第55話 荒海へと漕ぎ出す機人たち 10


「なんてこった、おっかねえよ。やっぱりあいつは機人じゃない、悪霊かなんかだよ。こんな薄気味の悪い部屋に一人でいるのは嫌だ、元の部屋に戻してくれ」


「無茶を言うな。囚人をおいそれと他の房に移せるか。怖いのはわかるが署長の許可を得てからだ」


「待てねえよ。……なあ、房が空いてねえなら、空くまで倉庫でもどこでもいいから放り込んでくれ」


 ジャンの訴えは真に迫っていて、僕は悪事を働くにも演技力が要るということを思い知った。


「ええい、聞き分けのない奴だな。……仕方ない、看守長を呼んで来るから待ってろ。ティムス、悪いが俺が戻るまでこいつの見張りを頼む」


「ああ、わかった」



 モルガンが通路の奥に姿を消すと、俺は房の中のジャンに声を殺して話しかけた。


「本当に一人なんだな?……よくあんな短い時間でショウを消したもんだ」


「正真正銘、俺一人だよ。あとはここを出てあんたの仲間に倉庫まで案内してもらえばいい。…あ、悪いが俺がここを出る時、あそこの雑誌を一緒に持ちだしてくれ。ゴミに出すと言ってな。それで脱獄はほぼ成功さ」


「わかった、やっておく」


 僕が鉄格子に背を向けると、看守長を連れたモルガンが戻ってくるのが見えた。


「信じられないな、部屋の中で囚人が消えるなんて」


「でも本当なんです。奴を連れ出すとき、中をよく見てみましょう」


 看守長が二人房の鍵を開け、僕たち三人の『看守』はショウが欠けてジャン一人きりになった部屋をあらためた。


「……なんてこった、本当に一人消えちまってるぞ。一体全体、どうなってるんだ?」


「出られるはずがありません。私とティムスが怪物に対処していた時間がせいぜい……」


「怪物だと?」


「あ、いえ何でも……」


「看守長、このゴミは持ちだして棄てても構いませんか?」


 僕が部屋の隅に積まれた雑誌の束を指さして尋ねると、看守長は煩わしそうに「ん?……ああ、外に出しておけ」と応じた。


 僕は部屋の隅に移動すると、紐で縛られた雑誌の束を持ち上げた。ずっしりと重い塊を抱えて鉄格子の外に出ると、傍らをパニックに陥ったジャンがモルガンに宥められながら通り過ぎて行った。


 ――よし、ここからは拓さんの出番だ。


 僕は重い雑誌の束を手に通用口から中庭に出た。通常、囚人の出すゴミは看守がチェックするのだそうだが、僕がその『看守』である以上、なんの問題もない。


僕は塀に設けられた関係者専用ゲートの前に立つと、キーを入力してロックを解除した。


 外のゴミ集積所はゲートのすぐ近くなので、看守が制服のままゴミを出しに行っても怪しまれることはない。あとはスティンガーが収集車を装った車両で回収に来るのを待っていればいい。僕は塀の内側に戻ると、交代までの時間を施設内で過ごすことにした。


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