とんだロミオとジュリエット

第52話 霊峰の向こうに

 全くどうしてくれよう、この状況。


 みつるは深いため息をついて、目の前の戦場を眺めていた。


「タンパク質が足りません。やはりマスターの高濃度のタンパク質を要求します」

「おいこらエルレイン! オイラの肉を取るんじゃねぇええ!!」

「ふんっ! 早かもん勝ちやろーもん。あ、女給さん。蜂蜜入り牛乳と鶏のもも肉のソテー追加で」

「お前ら……一体どんだけ食う気だ」

「そうそう。野菜もちゃんと食べないと」

「いや真琴。問題はそこじゃねぇし」


 光達の前に文字通り山のごとく積まれた肉料理の数々。

 手に入りやすい羊や豚、兎といったものから高価な牛肉まで、人の財布から出ていると思って食いたい放題である。奪い合って喰らうその様は正に戦場だった。


 原因は数日前、とある古代カナン文明の遺跡を探索中、その迷宮の主たる死霊リッチによってダルゴとエルレインが生気を奪われ、その回復に十分な休息と栄養が必要だったことにある。

 それとその遺跡の目的であった自律人形、マリオンのエネルギー源が本人曰く「良質なタンパク質」だそうで、人形にも関わらず食事を必要としているためだ。

 しかも燃費がこの上なく悪い。こうしている間にも既に子豚の丸焼き一頭をペロリと平らげ、挙げ句に食休みと称して羊の肉がたっぷり入ったシチューまでお代わりしている。それでも足りないらしく、ぶ厚い牛肉のステーキを注文していた。おそらく一番食っているのがマリオンだろう。だがマリオンはいけしゃあしゃあと言ってのける。


「マスター。やはり加工した死肉ではエネルギーの変換効率が悪いです。マスターから分泌される新鮮な白濁液を是非お願いします」


 マリオンの説明によれば、ある種のタンパク質に含まれる生命エネルギーオドが最上のエネルギー源であるという。

 つまりそれが本来の栄養源で、自分がマスターとして認めた相手の子種。つまりスペルマが本来の栄養源という、実に頭の痛い仕様となっているのである。

 まさかそんなもの与える訳にもいかず、代用品として食わせているのが肉や牛乳などなのだが、どいういう訳かこちらは多量に必要としており、現在に至っているという次第であった。


「飯食っているときに何言ってやがる。このエロイドが。いいから肉を食え、お前は」


 光が何度目かのため息を漏らし、漫画にでも出そうな大きな骨付き肉にかじりつく。光も見かけによらず大食漢なので、燃費の悪さではマリオンにひけを取らなかった。


「ですから単なるタンパク質では燃費が悪いと。マスターが私の中に男の欲望を存分に吐き出して下されば良いだけの話ですのに。私はいつでもイエスですよ。さ、カモン」

「ビッチかっ! お前はっ!?」

「なんと不本意な」


 こうして虎視眈々と光の貞操を狙っているが、今の所光のみさおは守られていた。

 だが、いつ襲われるかわかったものでは無い。

 自称は「セクサロイド」だが、光はこの厄介な自律人形を「エロイド」と呼んでいた。こんな淫魔まがいのエネルギー補給をする自律人形がどこに居るというか。

 いやここに居るのだが。


 光が頭を抱えそうになっていると、真琴の方から援護射撃が飛んできた。


「そう言えばダルゴ君。マリオンの扱いっていうか所有権ってどうなるわけ?」

「愚かな。所有権はマスターにあるに決まっているではないですか」

「マリオンっ! あんたには聞いて無いっ。正直のし・・つけてくれてあげたいんだけど」

「ふぉへあんあよぬぅあ」

「ダルゴっ、食いながら喋らんとっ!」

「んぐっ。あー、それなんだよなぁ」


 ようやく口一杯の肉を嚥下したダルゴは、困ったように腕を組んで思案しているようだった。


「俺と兄弟ぇの間じゃ、この人形を持って帰る、その協力の見返りに兄弟ぇのカタナ? だっけか。それを強化するってぇ話だったんだよな。んでも……」

「言っておきますが、私の所有権はマスターにあります。あなたにその資格はありません。個体名ダルゴ」

「……これだもんなぁ」


 ダルゴは、がくりと頭を垂れる。

 そう、問題はマリオンをとして見るか、一つの人格として認めるか、と言う点につきるのだ。

 一番事態をややこしくしているのが、マリオン自身が光の所有物と力説して譲らない事にある。

 自分自身を物扱いしているくせに、それが自ら所有者を指定し自己主張しているものだから、余計に事態を混乱させる原因になっているのだ。


「こりゃ、俺達だけじゃ決められんか」


 こうして光は最後に深い深いため息ついて、肉にかじりつくのであった。 



※※※※※※



 一行が霊峰オールウェンが見える場所に着いたのは、結局王都を出発して14日が過ぎようとしていた頃の事だった。


「わぁっ! 綺麗……」


 噂に名高い霊峰の姿を見て、真琴が感極まったように声をあげる。


「これゃ……確かにすげぇな」


 光も余りの光景に絶句した。

 例えるのならそれは自然が生み出した、優美な城であった。

 中央には鋭利な尖塔を思わせる山が、その先端に雪化粧が施されて屹立しており、その周囲にはやはりところどころ尖塔にも似た山岳が峰をなしている。

 よほど標高が高いのだろう。中央の山は勿論周囲の峰にも雪化粧で染められて、まるで白磁の宮殿とも言えそうなたたずまいをみせていた。


「あの麓にオイラの故郷、ドワーフの地下都市『ダンキル』があるんだよ」


 ダルゴも今や馬上の人となっていた。と言っても安い二輪式の荷馬車だったが。

 なにせ徒歩で街道を行こうものなら更に時間がかかるし、ザクールが渋い顔をしながら用立ててくれたのだ。

 ちなみに荷台の上にはエルレインとマリオンが座っていたが、エルレインは馬車酔いしていまって、生憎今は寝込んでいる。

 だがダルゴの言葉に反応してか、むくりと起き上がり霊峰を見て気分を持ち直したようだった。


「ふぁ……む。ようやく着いたとかね?」

「おう、あと半日もすりゃ関所に着くぜ」

「……まだ半日もかかるとね」


 エルレインはうんざりしたように口を尖らせるが、再び霊峰を見てアーモンド型の目を細める。


「おお 荘厳なるオールウェン そは神々の城 いかなる名工の技をもってしても その姿を表すことあたわず 見よ見よ これこそは 天空に座す神々の城なり おお その名はオールウェン 何人なんびとも住まうこと 許さざれるとや」


 そこまでうたを歌うと、エルレインは照れくさそうに毛布を被った。


「えへへ……。ウチのおじさんが吟遊詩人やったけん、聞いたことあるっちゃん。憧れちょったとよ? オールウェンに来ると」


 それだけ言うなり、またゴソゴソと荷台の上に寝転がって、やがて安らかな寝息を立て始めた。


「神様のお城かぁ……言い得て妙だね」


 真琴もエルレインの言葉に感じ入るものが有ったのか、荘厳なるその景色を満喫する。


 一方で光はまた違った想いを馳せていた。


「あの山のどこかにいるのか……黄金龍デュラントー



 今度こそ助けてみせる。


 光は霊峰の向こうに黄金龍の姿を見、そして改めて誓うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る