第112話.不気味な動向

 ――翌日の朝。


 珍しく、リガルはだいぶ遅い時間に目を覚ました。


 野宿だというのに、完全にぐっすりと寝てしまったようだ。


 まぁ、昨日はあれからこの森に帰ってきて、すぐに眠りについたわけだが、それでも恐らく深夜2時くらいは回っていた。


 現在は8時をだいぶ過ぎたところだが、それを考えるとむしろ早いくらいだと言えるだろう。


 しかし、残念ながらのんびりとしている余裕もない。


 本国での戦いで勝ちを望めない以上、リガルたちが勝利を上げる必要性があるからだ。


 目覚めてそうそうに、嫌な現実に直面したリガルは、少しうんざりとしながら、早速戦略を頭の中で練り始めるが……。


「あ、殿下。やっと目覚められましたか。待ってましたよ」


 その直後に、早速レオがやってくる。


 それは別にいつものことなのだが……。


「何だよ、待ってたって。なんかあったのか? あ、もしかしてうちの国を侵略中の敵が撤退してきたとか?」


 レオの言う、「待っていた」という言葉が気になったリガルは、それについて問う。


 昨日の夜襲を成功させたので、その情報が早速敵に伝わって、敵が撤退の判断をしたのかと予想したが……。


「いえ、全然違いますよ。ていうか、殿下はヘルト王国内を荒らせば敵は撤退するって言ってましたけど、そんなあっさり撤退してくれますかね? 敵だって15000もの兵力を投入してるんですよ?」


 確かに、15000の兵力を動かすのは、そう楽なことではない。


 長い準備期間と、結構な金が必要だ。


「確かに……。すくなくとも、流石にもう少し被害を与えないとダメか」


「はい。私はそう思いますけどね」


「うーん……。てか、敵が撤退してきたんじゃないのなら何だよ」


「そうですねぇ……。大きなニュースと小さなニュース、どっちから言った方が良いですか?」


「いや、そういう面倒くさいのいいから、さっさと教えてくれ」


「えー……。じゃあ、まずは小さなニュースから。昨日――というか正確には今日ですけど。行方不明となっていた攻撃部隊のうち、半数の40人ほどが戻ってきました」


「おぉ! やっぱり全滅してたわけじゃなかったのか! あれ? でも、ということは残りは……?」


 レオの言葉に、一瞬は喜びの声を上げるリガルだったが、少し考えたところで微妙に嬉しくないことも察してしまい……。


「はい、お察しの通り、残りの40人はやはり討ち取られてしまった模様です。帰還した魔術師から話を聞いたところ、どうやら二つの都市攻めに失敗したようで、そこを担当していた魔術師がほとんど全滅。命からがら逃げかえってきた者も僅かにいますが。そして、もう一つの情報が届いていなかった都市は、無事に落とすことが出来たようですが、その後ヘルト王国軍の第一陣に追われていたとか。ただ、彼らは全員無事に逃げ切ることが出来たようです」


「なるほど」


 結局、昨日報告があった分と総合して、ロドグリス王国軍は8個のヘルト王国の都市を落とすことに成功したようだ。


 数的には上々と言いたいところだが……。


(流石に40人もの魔術師を失ったのはちょっと痛いなぁ……。もう少し丁寧に攻めるべきだったか)


 リガルは少し自分の判断を悔いたが、そんなことをしていても意味が無いので、一旦切り替えて……。


「んで、大きなニュースってのは?」


「大きなニュースは、何と敵がフォンデに、1500ほどの兵を集結させたんですけど……」


「は? 昨日300くらい始末したのに、まだそんなにいるのかよ」


 リガルはレオの言葉を遮って、若干キレ気味に言う。


 そんなことをレオに対して言っても仕方がないのだが、1500の半分の数でも中々厳しい状況であるというのに、こんなに次から次へと敵兵に集まってこられたら、たまらない。


 リガルがこんな反応をしてしまうのも仕方がないだろう。


 しかし、実はこれは凶報という訳ではなく……。


「いやいや、話は最後まで聞いてくださいよ。実は、敵は集めた1500をなぜか5分割して我々の行方を追っているみたいなんですよ」


「は?」


 リガルは再び、乾いた疑問の声を上げる。


 今度の「は?」の意味は、先ほどのようにムカついて発した訳ではなく、理解できないため発した言葉だ。


 そりゃあそうだろう。


 せっかく1500人対450人と、圧倒的に数で上回っているのにもかかわらず、わざわざ各個撃破されるリスクを冒す必要性がどこにも無い。


「何かの罠ってことか?」


 よって、普通の思考をしていれば、「罠」という答えに行きつくが……。


「確かにそう思うのが自然ですけど、兵を分けてどういう罠になるんですか?」


「いや、そんなこと言われても分からないけど……。そうだなぁ。なんか、兵を分けたと言いながら、実はすぐに連携できる場所にいて、こっちが油断して仕掛けたところを全軍で叩くみたいな」


「いえ。敵の軍勢は、すでに我が軍の魔術師を派遣して追わせているので、おおよその場所は常に把握していますよ。それによると、分割した敵軍は、互いにだいぶ離れた位置にいますね」


「え、いつの間にそんなことしてたんだよ」


 どうやら、リガルの予想は外れているようだ。


 しかも、リガルが寝ている間に、話が随分と勝手に進んでいる。


 まぁ、元々リガルは何から何まで仕切ろうとはしていなく、大体のことは部下が勝手にやってくれ、というスタイルなので、別にレオの問題行動という訳ではないが。


 それどころか、今回の行動は素晴らしい働きだと言えよう。


「深夜になんか物音がしたから、目が覚めたんですよ。そしたら、行方不明だった我が軍の魔術師が帰って来たんです。それで事情を聴いて、勝手に判断させて頂きました」


「ふーん。まぁそれは別に良いんだけど。大体どういう罠かって聞かれたって、それが簡単に分かっちゃったら、罠とは言えないだろうが。俺たちに分からないような巧妙なものがあるかもしれないだろ」


「それはそうですけど……。しかし、そんな見えないものにビビッて、このチャンスを逃す気ですか? こんな好機は再び訪れるか分かりませんよ?」


「誰がビビってるだ、おい。別に動かないとは言ってないだろ。ただ、あまりに不審だから、少し警戒しただけだ」


 敵が罠を仕掛けている可能性なんて考えていたら、何度好機が来ても攻めることが出来ない。


 ある程度怪しくても、ここは踏み込むしかないだろう。


「そうでしたか。敵の位置は把握しているので、いつでも戦えます」


「おお、それは助かる。んじゃとりあえず朝飯食うから、適当に地図広げて、敵のいる位置を教えてくれ」


「了解です」


 そう言って、リガルはひとまず用を足しにこの場を離れる。


 その数分後、帰りに朝食を取ってきて、再びレオの元に戻ってきた。


 そして……。


「ふむ……。これが敵軍の位置か」


 帰ってくると、すでに準備は整っていて、机の上に地図が広がっていた。


 しかもご丁寧に、ちゃんとした兵棋演習で用いられるような駒を使って表してある。


 一体どこから持ってきたのやら。


「はい。この通り5つに分けた敵軍は、それぞれ最低でも20㎞くらいは離れています。急げば2時間かからず行ける距離ですが、百人単位の人数での戦いとなると、2時間もあればおおよその趨勢は決まるでしょう。戦闘中に敵の援軍が到着するということは、よほどのことが無い限りなさそうです」


「だよなぁ。本当に敵に意図が分からん。指揮官としての実力がある程度拮抗しているならば、おおよその打った手の意味は理解できるはずだが……。敵がよっぽどの実力者なのか、それともよっぽどの間抜けなのか。どっちかだな」


 敵が圧倒的に格上ならば、当然その考えることも全く読めない。


 逆に、敵が圧倒的に格下ならば、その打つ手が悪い意味であまりに突拍子もなさ過ぎて、全く読めない。


「えぇ。有名な将は基本的にこちらも把握していますが、もしも敵の隠し玉とか、訳アリの強者とかだったら、最悪ですね」


「やめろ……。そういうのはフラグになりかねない」


「ははは……」


 レオが口にした予想に対して、真顔で答えるリガルに、苦笑いを浮かべる。


「まぁ、敵の動きが罠かどうかというのは、ひとまず考えるのをやめるとして……。どの部隊から仕留めますか?」


「そりゃあ当然、味方と一番離れた位置にいる、この部隊だろ。少しここからは遠い場所にいるが、そんなことよりも、今は確実に敵兵の数を減らしていきたいからな」


 リガルが指差したのは、現在いる森から北東方向にいる敵軍だった。


 今いる場所からの距離は、およそ30㎞くらいだろうか。


 少しばかり距離が離れているが、ある程度ゆっくり行軍しても、1日はかからない距離だ。


「ですね。早速もう行きますか?」


「あぁ。のんびりしてられる状況じゃないしな。ただ、その前に捕虜だけは本国に送っておこう。ずっと引き連れたままじゃあまともに戦えん。まぁ、10人くらい用意すれば十分だろ」


 元はヘルト王国軍の魔術師と言えど、杖さえ取り上げてしまえばただの一般人。


 10人で十分手綱は握れる。


「そういえば、捕虜の問題を忘れていました。早速そのように手配してきましょう。では、失礼します」


 そう言ってレオはどこかへ消えて行った。


「やれやれ、勝手にどっか行きやがって」


 許可も取らずに勝手に行動を始めてしまったレオに、リガルは呆れるというより軽く苦笑いを浮かべる。


 最も、別にまだ用があるわけでもないので、全然構わないのだが。


 そして、リガルも一人になったところで黙々と残った朝食を食べ進め、それが終わると早速出発の準備を始めたのだった。

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