第73話 荒野の風に吹かれる機人たち 5


「到着いたしました。このあたりがBブロックです。宿はこの通りを少し行って左に曲がったところです。では、旦那様ともどもよい返事をお待ち申しております」


 僕らが車を降りると、グレゴリという執事は一礼して去っていった。


「ふむ、たしかにこの辺の『死者』が生き返り始めてるようだな。……見ろ、店を開けている奴もいる」


 黒崎がそう言って目で示したのは、花屋の軒先だった。ぎこちない動きで看板を出しているのは、僕と同じくらいの年齢の機人だ。まさかあの子がつい先ほどまで『死者』だったというのか。


「この街で生きているのはゴメスさんだけじゃなかったんですか」


「生き続けているのはな。暴動の後、破壊された機人たちが放置されていたのをあいつが修理して生き返るようにしたんだが、機人はエネルギー循環装置を破壊されると長時間の自律運動が不可能になる。それで街の中心部にある制御装置でコントロールすることによって数時間だけ活動できるように改造したんだ。エネルギーの供給量に限りがあるから一度に生き返らせる住民の数は一ブロックのみというわけだ」


「じゃあこの街の住民は、ここを出てしまったら生きられないんですか」


「自前の制御装置では一日が限界だろうね。途中で力尽きたらその場で死体に逆戻りだ」


 僕は愕然とした。ゴメスが自分のことを『墓守』と言っていたのは、そういうことだったのか。僕がそんなことを考えていると、ふいに近くで悲鳴のような声が上がった。


「なんだ?」


 振り向いた僕の目に映ったのは二人組の機人に絡まれ、振りほどこうともがいている花屋の店員だった。


「――やめろっ」


 意外にも、二人組に向かって飛びだしていったのは徹也だった。


「が……ぐごご?」


 僕ははっとした。どうも二人組の挙動がおかしかったからだ。


「待て坊主、ここは俺に任せろ」


 そう言って小競り合いの中に入っていったのは、黒崎だった。


「こいつらはスムーズに復活できなくて起動エラーを起こしてるんだ。悪いが再起動させてもらうぞ」


 黒崎はそう言うと、二人組の首のあたりを立て続けに殴った。すると二人は糸が切れたように相次いで地面に崩れた。


「……君、大丈夫かい?」


 安心したのかその場にへたりこんだ機人の娘に、徹也が声をかけた。


「だい……じょうぶ……」


 娘はまだよく動けないのか、たどたどしい口調で言葉を返した。


「どうやらあちこちに寝起きのよくない死者がいるようだ。さっさと宿に向かおうぜ」


 黒崎が促すと、徹也が「黒崎さん、僕、もう少しこの人の様子を見てから行ってもいいですか」と言った。


「なんだあ?……まあ、宿はすぐそこらしいから構わんが……」


 渋い顔をする黒崎をアマンダが「あんた、野暮な事言うんじゃないよ」と肘で小突いた。


「ありがと……あなた……誰」


「僕は徹也。外の街から来た機人だ」


「テツヤ……私……ナナ」


「ナナか。お店に立つのは少し休んでからの方がいいよ、ナナ」


 徹也の言葉にナナと言う娘が頷くのを見て、今度はアマンダが「いつまで見てるんだい。その子は大きい兄さんに任せて宿へ行くよ」と檄を飛ばした。

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