第49話.最強

「ま、そう上手くは行かないよな……」


「ですね……って! なんでそんなに余裕なんてですか!? 大ピンチですよ!?」


 一度狙撃をして、見事敵を1人落とし、次の狙撃ポイントに移動している道中のこと。


 ふと、戦場の方をリガルたちが見ると、敵の援軍により、いつの間にか自軍が劣勢になっていた。


 だというのに、リガルは何故だか非常に冷静だ。


 そんなリガルの様子に、レオが突っ込みを入れる。


 レオは、この状況にだいぶ動揺しているようだ。


 じゃあ、冷静なリガルは、何かこの状況を打開する策があるのかと言うと……。


「それな。うーん、本当に困ったな……」


「って、無策なのに、あんな余裕ぶってたんですか……」


 全くなかった。


 それを聞いて、呆れるレオ。


「まぁ、焦っても仕方ないし」


「いや、それはそうですが……。そ、そうだ! もうここで次の狙撃をしてしまいましょう」


「次の狙撃?」


「はい。確かに、まださっきの狙撃ポイントから、そんなに離れていない上に、この場所は敵の死角になっていない。狙撃するには向いているとは言えない」


「あぁ。で、結局何が言いたいんだよ?」


 何故か、次の狙撃をしようと言っているのに、否定的な事を自ら並べ立てるレオ。


 意味が分からないリガルは、少し苛立ちながら尋ねる。


 レオには飄々とした態度を見せているが、リガルとてこの危機的状況に、内心では焦りがあるのだ。


 余計な前置きは勘弁してほしい。


「しかし、今は援軍が来たことで、相手は油断をしてます。油断していなくても、狙撃に対しての意識くらいは、薄まっているでしょう」


「だから、狙撃ポイントについていなくても、大丈夫だってのか?」


「はい。絶対とは言えませんが」


 しかし、口では「絶対でない」と言いながらも、どこかその口ぶりからは、自分の狙撃の腕への絶対的な自信を感じる。


(最初は、学園の落ちこぼれで、自分への自信なんて、これっぽっちも持っていなかったのに……。偉くなったもんだぜ。まぁ、自信をつけるってのはいい傾向ではあるけど)


 レオの成長に、少し悔しいような、複雑な気持ちを覚えつつも……。


「まぁ、そういうことなら、お前に任せよう。元々、お前頼りの戦略だ。自由にするといい」


「ありがとうございます」


 レオはそう言って、戦場のほうに向きなおると、杖を構えた。


 リガルも、双眼鏡を取り出して、戦場の方を見る。


(確かに、敵軍の間に、弛緩したような空気が流れているような気はするな……)


 戦場の雰囲気を見て、リガルもレオの考察が当たっているような気がしてくる。


 レオの狙撃は、これくらいの距離なら必中。


 敵に気が付かれなければ当たる。


 つまり、相手次第ではあるが……。


「ぐわっ!」


 運も助けてくれたお陰で、狙撃は相手に気が付かれることなく、レオはどんな時でも狙撃を外さない。


 ヘッドショット。


 即死判定である。


「な、なんだ!? ど、どこから……?」


 それを見た、援軍組の魔術師は、眼を見開いて驚く。


 辺りを見渡しても、その攻撃の主は見つからないからだ。


「落ち着け! 今までの傾向から、相手は連続では攻撃してこない。必ず移動場所を変更する。つまり、敵の狙撃は無視して、さっさとこの戦闘の決着をつけた方がいい」


 だが、最初から戦闘をしていた敵魔術師たちは、もう狙撃は慣れたとでも言うように、落ち着いている。


 援軍組の魔術師も、いつまでも動揺しているような事は無く、徐々に落ち着きを取り戻し、アインス達への攻撃を続ける。


 しかし……。


「今までの傾向から、狙撃は2回目の狙撃は来ない――。……とか思ってそうじゃないか? 敵軍は」


 リガルは、敵魔術師の思考を予知していた。


 もちろん、先ほどの会話が聞こえていたわけではない。


 ここから戦場までは、200m以上はある。


 何か言ってるるなぁ、くらいは分かっても、その発言の全てまでは聞き取れない。


 これは、完全にリガルの予想である。


「確かに。一発くらい追加で撃ってみます」


 もう一度、レオは杖を静かに構えて……。


 ――放った。


 それを見たリガルは、直感的に「当たる」と思ったが……。


「あぶねぇ!」


 またも、敵魔術師の仲間によって、レオの狙撃は防がれてしまった。


 非常に惜しい一撃だったと言える。


「くっ……。このどこから飛んできてるか分からない遠距離攻撃は、1回来たらしばらく来ないんじゃないのかよ!」


 しかし、効果は無かったが、レオの一撃は敵の態勢を大きく崩した。


 そこに、今まで粘り強く戦い続けてきたアインス達が、ここで一瞬の隙をついて反撃に出る。


 2連続の狙撃に敵全体が動揺していたため、敵魔術師も狙われて態勢を崩した魔術師のカバーに入るのが、数秒遅れてしまったのだ。


 しかし、戦場ではその数秒が命取り。


 床に倒れこんだ1人の魔術師を、アインスの放ったファイヤーストームの魔術が襲い掛かる。


「やべっ……!」


 慌てて杖を構えて、防御魔術を発動しようとするが……。


「うっ」


 ギリギリ間に合わず。


 ファイヤーストームは、近距離の高威力魔術。


 胴体なら即死判定である。


「よっしゃ! 1人討ち取ったぞ!」


「「「おおお!!」」」


 これを受け、圧倒的な実力差をの当たりにして、僅かに士気が下がりつつあったアインス達の士気が再び復活する。


 これまで、防御するだけで、時折牽制をするくらいが精一杯だったアインス達が、息を吹き返した。


 しかし、それでもまだ人数差は9対6である。


 アインスたちが9対4でも苦戦していたことを考えると、この程度の差ではまだ敵としてはどうということはないだろう。


 だから、いくらアインス達の士気が上がろうとも、アドレイア軍の方が有利は揺るがない。


 だというのに、戦況は一気にアインスたちに傾いていた。


 何故なら、焦りや動揺に襲われすぎて、一種の錯乱状態になってしまったからだ。


 ――そこまでなるか?


 そう思うかもしれない。


 しかし、彼らにとって、魔術学園の初等部の学生に負けるなど、プロとしてのプライドが許さない。


 だというのに、現在自分たちが子供軍団である相手の掌の上で遊ばれている。


 これは、彼らの人生の中で一二いちにを争うほどの衝撃的な出来事だったのである。


 結局、それからは逆転が起こることはなかった。


 実力差を覆したアインスたちが、9対6の状況でプロの魔術師たち相手に、優位に立って試合を進め、追撃をするようにレオが度々、敵魔術師を討ち取っていく。


 こうして、今回の模擬戦の後半は、一方的な展開となり、決着がついたのである。


 リガル達の損害は0。


 アドレイア軍は、全滅であった。






 ーーーーーーーーーー






「いかがでしたでしょうか。父上」


 試合が終わり、敵軍を指揮していたアドレイアに歩み寄るリガル。


 その様子は、非常に得意げだ。


 本人は普段通りの態度で接しているつもりだが、心の底から溢れ出る笑みを隠すことが出来ていない。


「……あ、あぁ。信じられぬほどに、見事だったよ……」


 これには、アドレイアも悔しいを通り越して、唖然とするしかなかった。


「ありがたきお言葉。私の考えた新戦術、そしてスナイパーという新たなる兵科。この有用性を証明できたかと思います」


「そうだな。あれは認めるしかない。あのどこから飛んできていたか分からない攻撃。あれを使って、前回の戦争の指揮官を倒したということか。これを見せられては、信じないわけにはいかんな」


 アルザートとの戦争時は、「300mの距離から、敵指揮官を仕留めた」というリガルの言葉を、鼻で笑ったアドレイアだったが、先ほどの模擬戦で、信じてもらうことが出来たようだ。


 この模擬戦を行った、一つの目的でもあったため、それが達せられて、素直にリガルは嬉しく思った。


「はい、レオは天才的な狙撃の腕を持っています。誰もがレオと同等の技術を得ることは、どんなに努力を重ねても難しいでしょう。ですが、それでも200m程度の距離の狙撃ならば、そこそこの練習を積めば、可能になると私は考えています」


 レオと出会った当初のリガルは、50mの距離の的すら、満足に当てることが出来なかった。


 しかし、レオの狙撃練習にたまに顔を出して、そのたびに狙撃の練習を積んだことによって、100mくらいの距離の的なら、結構な確率で当てられるようになった。


 リガルが練習した時間は、そこまで多くないので、もっと練習時間をかければ、さらに遠距離の狙撃が可能になるはずだ。


 これが、練習次第で、そこそこの狙撃の腕を獲得できると、リガルが考えている根拠である。


 だから、リガルの言葉に偽りはない。


 スナイパーの育成は、確かに時間はかかるが、不可能ということはないのだ。


 それを聞き、今回の模擬戦で、十二分にその威力を思い知ったアドレイアならば……。


「うむ。スナイパーとやら、本気で育成することを考えておこう」


「……! ありがとうございます!」


 アドレイアは、スナイパーの育成を考えてくれるみたいだ。


「新戦術の方も、素晴らしかったな。お前の指揮する魔術学園初等部の生徒たちが使ってくる魔術は、言っちゃ悪いが、すべて稚拙なものだった。まだそれほど教育されていないから、それは仕方ないことだがな。でも、それなのに、中々崩すことが出来ない。あれは一体どういうカラクリがあるんだ?」


 新戦術の方も、興味を持ったようで、リガルに尋ねる。


 その様子は、もはや一国の王ではなく、単純に戦術を探求する、一人の少年のようであった。


「あれはですね、3人組を組んでいたことがポイントでして、1人が負傷しても、戦闘中に回復できるようにしているんですよ。大人数で連携しすぎると、身動きが取りづらくなる。1人1人バラバラで戦えば、ダメージを受けたとき、味方のカバーがもらえず、戦闘の復帰が難しい。3人組というのは、その2つのデメリットをいい感じに打ち消すことが出来る、絶妙な連携人数なのです」


「……! そういえば、確かに頻繁に回復をしていたな。戦闘中での回復など、今まで考えもしなかったが……」


 アドレイアが、模擬戦のことを思い出し、驚きの声を上げる。


 戦闘中に回復するという発想は、FPSからである。


 一部のFPSゲームには、回復アイテムが存在する。


 そして、中距離などの打ち合いでは、決着が着かず、一度物陰に身を隠して、体力を回復することがある。


 だから、リガルはこの世界の常識である、「戦闘を離脱してから、ダメージは回復する」ということに囚われなかったのだ。


「はい、戦闘中に回復を行うことが出来れば、継戦能力が格段に上がり、ほとんど崩れない強靭な軍が出来上がるでしょう」


「あぁ。いきなりお前の考えた、この新戦術を適用することは出来ないが、もう少し試してみて、やはり通用する様であれば、これを我が国の標準戦術にしようじゃないか」


「……おぉ! あ、ありがとうございます」


 こうして、リガルの当初の全ての目的は、十分以上に達成された。


 そしてこれが、ロドグリス王国軍が、他の追随を許さない、世界最強の軍隊になったきっかけであった。


 それも、今のリガルには知り得ぬことだが。

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