5_尊敬できない人生の先輩ほど迷惑な存在は皆無 ②
♪
新山曰く、
ただやはり距離の長さがネックだ。それだけでも結構な運動になる。
「貴様ト並ブト俺様マデ奇人変人扱イサレソウダガ苦肉ノ策ダ。寛大ナ心遣イニ感謝シナサイ」
「イエアァー!」
「キッタネェ断末魔ハ自重シロヤ」
公共の場で第三者が不愉快に感じかねない言動は慎みなさい。
「いや死んでませんけど」
「ナンダマダ死ンデナカッタノカヨ。サッサト死ンデクレ」
「お前の今までの発言を全てボイスレコーダーで録音しておけばゆすりのいい道具にできただろうになぁ」
「リコーダーハ音ヲ出スモノデ、音ヲシマウモノデハナイ」
「レコーダーですけど……」
「リコーダーモレコーダーモ同ジヨウナ代物ジャボケカス!」
「どこが同じなんだよ……」
「ドッチモ生ヲ受ケテナイ、チンゲェエル」
「句読点つける箇所おかしくない? ま、いいんすけど……」
二人で不毛な口論を展開していると、前から綺麗な通行人の女性が歩いてくることに気づく。
次元が曲がった新山の顔を見ると、コイツは女性の頭の先から足までを凝視していた。
刹那、女性とはすれ違った。のだが。
「いやぁ、今すれ違った女の人綺麗だったなぁ。良い匂いもしたなぁ」
新山は歩みを止めて、すれ違った女性の背中を
周りの通行人は不審な様子の新山を何事かと警戒していた。
「ヲ前ハ女ノケツヲ追イカケル前ニマズ踏ミ外シタ人生ノ道ヲ軌道修正シロ」
「いつの時代もドスケベは文明開化のトリガーやで」
「甚大ナ人害ダナ」
こうして思考を放棄した犯罪者が誕生していくのか。先進国の闇がまた一つ垣間見えたな。
ちなみにかくいう俺もバッチリ女性の背中に熱い視線を送っておいた。これで俺と彼女には運命の赤い糸で繋がったぜ。
「でも目が合うとビビって逸らしちゃうんだよね」
「体毛ハ濃イノニ心臓ハオ坊サンダナ」
先に視線を逸らした方の負けだぞ。なお俺は過去に視線を送り続けた結果、相手の女性が苦虫を噛み潰したような顔で俯いたことがある。女性はそうやって落としていくんだよ。
「歩き疲れてきたな。あそこの本屋で気分転換しない?」
歩きはじめて一時間ちょっと経ったところで新山から提案が。
「ッタクシャーネェナ。特例デ許可シマス」
折り返しは過ぎただろうし、優雅に紙束に囲まれるのも一興か。
そんなわけで俺たちは本屋の中に入る。
本屋の中は独特の空気と匂いで雰囲気が醸し出されており、その空気にのまれて不思議と俺たちも真面目な会話をしたくなる――――
……はずもなく。
新山は棚からアニメ調のイラストが印字された文庫本を取り出した。
「お前はライトノベルって読んだことあるか?」
「光ノベル? ベルトハ読ミ物ジャナクテ鳴リ物ダロ」
「いやいやライトノベルな」
「『アイト』ッテ誰ヤネン」
「…………ダメそうですね」
「ソノナントカカントカハドンナ本ナンダ?」
聞いたことも見たこともないジャンルだ。
まぁ新山が知ってるということは、秋葉原にいそうな者どもが好むジャンルなのだろう。
「若年層向けの娯楽小説。略してラノベ。ライトノベル作家志望の人もたくさんいるんだよ」
「ライトノベルヲ書イテ現実逃避シテル輩ニ未来ハナイ」
「お前、全国のラノベ関係者全員を敵に回したぞ!」
全国だか全世界だか知らんが、俺にかかれば小指一本の一押しでKOよ。
「ラノベには多彩な種類の作品があるんだ。美少女たちからモテモテのハーレム生活を楽しむ学園モノとか」
「俺ハ今現在、現実デソノ状態ニアルゾ」
「異世界に飛ばされた揚げ句勇者に仕立て上げられて、世界を救う冒険の旅に出たり」
「リアル人生ホド、過酷カツカケガエノナイ冒険活劇ナドナイワ」
「純愛を描いたラブストーリー作品もある」
「フィクションデ
「あっもういいっす」
新山はしけた面で文庫本を棚に戻す。
俺も一冊手に取って目を通してみる。
ナルシストで台詞が片仮名の主人公が毎章奇声を上げながら周りからいたぶられる作品だった。
ふむ。この主人公は人格が破綻している。これでは周りから嫌われても無理もない。俺はこんな人間にならないように気をつけるとしよう。
それにしたって台詞が全部片仮名だと非常に読みづらい。
「コンナ片仮名ダラケノ台詞ノ小説ヲ読ム物好キオルノカ?」
甚だ疑問に思うが、これがライトノベルと呼ばれるもののお作法なのだろうか?
とりあえず奇声を上げさせておけば笑いが取れると思い込んでいるなら、この作品の作者は浅すぎるな。
俺は既に高い教養を身につけているが故に漫画以外の本は読まないので、ライトノベルなる読み物も知らなかった。
コイツはまだガキだからラノベで逃避した世界では楽しくありたいのだろうけど、悪いが俺はリアルでコイツが今言ってた内容全てを経験してるからなー。それをわざわざ改めて活字で読む気にはならない。
元々あった位置に本を戻してラノベが並んだ棚の奥に進むと、文庫本畑から小難しそうな本の宝庫へと景色が様変わりした。
「経済関連の本が並んでるな」
新山は一冊の厚い本を棚から取り出して、ページをぺらぺらとめくる。
「ヲ前、日本語読メルノカ?」
「たまに読めない」
「ヲ前日本国籍ヲ名乗ル資格ネーワ」
「経済は重要だよな。どうすれば経済は良くなると思う?」
「決マッテルダロ! 俺様ガ世界ノリーダーニナレバ良クナル」
「もう少し現実的なのはないのか?」
俺が世界のリーダーになるのが非現実的とか失礼な野郎だな。実現した暁にはまず一番はじめにコイツを社会的に抹殺した上で、身柄を河川敷の橋の下に放り投げてやる。
「コピー用紙デ万札ヲ印刷スレバミンナ金持チニナッテ、紙幣ヲ使ウカラ景気ガ良クナルゾ」
「インフレ……それ以前に犯罪じゃねーか」
俺の提案に新山はこれまた渋い顔をした。ニキビ汁が飛びそうで怖いんですけど。
「ちなみに俺は消費税で経済活動に貢献してるぞ」
「誰デモ払ッテル消費税ゴトキデヨクモマァソコマデイキリ倒セルモンダナ。恥ズベキ大人ヨ」
「俺一人で日本経済の0.0000000001%を回してるんだぞ」
「モット分カリヤスイ例ヲ出セヤ」
大方とりあえず合ってるかすら判断しづらい桁数を提示しておけばインテリなイメージを植えつけられると画策してるんだろうが、如何なるまやかしをも見抜くこの俺の目が黒いうちは無駄な足掻きでしかない。
「デ、貴様ノ案ハ?」
「消費税を減らす。教育、介護、小売、飲食、建設、運送業界の賃金を底上げする」
「夢ハ寝テル時ニ見テコソ夢ダゾ
新山があまりにも現実離れした夢物語を投げつけてきたので、俺はすかさず突き返した。
「今挙げた業界は社会の基幹的役割を果たしてるにも関わらず、労働に対して待遇が悪いからな。そこを早急に是正しないとなり手は減る一方だ」
口で言うだけなら無料だ。だが所詮は口先だけの男、有言不実行のお手本のような存在だ。
「それはそれとして、お前は何か見ておきたいジャンルはあるか?」
「イヤ、俺ハ本ニ頼ラナクトモ、既ニ知識ガ頭ニ入ッテルカラ無用ダ」
「あ、そう」
「ソレニ引キ換エ、ヲ前ノ不甲斐ナサトキタラ……先輩トハ思エンナ」
「歳だけ無駄に食った結果がコレですわ」
「マァヨイ、マタ駅マデ歩クゾェ!」
キリがいいところで、俺は人差し指を天井に向けて出発の号令を発した。
新山も天井を見上げて、
「ドコに向かうおつもりなのですか??」
大袈裟に首を傾げた。
そんなわけで気休め程度ではあったものの、本屋で小休憩したのだった。
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