5_真夏の海は人間の心なんかよりも熱いのが現実 ①

「今日モアチィシ練習モキツカッタナァ」

 陸上大会に向けて陸上部の練習が本番調整となってきた今日この頃。お勤めを終えた俺は帰途きとについているところだ。


「――――でさぁ」

「田村さん、それは災難でしたね」


 ん? 今の声は――

「大地は海パン用意してある?」

「はい、海に行く準備は万全です」

 やはり! 仇敵きゅうてき永田大地! と、以前女子にちやほやされてたアイドル先輩!

「永田大地、ソシテ田畑たばたサン!」

 前方を歩いていた二人の前に回り込んで、華麗に声がけした。

「うわっ、マジかよ……」

 俺を認識するなり永田大地は盛大に顔をしかめたが、一切合切無視した。

「俺は田村ね」

「同ジヨウナモンダロ」

 俺は耳くそを発掘しながら心底どうでもいい指摘修正を受け流す。

「違うから区別が必要なんだが?」

 永田大地はさげすむ視線を俺に送ってくる。相変わらずいけ好かない輩だぜ。

「オウオウ、永田大地! 貴様、ソノチビデブダルマ体型デ海ナンゾニ行クツモリカ? 真夏ノ浜辺デ女ヲ抱クノカ? 人ハソレヲ、蛮勇ばんゆうト呼ブ!」

「お前、覚えたての言葉使いたいだけだろ」

 永田大地ははぁと汚い溜息をきやがった。

「そもそも平原は人なのか? 未確認生命体Kなのでは……」

 田村がジョークのつもりなのか、俺をイジったつもりなのか、爽やかスマイルで俺を人外扱いしてきた。

「マゴウコトナキ未来人ヨ!!」

 だから俺は自分の顔に親指を立てて言い切ってやったのだ。

「未来の日本人は人間性が退化してるってことか。いよいよヤバイな」

 永田大地が手で両目を覆って嘆く。喧嘩売ってるのか?

「ウッセペンギン野郎! コウナリャ俺様モ海ニ出向イテヤル!!」

 夏のビーチといえば不特定多数の海水浴客がワラワラ湧いているスポットだ。俺の素晴らしさを男どもに、カッコ良さをガールたちにお披露目する絶好の晴れ舞台だ。

「お前の存在そのものがテロだから来ないでくれ、マジで頼む。この通りだ。後生ごしょうだから」

「俺様ノフェロモンガ、海デ咲キ乱レルゼ」

 永田大地が手を合わせて懇願こんがんしてくるが、俺は意に介さないぞ。

「乱れてんのはお前の人格だろ」

「ソリャテメェダロ!? 顔面ノパーツガ乱レテル豚野郎ノ分際デヨォ!!」

 今日も今日とて永田大地がクソ生意気な口利いてきやがるので、俺は手近にあった壁を殴って拳のパワーをアピールした。普通に痛いし手から流血してるが、それにおののく俺様ではないんだぜ!

「力で恫喝どうかつするとは、如何いかんともしがたいね」

 田村が呆れからかお手上げのポーズをしてきやがった。まったく、分かってないな。

「男トハイツノ時代モ狩猟しゅりょうヲスル生キ物ナンダヨ!」

「時代錯誤もはなはだしいな。今は令和だよ」

「圭はやはり現代人でも未来人でもなく、原始人だったようですね」

 バスケ部コンビが揃って俺を小バカにしてくるが、いい気になっていられるのも今のうち。

「フッ、精々サマーシーデ女漁リデモスルコッタナ!」

 二人に指を差して、俺は駅に向かってダッシュした。


「どうするかね、もし当日に平原と鉢合わせしたら」

「天に向かって泣き叫ぶ他ありませんね」


    ♪


 八月某日。

 俺は新山、高岩とともにしょうとう海岸へとやってきた。

 この海岸は県内でも有数の海水浴スポットであり、特に夏場はサーファーから釣り人、果ては身体目当ての男女がひしめいている。

「さすがはしょうとう海岸。黒マッチョなチンピライケメンから白ギャルまでなんでもござれだ」

 新山は普段引きこもりがちのくせに、海がもたらす開放的な雰囲気に目を輝かせている。

「僕は家でゲームしたかったんですけどねぇ」

 対照的に高岩は毎度のごとく、冷めた表情で冷めた心情を吐露とろした。中学生のクソガキの分際でクールぶりやがってからにして。

 ちなみに三人とも海パン一丁で戦闘準備は万全だ。

「海ニ来テマズハジメニスルコトハ決マッテイル!」

「ビーチバレーだな? ビーチボールも持参してきたぞ」

「ププッ。プププノプッ。ガキンチョカ貴様ハヨ。ソンナニ球遊ビガシテェナラ、ソノ辺ノ小学生軍団ニ混ザッテコイヤ」

 プッと言ったと同時に、放屁ほうひして中身も少し漏れたが気にしない。

「なぜビーチバレーと言っただけでここまでディスリスペクトされるのか」

 ボールを膨らませるべく空気を入れようとしていた新山だったが、俺の発言を受けてボールではなく空に向かって息を吐き出した。地球温暖化が進行するからご遠慮願えないかな。あと普通に臭そう。

「僕はひたすら海水浴してますね。ビーチパラソルはどこかでレンタルできますかね?」

「ソウハ問屋ガ卸シテモコノ平原圭様ノ海パンハ下ロサナイゾ」

「テロになるので下ろさなくていいですよ。てか下ろさないでください絶対にです」

 高岩は面倒臭がり屋なせいか静的な行動を取りたがるので、俺は肩を組んで勝手な行動に走れないようにする。

「ナンパヨ!! 夏ノ陽光ニ柔肌ヲ照ラサレタギャルズヲ釣リ上ゲテ、餌ヲ与エヌノダ!!」

「うっわ、最低ですね」

「中坊デタバコフカシテル貴様ニ言ワレタカネェワ」

 高岩が俺の画期的な妙案にドン引きしているが、お前こそ道徳心の欠片もないサイコパス野郎だぞ。

 それは置いといて、俺は周囲を360度見回していい感じの獲物がいないか物色する。

 その場でぐるぐると何回転もしているため、周囲から不審者を見る目で注目を浴びているが、ファンサービスをする余裕などない。なぜなら――

「アアッ! 目ガ回ッタ! 新山メ、卑劣ナ手ヲ! 許サンゾ!!」

「俺なーんもしてなくね? 平原が勝手に自滅したんだぞ?」

 新山はスコップで砂場に穴を掘りながら俺にたてついてきたので、後で穴の中に埋める決意をした。っていうかコイツは何やってんだよ。

 新山の奇行に呆れていると――

「……ンン?」

 前方に見目麗しいギャルズを発見。大学生くらいだろうか、濃いめのメイクで色香いろかが漂っている。

 女の子同士で野郎もいないっぽいし、標的は彼女たちに決めた。

 そうと決まれば早速接触開始だ! 俺は新山高岩を引き連れて、彼女たちの元へと向かった。


「イエェェェェーーーーーーイ!! ソコノ真夏ノヴィーナスタチヨ!! 刮目かつもくセヨ!!」


 俺が手をパンパンと二回叩きながら大声を出すと、ターゲットのギャルたちだけでなく、離れたところにいる海水浴客たちも反応して振り向いてきた。これが俺の求心力、カリスマ性なんだよな。

「俺タチトトモニアノ灼熱ノ太陽ニ焼カレテ旅立トウゼ!」

 俺がエクセレントな口説き文句を解き放つと、ギャルたちは眉間にしわを寄せて後ずさる。ううむ、この優しい俺様に恐れをなす必要はないんだがなぁ。

「コノ俺トゥ、スケベナ関係ニナロウゼイィィィィエェェェェーーーーーーイ!!」

「な、なにこいつら、怖っ」

「太陽に焼かれたら死ぬっつーの」

「ねぇあっちに移動しない? こいつら見るからにイカれてるし無視しよ、無視」

 ギャルズは俺と新山を世にも醜いものを見るような視線で一瞥いちべつし、この場から去ろうとする。まったく、見た目に似合わず恥ずかしがり屋なガールズだぜ。

 が、ギャルの一人は足を止めて振り返り、

「けどキミだったら一緒に遊んであげてもいいよ」

 高岩にウインクを飛ばす。なんで高岩はそんなにモテるんだよ。俺は世の不条理を呪った。

「いやぁ、大丈夫っす」

「あーん、残念~」

 しかも高岩は手を振って据え膳を食わぬ恥を晒しやがった。せっかくギャルをGETする好機だったのに、なんとまぁおバカな男よ。人生フイにしたな。

「マッ? 俺ニハ? 葵ガイルノデ? ドウッテコトナイガナ!」

「だったら、はじめからナンパするなよ……」

「黙ラッシャイ愚カナ新山鷹章!! ヲ前一言モアプローチシナカッタジャネーカ!!」

 人生で一度も女から好かれたことがない生涯童貞ヘタレ野郎ごときがこの俺に意見すんじゃねえよ。お前は俺より格下なんだよ、格下。

「人の個人情報バラさないでくれるかな?」

「たかだか童貞のフルネームくらい、晒されて困る情報じゃないでしょ」

 高岩が正論バズーカで新山に応戦する。いいぞ、もっと言ってやれ。

 結局ナンパは失敗に終わってしまった。新山のせいだな。ナンパ実行の際にコイツは隔離しておくべきだった。俺と高岩だけでナンパしていれば、今頃は海の花園へと解き放たれていたはずだったのに。

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