第121話.正面突破
「大胆な一手……?」
「あぁ、4000の魔術師をフリーにするのは、流石に
「しかし、2000の魔術師しか送らないのでは、結局迂回してきた時が怖いですよ」
ヘルト王国軍としても、リガルたちが自国内で暴れ回っている以上、のんびりしている訳にはいかないだろう。
しかし、それでもここまで来たらと、差し違える覚悟で確実にロドグリス王国側の戦いで戦果を上げようとしてくるかもしれない。
いや、差し違えるではなく、肉を切らせて骨を断つ覚悟、と言った方が正しいかもしれないが。
アドレイアたちは今編成している12000の軍勢がやられたら、最悪国自体を滅ぼされかねないが、ヘルト王国側はリガルがどれだけ国内で暴れようとも、王都さえ落とされなければ致命傷で済む。
だから、被害覚悟でこちらの戦いに集中するのも、一つの戦略だと言えよう。
先ほどまでは迂回の線は薄かったが、今は敵が迂回してくる可能性も十分にあるかもしれない。
ならばどうするか。
「そこでだ。俺自らが指揮を執って、
「え、えぇ!? 敵はまだここに11000もの魔術師がいるのですよ! 陛下がいなくなっては、敵が動いてきた時にどう対処するんですか!」
「問題ない。俺がいなくなっても、まだここには10000の魔術師が残る。他に優秀な将軍だっている」
リガルのような替えが効かない指揮官ならばともかく、アドレイアはそれほど指揮官として優れている訳ではない。
もちろん、アドレイアは高いカリスマ性を持っていて、兵の士気を高めることに関してはロドグリス王国で一番だ。
他にも優れているところは沢山ある。
だが、やはり残念ながら指揮官としての能力は、せいぜい中の上止まりだ。
いなくなったからと言って、戦況に大きな変化が生まれるかと言うと、少し疑問が残る。
最も、これがアドレイア以外にまともな指揮官がいない、などと言う状況なら、もう少し違うかもしれないが。
少なくとも現在は、指揮を執ることの出来る将は腐るほどにいる。
それをアドレイアは自覚していた。
とはいえ、ここでアドレイアが動くメリットも、そこまで感じられない。
それに、総大将であるアドレイアがこの場を離れるとなったら、多少は兵も動揺があるだろう。
無いとは思うが、アドレイアが敗北に怯えて逃げ出した、などと捉える魔術師なんかも出るかもしれない。
「そんな……。陛下はここで出るべきではありませんよ……。今回の作戦は陽動で、次に本命の策を用いてくるかもしれないじゃないですか」
「いや、本命かどうかなんて、動きだした時に分かるものでは無いだろう。それに、逆に今回の動きが本命の可能性だってある。そこを読むのは、一見心理戦のようで、ただの運だ」
コイントスを行い、裏表を当てるのと変わらないではないか、とアドレイアは言う。
確かに、心理学に精通している者などならともかく、人間の心理に疎い者には単なる時間の無駄でしかないだろう。
そのアドレイアの返答に、オルクは少しの沈黙の後、軽く嘆息をして……。
「分かりました……。そういうことなら、当然私もお供させて頂きますよ」
ついに食い下がるのをやめた。
別に、オルクはアドレイアの言葉に納得したわけではない。
ただ、アドレイアの眼を見て思ったのだ。
もうこうなったら、どんな言葉を掛けようとも絶対に説得なんてできない、と。
アドレイアは一度決めたら中々曲げるということをしない。
無論、自分が百パーセント間違っているという状況なら、考えを改めることもするが。
そういう点では、リガルとアドレイアは似ていると言える。
「では、ひとまず本隊の指揮権はハイネス将軍に渡す。そう、伝えておいてくれ。オルク。俺は出発の準備をする」
「了解です」
こうしてアドレイアは動き出した。
ーーーーーーーーーー
――北上させた4000のヘルト王国軍を、アドレイアが追い始めて数時間が経過した。
しかし、ここ数時間は敵がすぐ目の届く範囲にいるというのに、お互いに手出しは全くしないという、傍から見ると非常に奇妙な状況が続いていた。
川を挟んで並び歩いているが、お互いに攻撃する意思はない。
まるで呑気に遠足でもしているかのようだ。
だが実は、魔術師たち自身はそんな気楽ではいられない。
お互いに攻撃する意思はないとはいえ、そんなことは魔術師たちには分からない。
仕掛けてくる可能性は常に存在する。
そのため、魔術師たちはいつ仕掛けられてもそれに反応できるように、一瞬たりとも気を抜かずに行軍しなければならなかった。
特に、川に近い左端の列を歩いている魔術師たちの精神的疲労は顕著だ。
逆に右の方の列にいる魔術師たちは、比較的気楽な表情をしている。
右の方に行けば行くほど、他の魔術師が壁になって安全になるため、多少気を抜いていても死ぬことはまずないからだ。
それを悟ったアドレイアは、時折行軍中に列を入れ替えたりするという工夫も行った。
そういった、戦局に大きな影響を及ぼさない細かい点に気を配ることが出来るのは、アドレイアの経験の賜物だろう。
こういった点は、リガルには出来ないアドレイアの方が優れた点と言えるかもしれない。
リガルは兵の視点に立って物事を分析したりするということは、かなり苦手としている。
しかし、そんな精神だけが削られていく戦いも、いよいよ終わりを迎えようとしていた。
川に沿って北上していた両軍だったが、最北端まで残り3㎞というところで、なんとヘルト王国軍が動きを止めたのである。
これにはアドレイアも予想だにしなかったとばかりに、驚愕の表情を浮かべて、慌てて軍を静止させる。
「……なんだ? トラブルか何かか?」
「さぁ……? しかし、見た感じトラブルって感じでは無いですね。慌ただしく何かをやろうと動いていることは見て取れますが……」
「うーん……」
敵が何を仕掛けてこようとしているのか分からず、非常に不気味であるが、ひとまずはアドレイアに出来ることは無い。
敵のやりたいことが分からない以上、その対策の立てようがないからだ。
しかし、それも時の経過によって、敵の「仕掛け」の内容が明らかになっていくことで、可能になる。
だが、アドレイアはその前に……。
「奴らは、正気なのか?」
敵の「仕掛け」が、あまりにありえないものであると判明したため、驚愕の色を隠せずにいた。
「いえ、あれは間違いなく敵将の脳みそが腐ってしまってますよ」
正気を疑われたり、脳みそが腐っているだのと揶揄されたり、散々な言われようの敵将だが、一体何をしたのか。
それは……。
「だよな」
「えぇ……。だって、この状況で
敵が真っ向から渡河を行おうとしてきたからであった。
まぁ、常識的に考えてあり得ない選択肢だ。
2倍の兵力差があるとはいえ、それだけで川を突破できるとは思えない。
何より、正面突破されるような兵力で、アドレイアは北上した敵軍を追ったりという、初歩的なミスはしない。
アドレイアは、敵の半分の兵力でも、正面突破してきた時に十分止めることが出来るだけの兵力を用意したのだ。
そこら辺の判断は、長年の経験のお陰で間違えない。
とはいえ、敵も何らか秘策があったりする可能性はある。
そこを確かめてでないと、愚かな行為と断定することは出来ない。
――普通の状況なら。
だが……。
「百歩譲って、正面突破自体はまぁ理解できるとしておきましょう。しかしですよ!? 何でよりにもよってこのタイミング何ですか!?」
「ま、まぁ、そうだな。そんなこと俺に言われても困るが……」
アドレイアは、謎テンションで話しかけてくるオルクに、若干の苦笑いを浮かべながらも、言っている内容には同意を示す。
そうなのだ。
正面突破自体は作戦としてアリだと言えなくもないが、このタイミングでそれを行うメリットは、どこにも見当たらない。
何と言っても、この川は後たった3㎞で終わる。
後3㎞進めば、川を渡ることなく突破することが出来るというのに、ここでわざわざ無理に渡河する必要性が、一体どこにあるというのだろうか。
これも敵の策の一環であるのか、とアドレイアは疑い思考を巡らせたが、やはりこれと言ったものは思い浮かばない。
「く……。分からん。まぁ、とにかく今は戦いの準備を始めるぞ。敵の狙いが何にせよ、攻撃してくるというのなら、それに対応しなくてはならないからな」
「まぁ、それはそうですね」
アドレイアは、釈然としない気持ちを抱えながらも戦闘の態勢を整え始める。
オルクも頷き、ロドグリス軍は動き始めた。
といっても、陣形を構築するだけだが。
やることはシンプルで、敵が川を渡ろうとしているところを狙い打って、沈めるだけである。
その間に、敵も渡河の準備を着々と進めていく。
川の向こう側で、小舟を持ち出しているのが、アドレイアにも見えた。
どうやら、本気で従来のやり方でここを突破しようとしているようだ。
「本当に策を用意している訳では無いのか……? まぁいい。それなら、俺自ら前線に出て、愚かな敵の指揮官を後悔させてやる」
それに対し、アドレイアは前線へ出ることを決意する。
今、アドレイアのこの戦争における初めての戦闘が、始まろうしていた。
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