・フォン・ポリドロの微妙な感情をその場に置き去りにしながらではあったが。

ともかく、和平交渉は終わった。

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