第84話 荒野の風に吹かれる機人たち 16


「さあ、これで応急処置は済んだよ。あとはいいパーツが手に入ったら付け替えるんだね」


 阿修羅先生は、元通りになった僕の右手を見て満足げに頷いた。


「ありがとうございます。先生が来てくれたおかげで助かりました」


「なに、いいんだよ。ちょうど私もあのあたりに野暮用があったところなんだ」


 阿修羅先生はそう言うと、神経接続に使うゴーグルとグローブを外した。


「ところで阿修羅先生、『ゼノシス』って聞いたことないですか?」


 僕が思い切って尋ねると、阿修羅先生は「ゼノシスねえ」と言って天井を仰いだ。


「もう何年前になるかねえ、人間の技術者たちが立ちあげた『心装機人プロジェクト』というものがあってね、プロトタイプを含めて五体の機人が造られたんだ」


「知ってます。僕がその五体目――『イグニアス0005』です」


「その五体目が造られたころのことさ。『愛』の比率を1パーセント未満に抑制した『ゼノティックエンジン』の開発に入れ込んだ技術者がいたんだ。目的は人間と機人、その両方をためらわずに殺せる『殺戮機人』をこしらえることだった」


 僕ははっとした『殺戮機人』と言えば、僕が倒した『ゼノシス1』が口にした言葉だ。


「もともとは純粋に『心を持った機械』を生み出すのが目的だった『イグニアスプロジェクト』は、兵器になり得る機人を作って各機関に売り込もうとする人間の出現によって大きく方向がゆがめられたのさ」


「……というと?」


「プロジェクトはその途上で三つの勢力に空中分解してしまった。本来の研究である『イグニアスプロジェクト』と、殺戮機人を開発する『ゼノシスプロジェクト』、そして『機生界』という人と機械と融合を目指す狂信団体とにね」


 僕の頭の中で、ずっと抱き続けていた疑問が氷解していった。『機生界』と僕を生みだした『イグニアスプロジェクト』は、元々一つの組織だったのだ。


「ゼノシスプロジェクトは将来、自分たちにとって障壁となるだろうイグニアスを抹殺しようとしてるらしいね。あんたたちにとっちゃ、はなはだ迷惑な話だろうけど」


「僕らを抹殺……」


「奴らはイグニアスを根絶やしにするため『タナティックエンジン』の開発者の一人、オスカー・トールマン博士を拉致しようとしたけど、途中で逃げられたって話だよ」


 阿修羅先生の話を聞いているうち、僕はなぜゼノシスがコンサート会場に現れたのかを理解した。リーダーのオーギュストが奴らの探しているトールマン博士だったからだ。


「奴らが今、一番恐れているのは自分たちに匹敵する殺傷能力を持つ0002と0005の二体さ」


 僕はゼノシス1を破壊した時のことを思いだした。あれが僕の真の能力なのだとしたら、僕はやはり人や機人を殺すために生み出された『兵器』なのだ。

 果たして『兵器』に何かを――機人の女性や、まして人間の女の子を愛する資格などあるのだろうか?


 そんなことを考えていると、ふいに施術室の扉が開いて付き添いに来ていたジュナが顔を出した。


「基紀君、大丈夫?入っていい?」


「ああ、いいよ。……ごめん、心配かけて」


「ううん、大丈夫でほっとしたわ」


「それじゃ、あんたたちを送っていく車を準備しようかね。支度が整ったら声をかけるよ」


 阿修羅先生がそう言って外に姿を消すと、施術室は僕とジュナの二人だけになった。


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