第176話.上々

 ――それから2日後の朝。


 昨日、リガルは無事にナメイ族、マールー族、エカノド族の、有力な3部族全てと話を付けることに成功した。


 ナメイ族以外の族長たちは武闘派で、合理的な考え方をあまり有していなく、感情で動いてしまうようなタイプだった。


 別にそれが一概に悪いとは言えないが、少なくとも今回の交渉では、そう言った相手はリガルにとって都合が悪い。


 しかし、運よく初めにナメイ族と話をつけることに成功したのが良かった。


 ナメイ族がロドグリス王国と同盟を組むとなれば、他の部族もリガルの提案に乗らないわけには行かない。


 ナメイ族だけがロドグリス王国と仲良くなって、マールー族やエカノド族は逆に関係が悪化してしまったら、ナメイ族だけがどんどん甘い汁を吸って強大になっていってしまう。


 それくらいは、他の武闘派のおさたちも分かっていた。


 だから、終始渋い表情を浮かべながらも、最終的には受け容れてくれたのだ。


 そして、話し合いが纏まった翌日――つまり今日、ロドグリス王国へと帰還することになった訳だが……。


「まさか、我々がこうして肩を並べて同じ場所へ向かう日が来るとはな……」


「うむ。これが時代の移り変わりというものなのだろう」


「ふん、全くだ……」


 その一団の中には、リガルとその護衛だけではなく、ナメイ族、マールー族、エカノド族のおさに加えて、その護衛までいる。


 現在は、族長3人で感慨深そうに言葉を交わしている。


 彼らは少なくとも良好な関係ではないと聞いているし、実際昨日までは、罵詈雑言が飛び交っていた。


 だが、今は一緒にいることに多少慣れたのか、割となごやかな雰囲気が流れている。


 これまでは敵対していたとはいえ、憎んでいるという訳ではなく、ライバルのような感覚だったのだろう。


 しかし、それはそうと、何故彼らがリガルたちの帰途に同行しているのか。


 そうなった原因は、リガルの思いつきで放った一言にあった。


 リガルが問題となる発言をしたのは、ちょうどナメイ族の族長である、ザギトとの話に決着をつけ、次の交渉相手であるマールー族のもとへ向かおうとしていた道中であった。


 当然、特にコミュニケーションが得意な訳ではないリガルが、上手く相手と会話することなど出来るわけがない。


 長らく静寂が場を支配してしていた。


 しかし、コミュニケーションが得意ではないリガルだが、場の重苦しい気配は嫌でも感じてしまう。


 その空気に耐えられなかったため、無理矢理に話題を捻りだして、ザギトに言葉を投げかけたのだ。


 その内容が……。


『そういえば、実は我々が急いでいるのは、数日後にエイザーグ王が我が国に訪問することになっているためなのだ。もしも全員の予定が合ったら、全ての部族を回り終えたその足で、そのまま我が国に来て話し合いを早速始めることも出来るぞ』


 というものだった。


 特に当たり障りのない世間話をできるようなコミュニケーション能力がリガルにある訳も無い。


 そのため、どうしても話題を振ろうとすると、こう言った政治的な話になってしまう。


 とはいえ、本気での提案ではなく、ちょっとした冗談半分に近い気持ちであったのだが……。


『ほう……。そういうことだったのか。私は一向に構わないぞ? しばらくはあそこに滞在する予定だったからな』


『え? い、いや、それについてはまだ他の国の代表の事情もある。決定した話ではないぞ?』


 何故かあっさりと受け入れたザギトに、リガルは軽く戸惑ったように言う。


 だが……。


『分かっている。他の代表たちも納得すれば、という話だ』


『そ、そうだな』


 リガルは軽く頷き、心の中で呆然とする。


 いや、別にそうなったからと言って困るわけではない。


 むしろ、その方がリガルとしてもありがたいくらいだ。


 エイザーグ王であるエルディアードの訪問と同じタイミングで、各国の代表が全員揃っての話し合いを行うことが出来れば、二度手間にならずに済む。


 それに、そろそろリガルの即位式も行わなければならない。


 現在は、戦後処理で忙しすぎるため、そちらと同時並行で準備を進めているが、本来即位式というのは、最も優先すべきと言ってもいいような一大イベントなのである。


 あまりのんびりと同盟締結に時間を掛けてはいられない。


 ということで、結局マールー族とエカノド族にも同じ提案をして、こちらも拍子抜けするほどあっさりと受け入れてくれた。


 そうして、今に至るという訳である。


 遊牧民というのは、生活拠点をコロコロと変えていく。


 そこら辺に生えている草を、家畜に食べさせるためだ。


 そして、その拠点付近に生えている草を食べ尽くしたら、別の地点に移動するのである。


 現在は、ちょうど移動が終わって少し経った段階のようで、しばらく族長が留守にしていても問題ないという訳だ。


 かくして、想定よりもいい形で騎馬民族との交渉を終え、リガルはロドグリス王国へと帰還するのであった。






 ー---------






 ――3日後。


「陛下、そろそろ起きてください。もうかなり遅い時間ですよ?」


「ん? あぁ、また今日も馬に乗らないといけないのか……」


 レイの声が耳に届き、リガルはその意識を覚醒させた。


 そして、目を薄っすらと開けて、ぼそぼそと覇気のない声で呟く。


 その声音からは明らかな疲れが見て取れた。


 しかし……。


「はい? 何を寝ぼけているんですか? もうロドグリス王国に帰ってきているでしょう?」


「え? あれ? そうだった……」


 レイに指摘されて、ようやく自身が寝ぼけていたことにリガルは気づいたようだ。


 すでに昨日の夕方の時点で、リガルはロドグリス王国の王都に帰還して来ていた。


 しかし、それからはロクに食事も取らず、泥のように眠ってしまったのである。


 まぁ、かなりのハードスケジュールで、肉体的にも大して鍛えられていないリガルは、相当無理をしたようだ。


 緩慢な動きで布団から出て立ちあがる。


「てかさ、もうちょっと寝かせてよ。確かにエイザーグ王が来るのは今日だけどさ、それも昼だろ?」


 昨日帰って来たばかりだが、今日はもうエイザーグ王が訪問にやってくる約束の日。


 とはいえ、予定では、エイザーグ王がやってくるまでにはまだ幾分いくぶんかの猶予があるはずだ。


 リガル自身の準備は、せいぜい着替え程度しかないので、そんな早く起きて備える必要性はない。


 そのため、リガルは若干不機嫌そうに、レイに対して抗議するが……。


「いえ、そう思って今日はかなり長い間、そっとしておきましたよ。しかし、見てください。もう10時です」


 そう言ってレイは、部屋にある時計を指さす。


 それに釣られるように、リガルは視線を移動させると……。


「嘘!? って、それって結構ヤバいじゃん!」


 驚いたような反応をし、慌てふためく。


 てっきりいつも起きているのと同じ時間だと思っていたようだ。


「そうですよ。陛下も疲れているだろうと、ギリギリまで起こさないでおいたのです。でも、もう限界なので起きてください。すでに朝食は持ってきてあります」


「お、おう……」


 すでに10時になっていることの衝撃で、一気に目が覚めたらしく、リガルはてきぱきと着替えを進めていくのであった。

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