第51話.準備と出陣

 ――それから、一週間が経過した。


 この間に、アルザートへの侵略のための様々な準備が、着々と進められていた。


 中でも、一番大きいのが、背後の憂いを断つために結んだ、とある国との同盟だ。


 まず、そもそもロドグリス王国は、3つの国と国境を接している。


 一つは、お馴染みの同盟国であるエイザーグ。


 2つ目は、大陸で最も小さい国であるシュバム王国。


 しかし、シュバム王国は、アスティリア帝国の属国であるため、実質アスティリア帝国と国境を接していると言って、差し支えない。


 そして、最後がアスティリア帝国に次ぐ、大陸2番目の規模を誇る南西の大国、ヘルト王国。


 今回、同盟を結んだのが、このヘルト王国だ。


 かの国とは、今まで良好な関係ではないが、そこまで険悪という訳でもない。


 真ん中より、ちょっと悪い方に傾いているくらいだろう。


 しかし、今回はアルザートを攻めるのだ。


 自国を留守にしていたら、その間に背後から侵入されました、なんてことになったら、シャレにならない。


 そして、肝心の内容はというと……。


「1.ロドグリス王国に、ヘルト王国は1年間侵入しない。2.ヘルト王国の領土に、ロドグリス王国は侵入しない。3.ロドグリス王国は、金貨200000枚をヘルト王国に支払う。我々は、以上の約定を、守ることを誓う。ですか……」


 テーブルの上に置いてある、同盟締結内容を、読み上げるレイ。


 要は、相互不可侵条約だ。


 あとは、ロドグリスがヘルト王国と同盟を結びたがっていることを察したヘルト王に、足元を見られ、大金をふんだくられた。


 まぁ、アルザートの侵略が成功すれば、領土になって帰ってくる。


 金は、使えば消えてしまうが、領土は持っている限り、永遠に金が湧き出てくる。


 金貨200000枚程度は、安いものだとアドレイアは考えたのだろう。


 しかし、金貨200000枚という、個人ではとても手に出来ないような大金を目にしたレイは、アドレイアのようには考えられないようで……。


「けど、こんな大金を支払ってまで、同盟を結ぶ必要性があったのでしょうか……。これではまるで、我が国がヘルト王国の属国みたいじゃないですか!」


 納得いかないようだ。


 確かに金貨200000枚を払って同盟を受けてもらうというのは、他の国から見れば、軍門に下ったように見えるかもしれない。


 少なくとも、対等な関係であるとは見て貰えないだろう。


「まぁ、確かに面子というものをバカにできないけどねー。まぁけど、ロドグリスは地政学的に、領土を拡張しづらい。だから父上は領土を獲得することを重視したんじゃないかな?」


「え、えーっと、つまりどういうことでしょう?」


「ほら、まずロドグリスと国境を接している国は、言わずと知れたエイザーグ。エイザーグは、同盟国だから、侵略して領地を得ることは出来ない」


「まぁ、そうですね」


 これは、レイも「当たり前だろ」とでも言うように頷く。


「そして、残りの2国は、ロドグリスよりも国力で上回っている国だ。平時に侵略するのでは、返り討ちに遭うのは自明。となると、どこからも領土を奪うことが難しいだろ?」


「なるほど……」


 そう、近くに手ごろに取り込める小国が、ロドグリスにはもう無いのだ。


 周囲は大国だらけである。


 だから、アドレイアとしては、何としてでもこの機会に領土を拡張しておきたいのだ。


(けど、何か引っかかるな……。ヘルト王国としては、うちの国が勢力を強めることを好まないはず。なのに、同盟を組むなんて……。金貨200000枚は、確かに大金だが、ヘルト王国ほどの経済大国からしてみれば、それほどでもない。同盟を組むデメリットの方が大きいんじゃ……。うーん、何か引っかかるな……。けどまぁ、別にいいか)


 この時、リガルは僅かに感じた違和感を、放置してしまった。


 しかし、これにより、後にロドグリスは大打撃を受けることになる。






 ーーーーーーーーーー






 ――それからさらに一週間。


 ついに時は来た。


 アルザートに予め潜ませてあった密偵より、「シルバ派の貴族の数人が、アルザートの西部にある、エレイア派の貴族が持つ都市を落とし始めた」という報告が、昨日の夕方に入ったのだ。


 これを受けて、アドレイアはすぐに魔術師を用意した。


 その数は、なんと1500。


 実に、前回の援軍の3倍の兵力である。


 絶対にここまでの兵数は必要ないが、アドレイアとしてもリガルが心配なのだ。


 リガルの戦の上手うまさは、アドレイアも認めるところであるが、この場合のアドレイアの心配というのは、理屈ではない。


 無駄に大量の兵力を用意してしまうのも、仕方のないことなのだ。


 最も、リガルも初陣という事で、随分と緊張している。


 魔術師をたくさん用意してくれるのは、素直にありがたかった。


 かくして、リガルたち1500は、王都を発った。


 自国とエイザーグ王国内では、わざわざ通る道を工夫する必要はないので、エイザーグの王都まで、敷かれた街道をただ真っすぐ進むだけ。


 そのため、ほぼ予定通りの5日ほどでエイザーグの王都までは辿り着くことが出来た。


 そして、エイザーグの王城までたどり着くと……。


「リガル王子。我が国の王都へようこそ。ここへ来るのは、ロドグリス王国の我が国への訪問があった3年前以来かな?」


「そ、そうですね。えーっと、エルディアード陛下。へ、陛下自ら出迎えていただき、感謝します」


「君は盟友の息子だ。当然の事」


 エルディアードが出迎えてくれる。


 今回は、アドレイアがいないため、応対するのは、当然総大将のリガルとなる。


 慣れない事に、しどろもどろになるリガル。


 時々、声が上擦ったりもしていた。


 それでも、何とか頑張って社交辞令を交わすと、リガルは客室へ通された。


 こうしてようやく落ち着くことが……。


「よぉ、久しぶりだな! 親友よ!」


 出来るわけが無かった。


 言わずもがな分かるであろう、エイザーグのアホ王子こと、アルディア―ドがノックもせずに入ってくる。


 しかし、7年の付き合いで、それにも慣れてしまったリガルは、怒ることも無く……。


「やれやれ。うるさいのが来たな。こちとら長旅だったんだ。少しは一人で静かにさせてくれっての」


 普通に返答する。


「なんだよ。相変わらずつれない奴だな。……あ、てか、そういや聞いたぜ? お前今回のロドグリス軍の総大将なんだろ?」


「え? あー、まぁな」


「って、おい。反応薄いな……」


「いや、逆にどんな反応を期待してたんだよ……」


「そりゃ、もっとめちゃくちゃ自慢してくるとか?」


「なんじゃそりゃ。ガキじゃあるまいし……」


 ガキじゃあるまいし……などと嘆息するリガルだったが、リガルはまだ14歳なので、十分ガキだ。


 まぁ、精神年齢的には、もう成人しているので、それを考えるとガキではないというのは間違っていないが。


「てか、お前がそんなことを言うのに、全然悔しがっていないところを見ると、もしかしてお前も今回のエイザーグ軍の総大将なのか?」


「おぉ、実はその通りなんだ! けど、自慢してやろうと思ったのに、まさかお前も総大将とはな……」


 リガルの問いに、心底嬉しそうに答えるアルディア―ド。


 しかし、リガルも総大将だという事を、ついさっき知ったらしく、僅かに落胆している。


「やっぱりか。けどまぁ、これはエイザーグとロドグリスの共同作戦なんだ。エイザーグ側の総大将が知ってる奴で、俺も一つだけ悩みの種が無くなって、普通にうれしいよ」


「なんだよ。相変わらず全然驚かないし、冷静に分析しすぎだろ」


 何故か、思ったことを言っただけなのに、文句を言われるリガル。


「逆に、自分が総大将だってのに、そんな浮かれてるお前に俺はびっくりだよ。てか、本当にお前に軍なんて率いることが出来るのか?」


「はぁ? 出来るに決まってるだろ! これでも兵法の授業ではな、講師に褒められるほど優秀なんだぞ」


「本当かねぇ? お前の事だから、敵を見つけるなり味方を置いて一人で突撃しそうだが」


「誰がするか!」


 リガルの軽い煽りに、不満げに反応するアルディア―ド。


 まぁ、実際アルディア―ドはアホなところもあるが、決闘の時でもこの前のゲームの時でも、頭は良い。


 ただちょっと、空気が読めなかったり、常識が通用しなかったりすることがあるだけだ。


 授業の成績が良いというのは、本当なのだろう。


 その後も、煽り合いに近いやりとりが続いたが、それも疲れてきたところで……。


「まぁいい。それじゃあ、丁度いいし少しお前の知っている情報について教えてもらおうか」


 リガルが真剣な表情になって、アルディア―ドに今回の戦争の事を尋ねるのであった。

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