第32話.進軍開始

「問題を起こす!? い、いや、でもそれって結局一瞬じゃないですか。一瞬監視の目を逃れただけでは後が続きませんよ」


 そう。


 少しの間だけバレないようにするくらいなら、他にやりようはいくらでもあるのだ。


 ただ、一瞬撒いたところで、その後に気が付かれて捜索されては意味がない。


「だから、長時間続く問題を起こすんだよ」


「ふむ……。しかし、そんな都合よく行きますかね? 大体問題を起こすにも、アドレイア陛下の目を盗まないといけないじゃないですか。結局堂々巡りですよ」


「いや、それがそうでもない。すでに、どんな問題を起こすかは、俺に案がある」


「え、そんな都合のいい方法があるんですか!?」


「ある。それはだな――」


 リガルが考えた、長時間アドレイアの目から逃れることができるような、大きな問題。


 それは……。


「魔物を引き連れてくることだ。用を足してくるとでも言って、父上の目から一瞬逃れ、素早く魔物でも見つけて、引き連れて帰ってくる。どうだ?」


「…………うーん、あまりに都合が良過ぎないと不可能なような気もしますが、まぁ、仮に出来たと仮定しましょう。しかし、並の強さの魔物では、騒ぎなどすぐに収まってしまいますよ? 何よりも、味方の魔術師を危険に晒していいんですか?」


「大丈夫だ。トイレチャンスは1人2回くらいある。それが、レイを含めて3人。つまり、6回魔物を連れてくることのできる機会がある。これだけあれば、ワンチャン第6位階くらいの魔獣は釣れるだろ。味方の犠牲は……。うん、父上なら被害ゼロに抑えてくれるさ」


 第6位階というのは、魔獣のランクのようなものである。


 第1位階が一番弱く、第10位階が一番強い。


 ちなみに、第6位階の魔獣の強さは、大体魔術師30人ほどに匹敵する。


 夜に突然襲われたのなら、大混乱になることは間違いないだろう。


「なるほど……。そう聞けば、確かに行けるような気もしてきますね。しかし、結局味方への被害に対する策は無いんですね……」


「……大丈夫。狙撃夜襲作戦が成功すれば、チャラだよ」


「…………これ、本当にやって大丈夫なんですか?」


 こうして、不安な点が大量にありながらも、その夜の作戦会議はお開きとなり……。




 ーーーーーーーーーー




 ――翌朝。


「大陸に戦禍をもたらさんとするアルザートの野蛮人から、我々は盟友であるエイザーグを守るのだ! 大義は我らにあり! ロドグリスとエイザーグに、栄光あれ!」


「「「うぉぉぉぉぉ!! ロドグリスとエイザーグに、栄光あれぇ!! ロドグリスとエイザーグに、栄光あれぇ!!」」」


 ついに、出陣の時が来た。


 今より始まる戦争に参加する、全ての魔術師たちが城の前に集合する。


 その前で、アドレイアは出陣前の演説を行った。


 演説の文章内容自体は、別に特別なものではない。


 しかし、過去の戦争にて幾度もロドグリスに富をもたらしてきたという実績と、圧倒的なカリスマ性により、その演説は最高級のものへと変貌を遂げる。


 結果、彼らはアドレイアの言葉に熱狂する。


 士気は十分だった。


「これは凄いな……」


 たったの一言で、魔術師たちの気持ちを高めることが出来るのは、流石としか言いようもない。


 これには、リガルも素直に感嘆の言葉をつぶやく。


 隣にいるレイとレオも見入ってしまって、声も出せないでいる。


「よし、準備は整った。行くぞリガル」


「は、はい」


 リガルたちがアドレイアの演説に息を呑んでいると、即席で用意された壇上からアドレイアに声を掛けられる。


 リガルも、我に返ったように返事をして、アドレイアの後を追った。


 2人もリガルの後を追う。


 ちなみに、レイとレオの2人を同行させることは、すでにアドレイアの許可を取っている。


 その際に、「レイはまだしも、後1人は誰なんだ?」とレオの存在を追及されたが、そこは上手くリガルが誤魔化すことで躱した。


 そもそもアドレイアは、リガルがこの戦争で何かを企んでいることなど、想像の埒外らちがいにあるので、上手く誤魔化せたようだ。


 氷の魔道具の件や、今回の件のように、リガルはかなり突拍子もない行動を起こすことがたまにあるので、要注意人物のように思われるかもしれない。


 しかし、授業などでは非常に優秀なため、周囲のリガルへの評価は歴代のロドグリス王の中で5本の指に入るほどの名君になるのではないかと言われているほどに高い。


 だから、アドレイアの中に、リガルが問題を起こすなどという考えは微塵も浮かんでこないのだ。


 最も、これから行う狙撃夜襲作戦の過程と結果次第で、その評価は良くも悪くも大きく変わる可能性があるが。


 そして、ロドグリス軍は出陣した。


 ロドグリス軍の進軍は、順調そのものだった。


 道中で強力な魔獣に襲われたりすることもなく、アルザート軍が予想だにしない行動を取ったという急報なんかもない。


 そのおかげで、4日目の夜には、エイザーグとの国境にある都市、ランダルにまでたどり着くことが出来た。


 王都からランダルまでの距離は、およそ260キロ。


 4日で行軍するにはあまりに遠すぎる距離にも思えるが、この世界の軍は地球の中世ヨーロッパの軍とはまるで違う。


 中世ヨーロッパの軍において、もっとも大きな割合を持つ兵科である、重装歩兵。


 彼らの装備は、重たい鎧や兜、それに短くとも2m以上、長い物は6mもあるとされる槍だ。


 これを身に付けたり、手にした状態での行軍というのは、かなり大変だろう。


 それに加えて、大量の矢じりや食料といった、物資を運ぶ輜重しちょう部隊をも同行させなければならない。


 対して、この世界の兵士である、魔術師の装備はどうだろうか。


 まず武器は、3歳児でも持てるほどに軽い杖。


 鎧や兜は、付けていてもウィンドバレットのような威力の低い攻撃しか防げない上に、魔術師に求められる軽やかな動きを損なってしまうため、付けない。


 基本的にこの世界の戦争が長期戦になることが無いので、食料などの物資も、個人が持てる程度の数日分のもので問題ない。


 このように、この世界の軍隊は、持ち物が非常に少なく、身軽なのだ。


 そのため、4日で260キロという地球ではありえない行軍スピードで進むことが出来るのだ。


 また、今回は侵略戦争でないため、途中に通る街で逐一補給を行えるというのも大きい。


 かくして、エイザーグのすぐ近くまでやってきたロドグリス軍。


 久々の都市での休息という事で、兵士たちは酒でも飲んで大盛り上がり。


 しかしそんな中、アドレイアの下では将軍や隊長が集まり、軍議が開かれようとしていた。


「よし、将軍と隊長は全員揃ってるな? これより軍議を開く」


 ランダルの都市の領主、メイナード家の屋敷にて、将軍と隊長たちで円卓を囲んだアドレイアは、力強い声で、そう宣言した。

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