第177話.来訪

「いよいよか……」


 普段滅多に着ないような、きっちりとした服装をして、リガルは応接室のソファに座っていた。


 リガルはかなりの面倒くさがりなので、こういった正装は着たくないと言うのが本音だが、今日ばかりはそうも言っていられない。


 いつやってきても良いように、姿勢を正してエイザーグ王の来訪らいほうを待つ。


 これまでは、互いの国に訪問する時は、王が自ら外まで出迎えに行っていた。


 しかし今はもう、ロドグリス王国とエイザーグ王国は、対等ではない。


 互角だった力関係は、崩れ去ってしまった。


 それを、あんにエイザーグ王に伝えるため、今回は出迎えることなく、こうして堂々と応接室で待っているのだ。


(さて、エイザーグ王はそろそろ城に入ってくる頃だろうか。別に今更緊張とかは無いんだが、これから予想される面倒事を思うと、憂鬱になるな……)


 虚空を見つめながら、これからのことを想像するリガル。


 その表情は浮かない。


 まぁ、昨日までかなりハードな日々を過ごしていたのに、今日も休むことが許されずにお偉いさんの相手だ。


 うんざりするのも当たり前である。


「はぁ……」


 何度目か分からないため息を、リガルが吐いていると……。


 コンコン、と部屋の扉が優しく叩かれる。


(うおっ、もう来たのかよ)


「っ……! 入れ!」


 慌てて声を張り上げる。


 すると、扉が開き……。


「陛下、エイザーグ王がお見えになられました」


「そうか。通していいぞ」


「かしこまりました」


 メイドがエイザーグ王の到着をげにきたため、リガルはそれを了承する。


 それから程なくして、彼はやってきた。


「久しぶりだな。ロドグリス王」


 エイザーグ王―エルディアード・エイザーグ。


 リガルも、もう幾度となく顔を合わせた相手だ。


 初めて会った時はまだかなり若く、ほんの少しだけ頼りない雰囲気もあった。


 だが、今やそれも完全に消え去り、百戦錬磨の雰囲気を醸し出し始めている。


 これまでは、リガルの父であるアドレイアが相手をしていたが、そのアドレイアはもういない。


 今日は、リガルが応対しなくてはならないのだ。


 この、ロドグリス王国の王として。


 そう思い、リガルはスイッチを入れる。


 何だかんだ「面倒だ」「憂鬱だ」などと思いながらも、王として持つべき最低限の責任感は持ち合わせている。


 だから、やる時はやる男なのだ。


「あぁ。久しぶりだな。エイザーグ王。最も、あの時はまだ立場が違ったが」


「そうだな。昔からよく知っている貴方が王になるとは、時の流れを感じるものだ」


 まずは当たり障りのない会話を互いに交わしていき、そこから更に雑談をしていく。


 特に重要な話題は、両者とも口に出さない。


 今回は、騎馬民族と交渉を行いに向かった時と異なり、時間が無いわけではないのだ。


 焦らずじっくりと会話を進めていく。


 そして、だいぶ時間も経ち、話の方も一段落ひとだんらくしたところで……。


「さて、そろそろ話もこれくらいで切り上げるとしないか? もう昼食の準備も整っている」


「そういえば、もうそんな時間であったか。では、ありがたく頂くとしよう」


「あぁ。ついてくるといい。今日はいい天気だ。外で食べるとしようじゃないか」


「おぉ、それはいいな」


 笑顔で言葉を交わしながら、二人は立ち上がる。


 しかし、リガルは適当に会話しているだけで、内心は昼食の事などと全く異なることを考えていた。


(さて、早速この昼食で話を切り出さないとな……。すでにナメイ族、マールー族、エカノド族、そしてヘルト王も呼んでしまっているんだ。ヘルト王は従属関係にあるから、多少の無礼は問題ないが、騎馬民族の族長たちに対して、今更『やっぱり帰っていいよ』などとはとても言えないだろう。それを考えると、エイザーグ王との同盟の話は、絶対に断られるわけには行かない。いざとなったら、多少無理矢理にでも、成立させなくてはならないな……)


 最も、エイザーグ王国との同盟が断られる可能性は低い。


 今回の話は、エイザーグ王国にとってもメリットのある話。


 というか、そもそもエイザーグ王の方が、同盟の解消を止めるために、ロドグリス王国までやってきたのだ。


 いや、それはまだリガルの推測に過ぎないことだが。


 それを考えると、エイザーグ王も大人しく受け入れてはくれるだろう。


 まぁ、多少は好条件を引き出そうと、粘ってくる可能性は十分にあるが。


 しかし、それでも油断する訳にはいかない。


 騎馬民族の族長たちをすでに呼んでしまっている以上、失敗は絶対に許されないのだから。


 現状を再確認し、リガルは決意を新たにする。


 そして、話がまとまったところで昼食を取るべく部屋を出ようとするが……。


「あ、ちょっと待ってくれ。その前に、我が盟友であった先代ロドグリス王――アドレイア殿を弔いたい。彼の墓に連れて行ってもらえないか?」


 目を伏せがちにリガルに頼むエイザーグ王。


「……! そ、そうだな」


 完全に頭に無かったことを言われて、リガルは一瞬驚くが、すぐにそれを隠して頷く。


 そもそも、表向きにはそれが目的だと、事前に送られてきた書状には書いてあった。


 だが、リガルは裏ばかりを読んでいたため、それを忘れてしまったのである。


 それからリガルは、向かう場所を変えてアドレイアの墓へと、エイザーグ王を案内するのであった。






 ー---------






 ――30分後。


 リガルとエイザーグ王は、歴代のロドグリス王が埋葬されている墓にて、アドレイアの冥福を祈り、その後食卓に着いた。


 二人の周りでは、穏やかな雰囲気が漂っているように見えるのだが、少なくともリガルの内心はかなり張り詰めていた。


 エイザーグ王の世間話に対して、適当に相槌を打ちながら、同盟についての話題を切り出す機会を虎視眈々と伺う。


 そんな中、その機会はついに訪れた。


「――という事だな」


「なるほどな」


 ちょうど話が一段落し、エイザーグ王の方からは、新たな話が切り出されない。


(今しかない!)


 そう思ったリガルは、この機を逃すまいと口を開く。


「そう言えば、エイザーグ王。少し提案があるので、後で話さないか?」


 もう少し回りくどい言い回しをしようと思ったが、得意にいい言葉が思いつかなかったので、ストレートに言う。


 別に成功するかどうかが微妙なほどの、難しい交渉でもない。


 わざわざ遠回しに言って駆け引きのようなことをする必要も無いだろう。


「ん? 提案? それはここではダメなのか?」


 その表情は、キョトンとしたもので、リガルの意図などまるで分かっていないかのようだ。


 しかし、それも演技かもしれない。


 ――内心ではリガルの言いたいことを悟りつつも、何も気づかないフリをしている。


 その可能性も十分にあるだろう。


(これまでは感じなかったが、こうして交渉相手として対面してみると、随分と食えない人だ……。だが、そんなことは関係ない。交渉の技術で敵わなくたっていい。俺はロドグリス王国の国力に物を言わせて、脅せばいいだけ)


「あぁ。少し政治的な話になるからな。あまり食事中に話すのはどうかと思ってね」


 政治的な話、と濁そうともせず、かなりストレートに伝える。


 これだけ言えば、リガルが回りくどい交渉をしようとしていないことに、エイザーグ王も気が付いたようだ。


「なるほど」


 先ほどまでの張り付いたような笑みを消し、僅かに憮然とした表情を浮かべる。


 エイザーグ王は、交渉という、リガルよりも自身の方が得意とする土俵で戦おうとしていた。


 しかし、それもそう簡単にはいかないということを悟ったようだ。


 リガルは、自分の不得手な部分を理解していて、それでいてそれは一朝一夕には身に付かないと、割り切っている。


 だから、苦手なところを頑張って伸ばそうと言うよりは、苦手な土俵で戦わないように努力をするという考え方なのだ。


 それが正しいかどうかは分からない。


 しかし、エイザーグ王は、それを間違いなく「やりずらい」と感じていた。


 少し気を引き締め……。


「そういうことなら、私の方は別にいつでも構わんぞ」


 エイザーグ王はリガルの言葉に応える。


「ふむ。ならば、昼食が終わって少ししたら話そう。それで良いか?」


「あぁ」


 こうして、リガルは交渉を取り付けることに成功したのであった。

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