第86話 荒野の風に吹かれる機人たち 18
「戻ってこないじゃないかと冷や冷やしたぜ。何があった?」
アンソニーの顔のままの徹也に質され、僕は「知り合いがいたんだ……ごめん」と詫びた。本当のことを言えば徹也はあれこれ考えてしまうだろう。本来のミッションに集中してもらうためにも、ゼノシスのことは伏せておいた方がいい。
「そりゃあ誘拐の主犯は俺とナナだけどさ、大事なところなんだ、なるべく足並みをそろえようぜ」
僕は頷き、最後まで気を抜かないことを約束した。結果的にジュナを助けられたとはいえ、それは僕個人のトラブルだ。ミッションを放りだしたと言われれば返す言葉もない。
「これから身代金の要求をするけど、みんな準備はいいかな」
徹也の言葉に真っ先に「私はいつでもいいよ」と返したのは人質であるエレナだった。
「エレナ、君は恐ろしい悪人にさらわれた人質なんだ。いくらお芝居とはいえ、はしゃいだりしたら後で映像を見た人たちが怪しむよ」
僕がたしなめると、エレナは「大丈夫、ばっちり怖がってあげるから心配しないで」と片目をつぶってみせた。
「じゃあみんな、行くぞ」
徹也はそう言うと、エレナの父親であるコーゾー・イセに電話をかけ始めた。僕とナナはエレナにさるぐつわを施すと、カメラに映るよう徹也たちの背後に立った。
「はい、イセですが」
「イセさん、あなたの娘を誘拐した。娘を安全に返して欲しければ明後日までに一万ポジトラ―用意しろ。受け渡し方法は追って連絡する。わかっていると思うが警察に通報すれば娘の安全は保障しかねる」
アンソニーになり切った徹也がカメラの前で言い放つと、端末越しに「わかった」というコーゾーの強張った声が聞こえた。
「身代金は用意する。その代わりエレナの無事な姿を見せてくれ」
「いいだろう。……おいっ」
徹也が肩越しに振り返り、僕は共犯の『モトコ』になり切ってエレナをカメラの前に突きだした。
「エレナ!……なんてひどいことを。怖かったろう、パパがすぐ助けるから信じて待っているんだよ」
ナナがさるぐつわを解くと、エレナは涙声で「パパ、パパ助けて」と叫んだ。エレナもコーゾーも言ってみれば共犯者なのだが、さすがに親子だけあって芝居の息はぴったりだった。
「もういいだろう。我々も無意味な殺しは望まない。懸命な判断を期待しているとだけ言っておこう。ではまた連絡する」
徹也は通話を終えると、肩を大きく上下させた。徹也の性格から考えると、一世一代の大芝居だったのに違いない。
「あとはエレナのパパがデビーの父親であるアルフレッド・リン氏に電話をかけ、さっきのやり取りを見せるのを待つだけだ」
「その後、私が『パパ』に車を用意してとねだればいいのね」
デビーに扮したナナが、緊張した口調で言った。無理もない、数日前まで花を売っていた娘なのだ。
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