第41話 明日なき戦いに挑む機人たち 8
「来たな機人。一分でマットに沈めてやるぜ」
徹也は僕を見下ろすと不敵に笑った。だが間近で見る徹也の両肩は常に上下し、呼吸は荒いままだった。徹也は見かけによらず体力がない。僕は徹也の消耗した姿を見て、おそらく拓さんとのファイトでスタミナを使いきったのだろうと推測した。
僕と徹也は向き合うと、どちらからともなくファイティングポーズをとった。これだけの観客に四方から見つめられる中、自分本来の性格とは真逆の人物を演じているのだ。そろそろ、限界が近いに違いない。
――大丈夫だ徹也。僕が上手くやられてやるから、何とか最後まで立ち続けてくれ。
僕が目でそう告げると徹也は小さく頷いて早速、フックを繰りだしてきた。
僕は顔をガードしながら、思ったより軽い打撃であるにも拘らず顔を顰めたりよろけたりするふりを続けた。
「どうした機人、頑張りは認めるが、強化人間を侮ると取り返しがつかないことになるぜ」
徹也はそう言うと身をかがめ、バランスを崩した僕のボディを執拗に攻め始めた。
実は僕のボディには鉄板並みの強度を誇るマッスルアーマーが仕込んであり、ほぼノーダメージと言ってよかった。まして徹也は僕より一ラウンド多く戦っている。撃てば打っただけ消耗するのは、間違いなく徹也の方だった。
――よし、この辺で最初のダウンと行こう。
僕は徹也に目で告げると、うっと呻いてマットの上に膝をついた。そのまま前のめりに倒れてみせると、レフェリーが「ダウン!」と叫んでカウントを取り始めた。このダウンは僕が回復するためのダウンではなく、徹也がもう一ラウンド戦い抜くための休憩だった。
「どうした、もう終わりか……おっ」
カウントファイブで立ちあがった僕は、ふらつきながらも再びファイティングポーズをとった。僕は背後に機人観客たちの異様な熱気を感じ、この辺がピークだと確信した。
――よし徹也、フィナーレだ。
僕がふらりと前に出ると、徹也が再び容赦のない連打を浴びせかけてきた。
僕はガードしながら後ずさり、ポストまで追い詰められたところで足を止めた。ここで僕が徹也のストレートを紙一重でかわし、予想外のアッパーで一矢報いる……というのがショウが考えた筋書きだった。
徹也の眼差しはすでに光を失い、機械のように連打を繰り返すのが精一杯のようだった。
あと少しだ。もう少しだけ頑張ったら、休ませてやれる。僕が練習したアッパーのタイミングを頭の中に思い浮かべた、その時だった。
突然、身体の奥で何かが動き出す気配があり、使われていなかった回路がうなりを上げるのがわかった。その異様な感覚は、僕の脳裏にある記憶を甦らせた。
――これは……鬼藤とかいう強化人間に襲われた時と同じ、タナティックエンジンだ!
僕は思わず自分の身体に「やめろ」と叫んでいた。徹也は敵じゃない、反応するな!
だが僕の身体が上げる異様な唸りは一向に収まる気配がなく、徹也も一瞬、打撃を中止して怯えたような目を僕に向けた。
やがて本能的な恐怖からか徹也が後ずさり、シナリオが崩れたことを察した僕はエンジンを宥める時間を稼ぐため、前のめりにダウンした。
「おっと、さすがの機人も強化された人間の連打には耐えられなかったのでしょうか」
実況と歓声、レフェリーのカウントが混ざった声のシャワーを浴びながら、僕はひたすらタナティックエンジンが収まるのを待った。やがてカウントが八まで進んだ時、ふいに不気味な唸りが消え、僕は戦いに戻るために立ちあがった。
「そうこなくちゃ、面白くない。……いくぞ機人、これでフィニッシュだ」
どうにかシナリオに戻れたことで安心したのか、徹也が凄みを取り戻した声で言った。
「行くぜ!」
僕は渾身のストレートを紙一重の差でかわすと、身をかがめたまま相手の懐に飛び込み、窮屈な姿勢から徹也の顎をめがけて伸びあがるようなアッパーを放った。
「――がっ」
徹也は大きくのけぞると、宙を舞って後ろざまに倒れ込んだ。僕は地鳴りのような徹也のダウンにほっとしながら、レフェリーがカウントを取り終えるのを待った。
実は僕の体格ではアッパーはあまり効果的な打撃ではない。僕の右腕にはあらかじめ手首から先が十センチ以上伸びる仕掛けが施されていて、一瞬であれば見破ることは困難だ。
僕がフィニッシュをあえて至近距離から放ったのは、観客をうまく欺くためでもあった。
「……テン!」
レフェリーが僕の勝利を告げると徹也がむくりと身を起こし、「やるな、機人」と言った。
芝居を終えてショウと交代する徹也の背中を見ながら、僕は「さあ、ここからが本番だ」と自分に強く言い聞かせた。
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