第68話 荒海へと漕ぎ出す機人たち 23
「へえ、ここが本物のマシンファイターの家かあ。俺たちのアパートより古そうだな」
黒崎の住む低層アパートの前で足を止めた徹也は、くすんだ外壁をまじまじと見ながら呟いた。僕が端末で到着を告げると、ほどなくジャンパー姿の黒崎が姿を現した。
「おう坊主、久しぶりだな。中継でお前さんのファイトを見たが、初めてにしちゃあ上出来だったぜ」
黒崎は僕を見るといきなりイカサマファイトの感想を口にした。僕が「あれは台本があるんです」と訂正を入れると、黒崎は「もちろん、芝居もうまかったぜ」と言った。
「演出の入らないマシンファイトはない。シナリオがあろうがなかろうが、リングの上で行われるファイトはすべて真実だ。わかるだろう?」
「はい。殴り合いでもお芝居でも、命がけでやらないと容赦なく野次が飛びますから」
黒崎は大きく頷くと「ところでそっちの大入道は、たしか機人側でお前さんたちと戦ってた奴じゃないのか?」と尋ねた。
「そうです。本当は機人で、僕の友達です」
「あの、徹也って言います。お知り合いのところに基紀と行きたくて来ちまいました」
徹也がおずおずと自己紹介すると、黒崎は笑いながら「そうか、坊やの友達か。友達はいいぞ」と言った。
「あの……今すぐ出発するんですか?」
僕が小声で問うと、黒崎は何かを察したように片方の眉を上下させた。
「……アマンダのことが気になるのか?」
ずばり核心をつかれ、僕は俯きながら「……はい」と答えた。
「気にするなと言ったはずだがな。お前さんに謝られたところで、なんて返せばいいか困るのがおちだ」
黒崎は不自然なほど明るい口調で、僕を諭した。
「じゃあせめて一言、挨拶だけさせて下さい。……それでもし、アマンダが会いたくないと言ったら諦めます。」
僕が食い下がると、黒崎は「いいぜ、挨拶くらいなら」と表情を崩しながら言った。
「……ちょっと待ってな。呼んできてやるから」
黒崎がそう言ってアパートの方に引き返そうとした、その時だった。ふいにドアが開いて人影が姿を現した。
「やけに玄関前が騒がしいと思ったらなんだい。でかいなりした野郎が揃って井戸端会議なんて、みっともないったらありゃしない」
「……アマンダ」
握った拳を腰に当て、アパートの前に立っていたのはアマンダだった。
「アマンダ、僕は、その……」
「いいかい基紀、余計なことを言うんじゃないよ。謝ったりしたら承知しないからね」
アマンダは叱咤するように言うと、立てた人差し指を顔の前で振ってみせた。
「……わかりました」
僕が出しかけた言葉をひっこめると、アマンダは「さあ、いつまでも玄関前でもたもたしてないで、早く車のところへ行きな。ゴメスの所に行くんだろう、クロ?」
「そうだが、まさかお前も行くってんじゃないだろうな」
「ふん、男の仕事に女がついてくんなっていうんだろう?器が小さいね。それじゃあチャンピオンの名が泣くよ。ここんとこ閉じこもりっぱなしでくさくさしてんだ、お供してやるからさっさと車を出しな」
アマンダに畳みかけられ、黒崎は観念したように両肩をすくめると「これだよ」とぼやいてみせた。
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