第90話 荒野の風に吹かれる機人たち 22
「いたぞ、仲間の車だ」
運転席のスタンリーが上ずった声で叫んだ。前方に目線を遣ると、フロントガラス越しに黒いワゴン車を小型車両が追尾している様子が見えた。
「あの中にエレナが……」
僕が呟くと、スタンリーが「こういう事態は想定していなかった。うかつに攻撃もできないし、どうやって救出すればいいかまだわからない」と苦し気に漏らした。
「いったい誰なんだ……」
僕が焦りと共に前方を睨みつけた、その時だった。突然、クラクションの音が聞こえたかと思うと、サイドウィンドウ越しに並走する黒い乗用車が幅寄せしてくるのが見えた。
「な、なんだ?エレナを攫った連中の仲間か?」
徹也が怯えたような声を上げた直後、乗用車の窓が開いて見覚えのある人物が顔を覗かせた。
「基紀じゃないか。こんなところでロードレースか?」
乗用車に乗っていたのは、ショウの脱獄を手助けしてくれたジャンだった。
「ジャン!」
「ボスも一緒だよ。……と、なんだ?そのなりは。撃ち合いでもしたのか?」
僕が身を乗り出すと、ジャンがぎょっとしたように目を見開いた。どうやら血まみれのシャツが目に入ったらしい。
「あ、これは違う。お芝居で撃たれる役をやっただけなんだ。……それよりジャン、知り合いの女の子が得体の知れない連中に連れて行かれそうなんだ。……ほら、前のワゴン車」
開いた窓から首を出し、目線で示すとジャンは途端に厳しい表情になった。
「……あれか。よし、ちょっと待ってろ」
ジャンはそう言い置くと、鋭い目をしたまま車内に引っ込んだ。僕がどうするつもりなんだろうと訝っていると、いきなり乗用車がアクセルを踏んで急加速を始めた。
「な、何だあの車は?」
いきなり幅寄せしながら前に出てきた車両に、スタンリーが戸惑ったような声を上げた。
「違うんですスタンリーさん。あの車に乗ってるのは以前、僕らがお世話になった人です」
「その知り合いがなぜ、我々と同じ車両を追ってるんだ?」
「わかりません。僕が事情を説明した途端……わっ」
僕がスタンリーに事情を説明しているといきなり、鈍い音がしてワゴン車が大きく蛇行した。どうやら乗用車が横から車体をぶつけたらしい。
「ジャン……いったいどうする気だ?」
僕が身を乗り出した瞬間、乗用車が唸りを上げて加速した。そのまま様子を見守っていると、先行する乗用車がいきなりハンドルを切ってワゴン車の前に割り込んだ。
「危ない!」
スタンリーが叫んだ直後、急ブレーキの音と共にがんという鈍い金属音が響いた。後を追う二台の車が相次いで停まり、僕は思わず車外に飛びだした。
「エレナ!」
路上に出た僕が見たものは、斜めに停車している乗用車と行く手を阻まれ側面に突っ込んでいるワゴン車だった。
「――ふう、ようやく停まってくれたか。こりゃあ修理代がかさみそうだな」
乗用車から出てきたジャンは、へこんだドアを見ながら人ごとのような口調で言った。
「……○$×%▽#」
ふいに意味不明の言葉が耳に飛び込んで来たかと思うと、ワゴン車のドアが開いて黒づくめの人物が姿を現した。人物はジャンの方を向くと、いきなり銃を抜いて発砲した。
「――うっ」
まともに弾を受けたジャンは呻き声と共に大きくのけぞると、そのまま仰向けに倒れた。
「なにをするんだ!」
僕が叫ぶと人物は銃を持ったまま僕の方を向いた。僕はマグナムを取り出すと、本能的に引き金を引いた。
「……ぐうっ」
マグナム弾が人物の身体を貫き、直撃を喰らった黒づくめの人物は上体を二、三度前後に揺らすとその場に膝をついた。
――なんだ?マグナムが効かなかったのか?
僕が呆然としていると黒づくめの人物は頭から溶け崩れ、服だけを残して茶色いジェル状の水たまりになった。
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