第174話.リガルの狙い

「あれは間違いなくナメイ族ですね。あの服には見覚えがあります」


「あぁ、俺もだよ。確か彼らに古くから伝わる正装だったよな」


 前方の遥か彼方に、小さく見える一団を見て、レオが言う。


 そして、どうやらリガルも知っているようだ。


 子供のころから他国の事に着いてもしっかりと学んでいるため、流石に当たり前かもしれないが。


 そんな会話を続けているうちに、相手の方もリガルたちを視認したようで、少しその歩みを早めて近づいてくる。


 リガル達も、同様に少し急いで向かった。


 そして……。


「初めまして。ナメイ族の族長であるベドウィン・ナメイの嫡男、アロゴ・ナメイと申します。今回は、我が父と話がしたいということなので、僭越せんえつながらお迎えに上がらせて頂きました」


 アロゴと名乗る男は、丁寧な言葉遣いで頭を下げる。


 彼の方は、国ではなく一部族に過ぎない立場である上、しかも族長ではなくその息子。


 対するリガルは、今や大陸でも屈指の大国となった、ロドグリス王国の王。


 その身分差は、比ぶべくもない。


 このようなへりくだった言葉遣いも、当然だろう。


「ロドグリス王、リガル・ロドグリスだ。此度こたびは、急にこのような話をしてしまって、本当に申し訳ない。そして、この話を受けてくれたことに、心から感謝する」


 対するリガルの方も、丁寧過ぎるくらいの挨拶をする。


 今や帝国と遜色ない程の大国にまで成長した国の王が言う言葉にしては、少し丁寧すぎて舐められやしないかと、不安になるくらいだ。


 とはいえ、今回はリガルがあまりに非常識だったことは、誰が見ても疑いようのない事実。


 これくらい丁寧な対応はしておいた方がいいかもしれない。


「いえ、貴国が大変な時期であることは理解しています。こちらとしても、貴国とは友好関係を築きたいと考えていたので、その王であるリガル陛下と直接話す機会を得られて良かったと、我が父も言っておりました」


「それはありがたい」


 アロゴの言葉に、笑顔で返答するリガル。


 しかし、内心では……。


(友好関係を築きたい……ねぇ。どこまで本気なのやら)


 その言葉を、全く額面通りに受け取っていなかった。


 そもそも、仲良くしたいと言うのなら、初めからロドグリス王国が派遣した外交官との交渉で、大人しくこちらの要求を呑んでくれという話だ。


 とんでもないようなふざけた条件を提示したのならともかく、リガルはかなり良心的な要求をしたつもりだった。


 具体的な内容は割愛するが。


(まぁ、別に交渉の話云々は、彼ではなく彼の父――つまり族長に言うべき文句だ。いや、言わないけど。だから、そこはあまり考えないようにしよう。少なくとも彼自身は、真面目な青年といった印象だ)


 年齢を聞いている訳ではないが、アロゴの外見からして、恐らくその年齢はリガルと大差ない。


 だが、それにしては非常にしっかりとしが言葉遣いと態度だ。


 例えば、グレンのようなヤバい奴が出てきたらどうしようかと不安に思っていたため、その点についてはひとまず安心である。






 ー---------






「ここが、現在我々が拠点としている場所です」


 それから3時間ほど歩き続け、そろそろ昼に差し掛かるかという頃、リガルたちはついにナメイ族の拠点までたどり着いた。


 辺りを見渡してみると、沢山のユルト――要はテントのようなものが無数に張られていて、ざっと見た限りでも100人を優に超える人間が生活しているようであった。


 また、人間よりも多い数の家畜が放されている。


 そしてその中心には、他の物よりも一層大きく、これまた独特な装飾を施されたユルトが立っていた。


 恐らく、ここが族長の住んでいるユルトなのだろう。


(まぁ、大体イメージ通りだな。しかし、こりゃあ出される食事とかは期待出来なさそうだ……)


 料理の技術がどうこうという前に、そもそも食材が足りていないのである。


 騎馬民族と言っても、実は遊牧民だけではなく、半農半牧の生活を営んでいる民族も地球では存在したのだが、彼らは生粋きっすいの遊牧民だ。


 家畜をさばいて手に入れることの出来る食材しか、基本的に食べない。


 また、他国との交流もほとんど行っていないため、輸入することも出来ない。


 そんな訳で、リガルの予想通り、ここでの食事はかなり原始的だ。


 特に、馬乳酒などの、癖の強い食べ物があったりするため、口に合わないという点を考えると、戦争中の食事よりもリガルにとっては厳しいかもしれない。


(こりゃあ、歓待のためのパーティーなどに誘われたりしたら、やんわりと断った方がいいかもな)


 実際、時間が無いことも確かなので、幸いなことにそれを言い訳にのがれることが出来るかもしれない。


 心の中で、そんなこと失礼なことをリガルが考えていると……。


「では、早速になりますが、こちらへどうぞ」


 一番大きなユルトに案内される。


 どうやら、辿り着いて早々に族長と話をする展開になるようだ。


 それについては、リガルたちの時間が無いことを知って、気遣ってくれているのだろう。


 これは非常にありがたい配慮だ。


「ありがとう。……お前たちは外で待っていてくれ」


 リガルは案内をしてくれたアロゴに礼を言うと、今度はレオたち護衛に向き直って、一言声をかける。


 結局、レオを道連れにするのはやめにしたようだ。


 まぁ、やめにしたというよりは、元より冗談で言ったことだが。


 ゆっくりと入り口を開き、ユルトの中に足を踏み入れる。


 すると、そこにはすでに椅子と机が用意されており、その片方の椅子には、大男がすでに座っていた。


 椅子自体は、ソファのようなもので、相変わらずデザインがリガルの感性とかけ離れているが、とりあえず材質は良さげだ。


「よく来られたな。ロドグリス王。貴殿の来訪を心から歓迎するよ。私はナメイ族の族長を務めている、ザギト・ナメイだ。よろしく」


 リガルが部屋に入ってくるなり、ザギトは立ち上がってリガルに駆け寄る。


 そして、手を差し出して握手を求めた。


(ふむ……。とりあえずは友好的な感じで、一安心といったところか)


「リガル・ロドグリスだ。こちらこそ、急な申し出を受けてくれて感謝している。よろしく」


 リガルも一言名乗って、ザギトの手を取った。


 出だしはかなりいい感じである。


 しかし、油断はならない。


 事前に派遣した外交官の方の話は蹴られたのだ。


 リガルとの交渉も、スムーズに進むとは考えにくい。


「さぁ、掛けてくれ」


 そう言ってザギトは部屋の手前側の席に座るように、リガルに対して促す。


 ここで、リガルより先に自分が席に着いたりしないところを見ると、彼らの間でも一般的なマナーは通用するみたいだ。


「あぁ、ありがとう」


 そう言って、リガルは一つ深呼吸をして気を引き締めると、席に着いた。


 それを確認して、ザギトももう片方の席に着く。


「さて、こうして顔を合わせたばかりなのに申し訳ないが、そちらも時間が無いとのことなので、早速用件を聞かせてもらいたい」


 そして、席に着くなり、ザギトは早速リガルに本題について話すように促す。


 流石のリガルも、最初の数分くらいは世間話みたいなものをすると思っていたので、これには少し面食らったようだ。


 だが、そうしてくれるなら好都合なので、ありがたく乗ることにする。


「分かった。と言っても、こちらの言いたいことは、先に派遣した外交官の話と同じだ。ヘルト王国との約束を、反故ほごにしないでもらいたい」


「ふむ……。我々としては、約束を反故にしたつもりなどないのだがな。ヘルト王国には、『攻撃をしないで欲しければ、対価を払え』と言われただけなのでね。貴国に敗北する前の状態ならばともかく、現状のの国に対して、対価を支払ってもらってまで、攻撃をやめて貰いたいとは思わない。だから払うのをやめた。それだけのことだ。しかも、それすらも文書として残していない」


 我々にやましいことなど何一つない、とでも言うように、堂々とザギトは言う。


 実際、リガルもこれには内心頭を抱えたくなるような思いだった。


(はぁぁ!? ふざけんな! つまり、完全に言い掛かりだったってことかよ! やってくれたぜあのクソども……)


 リガルが今怒っている相手は、当然ヘルト王国である。


 というか、ヘルト王であるランドリアに、だ


 リガルは、ランドリアが言い掛かりであることを、自覚したうえで突っかかっていたのではないかと考えているのである。


 そもそも、基本的に何か他国と約束する時には、必ず文書として残すもの。


 それをやらなかったというのは、恐らくヘルト王国と彼ら騎馬民族のパワーバランスが逆転する未来を、全く考えていなかったのだろう。


 だから、文書として残さずとも、騎馬民族は必ず貢物を寄越す。


 そんな奢りがあったのかもしれない。


 最も、それはランドラリアが悪いのではなく、そのの父――つまり先代王であるヴァラスの失態だが。


 だから、もうこれは言い訳のしようが無い。


 そのはずなのに、ランドリアは新たに手に入れたロドグリス王国という盾を使って、無理矢理に道理の通っていない言い分を通そうとしているのである。


(全く、転んでもただでは起きないとはまさにこの事。本当に、はた迷惑なことをしてくれたもんだ。はぁ……。ま、それでも少しは頑張ってみるつもりだが……)


 特大のため息を吐きたい気持ちになるリガルだが、それは何とか心の中だけにとどめて、平静を装う。


 そして口を開いた。


「なるほど。そちらの言い分は理解した。しかし、それでもこれまで当たり前だったことが覆れば、人間反発したくなるものだろう? あなた方とて、事を荒立てたい訳ではないはずだ。以前の半分とは言わない。ここは4分の1くらいに減らす、ということで手を打ってもらえないか?」


 ――最早もはやこうなっては論破することは出来ない。


 そう悟ったリガルは、頼み込むように言う。


 しかし……。


「うーん、それは流石にいくらロドグリス王の頼みとはいえ、聞き入れることは出来ないな……。ヘルト王国が攻めると言うのなら、我々は受けて立つつもりだ。支払う必要のないものを支払う余裕など、我々には無いのでね」


(やはりだめか)


 それでもザギトの考えは変わらない。


 譲るつもりは微塵も無いようだ。


 だが、それは計算済み。


 というか……。


(計算通りだ。この話を受けて貰っては、逆に困る)


 リガルには、考えていることがある。


 さっきの台詞は、あくまでこの後の話に持っていくためのパフォーマンスに過ぎないのだ。


 逆にこの状態で、交渉が成立してしまっても、得するのはヘルト王国だけ。


 もちろん、戦争が勃発する可能性が無くなったというメリットも、ロドグリス王国にとってはあるのだが、それだけで満足するリガルではない。


 きっちり、自分たちにとっての利益も得るつもりだ。


「なるほど。そちらの意志が固いことは十分に分かった。ならば、どうだろう? 我々われわれと同盟を組む、というのは?」


 そして、ここに至り、リガルはついに事前に考えていた条件を提示するのであった。

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