第70話 荒野の風に吹かれる機人たち 2


「すごい、岩山の中にこんなお屋敷があるなんて」


 城のような建物に続くアプローチを歩きながら、僕はため息を漏らした。


「元々はここが鉱山だったころ、町を支配していた人物が住んでいた建物さ」


 黒崎はそう言うと、広大な敷地を勝手知ったるわが家のように進んでいった。


「ゴメス、聞こえるか。お得意様ご一行の到着だ」


 たどり着いた玄関先で黒崎が叫ぶと、重厚な扉がゆっくりと左右に開いた。


「奥へ進みたまえ。正面の階段を上って右手の扉だ」


 赤いじゅうたんを敷き詰めた宮殿かと思うようなロビーに、先ほどと同じ声が響いた。


「行こうぜ。館の主人がお待ちかねだ」


 黒崎は愉快そうに言うと、ずかずかと屋敷内に足を踏みいれた。階段をのぼり、声に命じられた通り右手の扉を開けると、目の前に書斎風の空間が現れた。


「――あっ」


 僕らに背を向けて座っていた人物が椅子をくるりと回した瞬間、僕は思わず声を上げていた。


 スーツ姿の初老男性は首をがくりと垂れ、どう見ても死んでいるように見えたのだ。


「黒崎さん、この人……死んでる」


「ああ、そうだ」


 僕の問いに黒崎はこともなげに答えた。この人が僕らを案内した声の主なのだろうか。


「だが死んでるという言い方は正しくないな。俺たちには『一時休止機能』というモードがある。一定時間、することがないと死んだようになってしまう機能だ」


 黒崎は近くのテーブルに歩み寄ると、置いてあったハンドベルを持ちあげて軽く振った。


「……む?」


 ベルがちりんと音を立てると、驚いたことに死んでいるとしか思えなかった人物がかっと目を見開いた。


「――これはとんだご無礼を、お客様。私をお呼びになったということは、旦那様に御用ですかな?」


「ああ、商売道具を用立ててもらいに来た。奥の間に通していただけるかな」


「承知いたしました。しばしお待ちください」


 男性は僕らに向かってうやうやしくお辞儀をすると、テーブルに置かれた彫像の首を回した。すると壁際の床から高さ一メートルほどの階段がせり出し、同時に壁にかけられた巨大な肖像画が真ん中から割れて左右に開いた。


「これは……」


 肖像画のあった位置に現れたのは、奥の間へと続く秘密の入り口だった。


「さてと、主に会いに行くとするか。まあ、あまり固くならず俺の後についてくればいい」


 黒崎はそう言って階段を上がると、開け放たれた隠し扉の向こうに消えた。


「なんだかすごいところに来ちまったな、基紀」


「でももう後には引けないよ、徹也。『ハートブレイクシティ』の場所を知るためだ、行こう」


 僕はそう言って徹也を促すと、黒崎とアマンダに続いて奥の間へと足を踏みいれた。



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