第88話 荒野の風に吹かれる機人たち 20
「受け渡し場所はモルグの第八コンテナと第九コンテナの間だ。壊れてタイヤのないマイクロバスと赤いドラム缶が目印だ。いいか、くれぐれも警察には知らせるな」
二度目の脅迫電話は、すっかり強面が身についた徹也の指示から始まった。
「わかった、必ず行く。だからだからエレナには一切、危害を加えないと約束してくれ」
「ああ、約束する。取引が成立した以上、スポンサーの宝物に手荒な真似はしない。こう見えても我々は紳士なのでね」
徹也はコーゾーとの通話を終えると、僕らの方を振り向いて親指を立てた。
「いいぜ、順調だ。あとは受け渡しの現場に行ってリハーサルをするだけだ」
すっかりリーダーの風格を身に着けた徹也が、胸を逸らしながら言った。スタンリーの工房へ戻ると、機人警官のレプリカ制服に身を包んだ作業員たちが得意げに僕らを迎えた。
「どうだい、本物の警官に見えるかな」
「すごい……」
僕は作業員たちのなりきりぶりに舌を巻いた。暴動から命がけで逃げてきただけあって、彼らが身にまとっている迫力は本物の警官以上だった。本番さながらの雰囲気に呑まれて僕らが小さくなっていると、工房の奥からスタンリーが姿を現した。
「当日だが、まず君たちはドラム缶を背に我々をけん制する。爆発を恐れた我々は発砲を躊躇するが、人質が君たちの隙をついて逃げようとする。人質を追って君たちがドラム缶の前から離れた瞬間、私が「撃て」と部下に命じる」
スタンリーがこしらえた当日のシナリオは、マシンファイト以上にタイミングが問われる内容だった。
「なるほど、ちょっと練習が必要ですね。うまくできるかなあ」
僕が不安を口にすると、エレナが「私が上手くやるから、みんな私に合わせて動けばいいのよ」と人質なのかボスなのかわからない口調で言った。
「君たちのシャツには一人約二十発の弾着が仕込まれていて、腰の点火ボックスをオンにすると一斉に爆発するようになっている」
スタンリーが撃たれ方の説明を始めると、エレナが「私も死んでみたいなあ」と言い、年かさの作業員が「結構痛いと思うよ」と釘を刺した。
「ちょっと待ってください。ナナに付ける火薬は僕らの半分にしませんか。僕らと違って荒っぽいことに慣れてないんです」
徹也がおずおずと口を挟むと、スタンリーは「わかった、そうしよう」と頷いた。
「死に方は君たちに任せるから、印象に残るような断末魔のダンスをしてくれ。私が撃ち方やめ、と叫んだら警官が一斉に『死体』の周りを取り囲んで用意した車で運び去る。もちろん車は途中で外装を変え、我々も警官の制服から普段の格好に戻る」
「僕らも『死体』でいるのを止めて、生き返ることができるってわけですね」
「その通り。身代金のケースは目に着くところに置いてもらい、我々が回収する。『報酬』を分配するのは、無事にアジトへ戻ってからだ」
なるほど、ここに戻ってくるまでが誘拐というわけだ。……やれやれ、これはもう死んだ気になってやるしかないな。そんなことを考えていると、徹也の端末が鳴った。オンになったスピーカーから流れだしたのは、興奮してトーンの上がったコーゾーの声だった。
「うまくいったよ、誘拐犯諸君。リン氏が明日、身代金を持ってくるそうだ」
「やったねパパ。人質の父親役で主演男優賞って感じ」
エレナは興奮した口調で言うと、徹也の背後から端末に向かってウィンクをして見せた。
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