アナザーワールドデリバリー

大饗ぬる

アナザーワールドデリバリー

 配送業の朝はそれなりに早い。だけど俺の場合は八時起きでも時間をかけて朝食をとる余裕がある。支度を済ませると営業所へと向かう。着いたらアルコールチェックを始め、いくつかの質疑に受け答えをし、当日のスケジュールや配送ルートを確認する。どこに向かいどこへ届けるのかは神様に誓って間違えることができないので、最終確認は複数人の班でお互いの受け持ちを厳しくチェックする。声を出してどこかに不備がないか見直すことも忘れない。準備を終えたらトラックに乗り込み配送に出発する。午前中は通勤や通学する会社員や学生が多くいる地域をメインにルートを回っていく。午前の一仕事を終えたら戻って昼食だ。午後は飛び込みの依頼にも対応できるようあちこち走り回ることになることが多い。日が落ちてからはあまり懇請や要求もないから、大体五時を過ぎるか過ぎないか辺りで営業所に戻ってくることになる。帰社したらまず配送員の点呼を取る。一人も欠けていないか、問題が起きていないか、場合によっては医者による問診を受ける奴もいる。とりわけ新人には医者にかかる必要が出てくる奴が多い。そういう問題が特になければあとは日報を書いたら帰宅するだけだ。

 道路に飛び出した猫を助ける女子高校生、ふらついた足取りで車道に出てしまう中年サラリーマン、ボールを追いかけていった子供を庇う大学生、自転車で通学中の学生たち。

 やはり学生や会社員が多いなと日報を書いていて思った。神や女神やゲームマスター、様々なクライアントに応えて異世界転生配送をしているにも関わらず、届けて欲しいものはどこの異世界でも同じらしい。

 俺たちが轢き逃げをしても検挙されないのもクライアント達が隠密スキルだとか結界がとか何とかよくわからないが、そういうので俺たちを認知させないようにしているおかげだとか。こういう汚れ仕事でもどこか別の世界を救う手助けになってるって思えりゃ、まあ悪くないのかもな。

 もう俺も新人じゃあないから医者は必要ないが、仕事以外で車に乗りたいとは思えず行き帰りは歩くことにしている。今日はいつもよりも随分と早く仕事を上がることができた。まだ日は落ち切っておらず街は明るい。さすがにこんな時間に帰ることは珍しい。初めて来た街を見るかのように周囲を見回す。学生だけじゃなく結構通勤帰りみたいな奴らも多いんだなぁと感心した。会社員のグループがどこで飲もうかと大声で話しているのが聞こえる。酒か。しばらく飲んでないなと思い当たると途端にアルコールを欲する体が我ながら感化されやすい。明日は非番だし居酒屋でも寄って行こうか。街中のチェーン店の看板を見比べながら品定めをしていく。あそこは焼き鳥はいいけど、魚がイマイチなんだよなぁ。あっちの店は酒もつまみもおいしいけど値段がなぁ。居酒屋が開く時間までもう少しあるからと俺は鼻歌でも口ずさみそうな心持ちで大通りを歩いていく。久々に飲むんだから奮発するか? と財布を取り出そうとしていると、どこからかどよめきが上がった。遠くから聞こえた気がしたのに、どよめきが大分近くで上がってきていないか? 錯覚か?

「暴走トラックだ!」

 誰が言ったのか、確認をする間もなく目の前に見慣れたトラックが近づいてきていた。俺は考える。どの班の担当だったんだろうか、と。


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