第52話.2人の総大将

「情報か……。そうだな……。とりあえずシルバ派の貴族が動き出してから、エレイア派の東部の都市は全部シルバ派の手に落ちたってのが一つだな」


 真剣なリガルの表情を見て、こちらも真剣にリガルの問いに答えるアルディア―ド。


「へぇー。それは知らなかったな。てことは、シルバ派が今のところ優勢ってことか?」


「まぁそうだな。そもそも数もシルバ派の方が多いし」


 そう、そもそも初めから、シルバ派の方が数が多く、優勢なのだ。


 その理由は、「どうしてその派閥に入ったか」という、派閥に所属する貴族の思惑おもわくから読み解くことができる。


 まず、結論から言うと、シルバ派に入った貴族は、先王の政権において、満足できるだけの待遇を受けている者、または先王に本気で恩義を感じている者である。


 逆にエレイアに付こうとしている貴族は、先王の政権下において、満足できるだけの待遇を受けていなかった者、または本気で国の未来を考えている者である。


 何故なら、シルバは非常に先王を慕っていて、もしも王になっても先王と同じような政治体制を敷くつもりであるからだ。


 エレイアは、父――つまり先王との関係が、あまり良好ではない。


 エレイア自身が、父よりも頭脳で優れていて、事あるごとに父の行った政策を否定してくるからだ。


 父の心象をよくするため、媚びを売ったりすることは無い。


 自分が正しいと思ったことは、正しいと言い切る。


 不器用ながら、非常に真面目で、利発。


 それが、エレイアという人間だった。


 そんな人間が王になれば、今まで王と良好な関係を保つことで、地位を保ってきた貴族としては、一気に自分の足元が危うくなる。


 だから、そういったことを避けたい人間はシルバ派に属する。


 また、先王に恩がある者も、先王を慕っているシルバ派に属する。


 逆に、今までの待遇に不満を持つものは、これを機に自分の地位を向上させようと、一世一代の大勝負に出て、エレイア派に属する。


 また、本気で国の未来を考える者は、年齢順などで決めず、王子本人の能力で決めるため、エレイア派に属する。


 と、いうわけだ。


 しかし、先王も名君とはとても言えないが、暗君という訳でもなかったため、自国の貴族との関係を悪化させるような真似は避けようとしてきた。


 そのため、不満を抱いている貴族の方が少ない。


 だから、シルバ派の方が数の上で勝っているのだ。


「まぁけど、それでも現状では、そんなにすぐに収まる感じではないんだろ?」


「あぁ。流石にもうしばらくは掛かるだろうな」


「なら関係ないことだな。早期にケリがついてしまいそうだったら、どうしようかと思って、軽く肝を冷やしたが」


 せっかくの初陣だというのに、何も結果が残せずに帰ってくるなんて事になったら、次期国王としてのリガルの立場が危うくなるかもしれない。


 それが、仮にリガルの能力が劣っているために失敗したのではなくとも、結果が全てなのだ。


 足を引っ張ることができる材料を与えた時点で負けである。


「他は何か知ってることは無いか?」


「うーん、特にないな。お前も出陣前の情報はしっかり得てるだろ? この5日での出来事となると、本当にそれくらいだと思うけどね」


「まぁ、それもそうか。てかそういえば作戦会議とかはやらないのか?」


 情報収集は終わったが、そういえばまだ重要なことを一つ忘れている。


 これは、あくまでロドグリスとエイザーグの共同作戦なのだ。


 両国の細かい作戦などの話し合いなどは、まだ行われていない。


 しかも、エイザーグの王都を発つのは明日の早朝だ。


 本当に大丈夫なのかと不安にもなる。


「そういえば、俺もそこら辺の話は聞いてなかったな。恐らく、今日の夜とかに行われるんじゃないか?」


「だといいが……」


 しかし、楽観的に考えるアルディア―ドと違い、リガルは不安が拭えないようだ。


 そんな様子を見たアルディア―ドは、ふと思いついたように……。


「じゃあさ、俺たちで先に作戦話し合おうぜ! 両国のトップ2人だけで、秘密の作戦会議的なさ」


 楽しそうに笑みを浮かべながら、またアホなことを言いだすアルディア―ド。


 だが、その考え自体は悪くない。


 作戦は、総大将であるリガル達だけでなく、そこに随伴する将軍たちなども合同で決めるのが普通だ。


 しかし、それでも大筋を決めるのと、最終的な決定を下すのは、総大将であるリガル達。


 それは、子供であろうとも、総大将である以上揺るがない。


 そうなると、初めにその2人の間で意見の擦り合わせをしておくのは、夜に高確率で行われるであろう作戦会議の円滑化のためには、非常に有効だ。


「確かに、それはいいな」


 リガルは同意して、自分の持ち物を置いた場所に向かうと、地図を取り出してきて、机の上にそれを広げる。


「けど、まず最初の動きは限られてくるよな。このエイザーグの王都から真っすぐ街道を進んだところにある都市、リュウェールに向かう。ここまではいいだろ?」


 リガルが同意するや否や、早速用意された地図を指さしながら話を始める。


 だが……。


「いや、待て待て。まずエイザーグ側はどれぐらい兵力を出すんだ? ちなみにこっちは1500だ」


 まずは、戦略を練る前に、兵力などの互いの軍の基本情報を教え合うところからだ。


 互いの国の出す兵力すら分からないのでは、作戦の立てようがない。


 どうやらアルディア―ドは、ワクワクしすぎて、あまり頭が働いていないようだ。


「はは、そうだった。悪い悪い。エイザーグ側も、お前たちと同じく1500だよ。俺はこんなに要らないと思ったんだが、父上が心配性でな……」


「同じかよ……。まぁ、俺はともかく、アルディア―ドなら心配するのも分かるけどな」


「おい、なんだと」


 リガルと同様に、アルディア―ドも、父に身を心配されて、大量の兵を用意されたようだ。


 どこも親ってのは考えることが一緒なんだなぁ、と苦笑いをするリガル。


 ついでに煽りも入れる。


 しかし、今回は言い合いも長続きせず、すぐに真剣な話に戻る。


「けど、兵数が同じなら、一緒に攻めずに、お互い分かれて侵略してもいいかもな。どうせ内乱中だから、都市に常駐している魔術師も、大した数じゃないだろ」


「確かに。国が違うと、指揮系統も異なるし、上手く連携するのも難しそうだ。その方が効率も良い。むしろ、お互い分かれたうえで、さらに半分にしても良いまで無いか?」


 リガルの提案に、アルディア―ドも同意する。


 やはり、普段はアホだが、こうして真剣な話をすると、ちゃんとした意見が返ってくる。


 戦術の授業で、講師から高い評価を得ているというのは、やはり本当の様だ。


「うーん、敵の兵数もまだ分かってないし、流石にそれはやりすぎじゃね? 余裕をもって攻めるため、少なくとも敵の2倍の兵力は欲しい」


 効率よりも確実性だ。


 リガルは、アドレイアからお墨付きを貰っているし、アルディア―ドは頭も良い。


 しかし、今回は初陣だ。


 いくら優秀と言っても、所詮は机上の空論。


 実際の戦争で、結果を残したことがあるわけではないのだ。


 ここは、多少の時間がかかってでも、確実に大軍をもって一つ一つ都市を落としていく。


 任された以上の事を成し遂げて、大きな武功を上げよう――などという、欲が無いリガルだからこその、堅実な考え方だ。


 まぁ、欲が無いというよりは、日本人だったころは平民だったため、持ってる欲が小さいという方が正しいが。


 俗世ぞくせには、あまり興味が無いのだ。


 リガルの欲望など、「ちやほやされたい」だの「贅沢な生活がしたい」だのといった、王族なら当たり前に手に入る、下らないものである。


 対するアルディア―ドは、逆に「任された以上の事を成し遂げて、大きな武功を上げよう」などと考えていた。


 しかし、リガルの話を聞いて……。


「まぁ、それもそうか。失敗するリスクを冒してまで、攻めるタイミングでも無いよな」


 冷静になる。


 アルディア―ドは、平均的な貴族のレベルの野心は持っていたが、野心に理性を支配されてまではいなかった。


「あぁ。後は……進軍ルートとかだが……まぁそれはもっと専門的な知識を持つ将軍たちにアドバイスをもらった方がいいだろう。それよりも今決めるべきことが一つある」


「何だよ?」


「何処で引き上げるか、だよ」


「はぁ!? 何言ってんだよ。行けるところまでに決まってるだろ。アルザートは内乱を起こしてるんだぜ? 毟れるだけ毟るべきだろ!」


 普段なら、お互いの全力を尽くした戦いで勝利しなくては、敵国の領土は奪えない。


 しかし、今回はせっかく相手が弱っていて、攻めてもほとんど抵抗されることは無いだろう。


 だから、行けるところまで行きたいというのは、誰もが思うところだろう。


 だが、その考え方は、実は非常に危険である。


「落ち着けって。まず第一に、敵の内乱がいつ収まるか分からないんだぜ? アルザートの内部まで入り込んで、そこで内乱が収まりでもしたら、大変だ」


「た、確かに……」


「さらに! もしかしたら外国に攻められるかもしれない。うちはヘルト王国とは同盟を結んだから安泰だが、帝国とは関係を改善していない。エイザーグも帝国とは仲良くないだろ?」


「あ、あぁ……」


「そしたら、自国が攻められた時に、帰国しなくちゃいけないかもしれない。そんな時、アルザートの内部まで入り込んでたら?」


「帰れないな……。アルザートの妨害を受けたら、さらに難しくなる」


「そう! 帝国が介入してきたら、非常に厄介だろ? だから、それを未然に防ぐ意味でも、あまり俺たちが過剰に侵略するのは良くないってこった」


「くっ……。確かに、勝ちすぎるのも良くないってのは、父上も普段からよく言っていたな」


「それとは今回の場合ちょっと違うが……。まぁ、とりあえず納得したならいい」


 リガルの説明により、アルディア―ドは引き際を考えることに納得する。


「でも、そうするとどこら辺まで攻める? 俺、父上にここのライトゥームって都市までは、絶対に取って来いって言われてるんだけど……」


 ――ライトゥーム。


 それは、アルザートの南部にある、アルザート王国の中でも5本の指に入る大都市である。


 この都市の近くには、銀山がある。


 恐らく、エイザーグ王――エルディアードは、これを目当てにしているのだろう。


 ぶっちゃけ、ロドグリスとしては、アルザートのどんな土地を取ろうとも、結局貰えるのはエイザーグの土地なので、銀山など獲得しても、意味がない。


 むしろ、そんな価値の高い都市を取っては、アルザートを刺激するだけなので、出来れば避けたいが……。


「まぁ、じゃあライトゥームと、その周辺の都市を、ひとまずは目的に定めるか」


 これはエイザーグとの共同作戦なので、エイザーグ側の要求を通さないわけにはいかない。


「他には――」


 こうして、さらにリガルとアルディア―ドは、夕食前までじっくりと今後の事について話し合った。

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