第143話.伏兵戦術

 ――ヘルト王国軍が、ロドグリス王国軍の奇襲を受けた時から、さかのぼること8時間ほど。


 その頃リガルは、ポール将軍の策略を完全に読み切り、この戦いに終止符を打つ一手を放とうとしていた。


「次の一手で大勢たいせいが決まる? って、一体何を言ってるんですか?」


 しかし、これまで数日間に渡って戦ってきていても、全く決着が見えない一進一退の攻防が続いているのだ。


 次で決着が着くなど、如何いかにリガルの言葉と言えど、信じられる訳が無かった。


 だが……。


「今は理解できなくたっていい。これから、兵を分けるぞ」


 リガルはレオの疑問に答えることなく、指示を出す。


「え? 兵を分けるんですか? ゲルトに向かうのなら、全軍で向かった方が良いのでは?」


「いや、ゲルトになどはなから向かうつもりなどない。そもそも、ヘルト王国軍は、ゲルトなんて攻めようとしてないからな」


「え? え?」


 リガルの考えていることが全く理解できず、混乱するレオ。


 レオは、リガルが止まっていたヘルト王国軍を恐れることなく行軍したため、てっきりヘルト王国軍がゲルトを攻めようとしているのだと思い込んでいた。


 ポール将軍の読み通りの思考をしてしまっているという訳である。


 しかし、リガルは混乱するレオに対して、やはり説明をしてあげることはなく、これからの行動について思考を始める。


(しかし、兵を分けるにしても、任せる指揮官をどうしようか。無論、将軍はハイネス将軍以外にも、あと何人かいる。だが、こっちの部隊は俺が率いるということで、他の将軍は、全員ハイネス将軍の率いる部隊に帯同させてしまったんだよなぁ……)


 こればかりは、完全にリガルの短慮たんりょであった。


 兵を分けることが必要になるシチュエーションは、戦争ではそう珍しくない事。


 もちろん、各個撃破が怖いため、そう軽率にやっていい行為ではない。


 だが、奇策としてはやはり威力があり、優秀であることも確か。


 もう一人指揮官を手元に置いておかなかったのは、完全なる愚行であり、擁護のしようが無い。


 リガルは一瞬後悔したが、すぐに天啓が下りる。


(いや、指揮官ならいるじゃないか!)


 そう心の中で呟き、リガルがその指揮官候補に視線を向ける。


 リガルの視線の先にあったのは、レオの姿だった。


 前にも、レオを指揮官として利用したことは何度もある。


 任せても、完璧にとは言わないまでも、ある程度まともな指揮は執ってくれるだろう。


 それに今回は、単に指揮がそれなりに執れるから、というだけでなく、レオが相応ふさわしい理由がある。


 その理由というのは、リガルは今回編成した別動隊を、奇襲に使いたいと考えているからだ。


 奇襲というか、もっと具体的に言うと、伏兵戦術だが。


 それを決行する時、レオが指揮官を務めていると、指揮を執るだけでなく、スナイパーとしての活用も見込めるのだ。


 スナイパーは非常に強力だが、動き回っている敵を攻撃するのは、本来の用途と異なる。


 だから、戦闘中には使いづらい。


 天才的な実力を持つレオならば、敵が動いていようとそこそこの確立で当てられるのが恐ろしいが。


 しかしいくらレオと言えど、敵味方が入り乱れる戦闘中となると、流石にそれも無理だ。


 成功するかが不確かな狙撃を、味方に当ててしまうリスクがある状況でもちいることは出来ない。


 そんな使い方がかなり絞られるスナイパーだが、伏兵戦術の時には効果的に使うことが出来る。


 伏兵戦術と言っても、結局最終的には通常通りの戦いになる。


 単に敵の行き先に潜んでおいて、奇襲するだけなのだから。


 しかし、最初は違う。


 奇襲である故、一番最初に敵に攻撃する時は、相手にバレていない状態で始まる。


 だから、相手が動いていない……とまでは言わないが、単調な動きをしている行軍時というのはスナイパーが活躍できる場面だ。


 ただ、別に最初の攻撃を確実に当てるだけなら、普通の魔術師でも変わらないのではないか? と思うかもしれない。


 しかし、スナイパーと普通の魔術師の決定的な差は、その射程だ。


 普通の魔術師で最初の一撃を与えようとしたら、敵との距離も近くないといけない。


 それは、イコール敵にバレやすいということになる。


 当然、行軍中は敵も周囲の警戒は常に行っているのだから。


 だからこそ、最初は敵に見つからない位置から攻撃できる、スナイパーを使うべきという訳だ。


「よし、レオ。別動隊はお前に任せる。いいか1000の魔術師を率いて……。ここに向かうんだ!」


 俺は地図を取り出し、地図上のとある地点を指さしながらレオに言う。


「え? え? いや、本当に何の説明も無さすぎて、全く話に着いていけないんですけど……」


 全てのことをリガルは頭の中だけで考えているので、レオはどういうことだかさっぱり分からない。


 唐突に兵を率いてここに向かえ、などと言われても、何のことやらと言う感じだ。


 しかし、相変わらずリガルは、わざわざ説明する気は無いようで……。


「分からなくていい。お前のやることは、ここに向かい、ヘルト王国軍がやってきたら攻撃する。それだけだ。やり方や撤退のタイミングなどは全てお前に任せる。ただし、俺とお前が分かれるタイミングだけは俺が指示する。以上だ」


 言いたいことだけを単刀直入に説明し、リガルは早速行軍準備に移る。


 スナイパーの活かし方など、リガルが考えていることは沢山ある。


 が、それでも「お前に任せる」と言ったのは、レオならばそれくらい理解しているだろうという、リガルの信頼だ。


 しかし、レオをちゃんと信頼していても、「俺とお前が分かれるタイミングだけは俺が指示する」といったのは、これが今回ポール将軍を出し抜くための重要なポイントだからである。


 今、兵を分けるなどという行動を取ったら、当然斥候を放っているであろう敵にバレてしまう。


 しかし、リガルが行軍を再開すれば、斥候は一度それを報告しに、ポール将軍のもとに戻る。


 リガルはその一瞬の隙を突いて、兵を分けようと考えているのだ。


「そんないきなり……」


 一方的なリガルの物言いに、ただただ圧倒され、呆然とするレオ。


 元々本職は指揮官では無いし、指揮官としての経験もほとんどない。


 ましてや、作戦の肝となる別動隊を率いて、しかもその人数が1000人であるなど、完全に初めての経験だ。


 プレッシャーは半端じゃない。


 しかしそれでも、こうなってはやるしかないと、覚悟を決める。


 そもそも、リガルの部下である以上、命令は完遂する以外にない。


 何より今のリガルは、今日の朝までの、敗北により心が折れかけている状態とは、まるで異なっていた。


 いつも通りの、絶対に何とかしてくれそうなリガルの様子だと、レオは直感したのである。


 ――ならば、自分も腹をくくり、主君の覇道の手助けをしよう。


 そう、静かに決意を固め、レオも作戦の準備を開始した。


 ――それから数十分後。


「では陛下、ご武運を」


「あぁ、お前もな。中々重要な仕事を押し付けてしまったが、気楽に行けよ」


「はい」


 リガルは行軍を開始し、それから数分の時を置いて、さらにレオとリガルは別れようとしていた。


 2人が決戦前の最後の言葉を交わす。


「んじゃあ、次会う時はポール将軍を撃破した時に」


「えぇ」


 不敵な笑みを浮かべるリガルに、レオが力強く頷き、2人はそれぞれの行動を開始したのだった。

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