5_尊敬できない人生の先輩ほど迷惑な存在は皆無 ①
「ナンデコノ俺様ガ十回モ原付試験ノ筆記ニ落チルンダヨ! クソガ!」
『アイツやばくね? 一人でキレて地団駄踏んでるよ』
『気づかないフリしろよ。目が合ったら何されるか分からないぞ』
満を持して受けた原付の筆記試験。
なんということだろうか、十回目の不合格を突きつけられてしまった。
今は虚しく試験場をあとにしたところだ。
「アノイカサマ試験ヲ作ッタ奴ノ頭ノ中身ガ見タイゼ」
試験作成者に出会い次第、鈍器を使用したタイマン勝負を挑んでやる。
と、時刻はまだ午後一時を回ったところだった。原付試験を受けるために学校を休んだので時間が余っている。
「ダガヤルコトガナイ――ウシ、戦術的散策ヲ遂行スルカ!」
ちょっとした冒険気分だ。見慣れない土地を開拓する。なんて優雅な平日の昼下がりライフだろうか。
「ヒトマズコノ坂ノ向コウヘトイザナウカ」
試験場は坂の途中に佇んでいる。この坂の向こうには何があるのか。
ウキウキ気分で未知の領域へと足を踏み入れて進むことしばし。
「コレハ学校カ……?」
ある建物の前で立ち止まる。
見るからに学校っぽい形をしているぞ。中学校? 高校?
「校門ニ学校名ガ書イテアルジャネーノ。俺ッテマジデ頭良イナ」
なになに――――【県立
「ヨウ分カランガ、大学ト同ジデ誰ニデモ侵入権限ガアルニ違イナイ」
ということで、短大の中に入ってみる。
「暑苦シイナ……」
とある作業室。
そこでは学生たちがたいそうな機械を使ってたいそうなものを制作していた。乗り物のようだが、その正体ははっきりとは分からない。
一つ言えるのは、機械を扱っているため室内の温度が高く蒸し暑い。
「ウム、ジャンジャン生産シロヨー。日本ノ第二次産業モマダマダ安泰ソウダナ」
『腕を組んで仁王立ちしてるあいつは何者だ?』
『さぁ? 入学志望者では?』
『ずいぶんと自信ありげな雰囲気を醸し出してるよな。来年が楽しみだ』
一部の学生がこちらをちらちら見てくる。悪いけど、今はサイン禁止の時間帯だよ。
「人気者ハ辛イゼ。全員ニファンサービスデキルホドノ時間ト余裕ガ――――」
「君は誰だ? 学校見学者か?」
俺のカリスマ性の高さを嘆いていると、年配の男が訝しげな表情で俺に話しかけてきた。
「イヤイヤ、僕ハ探検気分デ忍ビ込ンダ通リスガリノスターデスヨ。アンタハココノ先公デスカ?」
「ス、スター? それと先公じゃない、先生な。言葉遣いには気をつけなさい。ここは部外者が勝手に入っちゃいけない場所だ。帰りなさい」
「誰ガ不審者カ! ヲ前、俺ヲ誰ト心得ル!? 何ヲ隠ソウ、アノ有名ナ平原圭ダゾ!」
自らの正体を明かした俺は、無礼な先公の顔にビシッと指を差す。
「不審者とは言ってないんだが……。平原圭? 知らんな。ひとまず警察を呼んだ方がいいかな?」
先公がスマホを操作しはじめた。
まずい、ポリ公を呼ばれたらさすがの俺でも分が悪い。
ここはあの作戦でいくしかない。
「卑怯者メ! 男ナラタイマンデ勝負シロヤ! ――戦術的撤退!」
「あっ、待ちなさい!」
「待テト言ワレテ待ツドアホガコノ世ニオルカ、ドアホ!」
さすがに短期間で二回も警察署にお呼ばれされたいとは思わない。向こうだって日夜凶悪犯罪そっちのけで交通違反切符を切るのに大忙しだしな!
「フゥ、ココマデ来レバ安全ダナ」
上手く巻いたようだ。さすがはスプリンター俺。
だが、今日は早起きしたので疲れてきた。
「ココデ戦術的仮眠ヲトルトスルカ」
そうだな、十分――いや、三十分くらい寝よう。
短大の裏側にあった芝生の庭で横になることにした。
……
…………
………………
「ハッ! ココハドコワタシハGOD……」
バッと身を起こす。固い芝生の上で寝たから身体のあちこちが痛いぜ。
「三時半カ……二時間近クモ寝タノカ」
なんてこった。人生の貴重な二時間を失っちまった。十代の二時間はプライスレスどころの騒ぎじゃないぜ。
「お目覚めのようだな。角刈り頭」
「オワッ、化ケ物!」
と、いきなりどこの馬の骨かも分からぬ愚か者に話しかけられた。
「おいおい、化け物まではいかないだろう。確かにニキビはヤバいと自分でも思うけどな! そして別に治す気もないんだけど! どっちにしろ、モテないことに変わりないし!」
「ナ、ナンダヲ前……」
「ふっ。俺はな、友達がいないんだよ。だからここで時間を潰してるんだ。電車が事故で止まってて帰れないからな」
「ナヌ!? 電車ガ動イテナイダト!?」
じゃあ俺はどうやって家に帰ればいいんだよ! こんな所で一晩過ごせというのか!?
「オイ責任取レヤゴキブリ野郎! ドウシテクレルンダヨ!」
「いやいやいやいや、俺のせいなの!? なんだお前!?」
「俺ハカノ有名ナ者ナリ」
「お前有名人だったのか? 全然知らなかったよ」
「大学生ノクセニ勉強不足ナ輩ナリ」
「ま、大学生といっても、ここは学力や金銭の問題で四年制大学に行けなかった連中の溜まり場だから。そしてそんな連中と一線を画するのがこの俺、情報科専攻の二年生、
「ヴァカモ休ミ休ミ言エ。ヲ前ハカス野郎ダヨ。ダカラ友達居ネェンダヨ」
なんだコイツ。まったくもってイカれてやがるぜ!
「おっと。初対面なのに分かった気になるんじゃないよ。お前は俺のお母さんか!」
「俺ハナァ、天才ダカラナンデモ手ニ取ルヨウニ分カッチマウンダヨ。世界ノ全テヲ掌握シテイルト言ッテモ過言デハ、ナイ!」
「ふっ。からの、ふっ。お前も俺と同じ
「ソンナ
「いやいや、俺にそんな脳みそはないよ」
「違ウノカヨ。サッサト階段カラ転ゲ落チテ死ネヤ」
やれやれ。偉人の言葉をパクリスペクトすることしか能がないのかコイツは。
「うわっ、さりげなくひでえ! それが人生のパイセンに対して放つ言葉か!? レジェンド砲ってヤツなのか!?」
「ソコニ気ヅクトハ、クソッタレノ分際デ多少ハヤルヨウダナ」
「ちなみに俺は四年制大学を四つ受験して、滑り止めも含めて全部落ちたぞ」
「タダノクソ野郎ジャネーカ」
まさに無能の王様。欠陥人間の親玉じゃねーか。
「受験料は全額自己負担だ。高校時代のバイト代が全て吹っ飛んだぜ」
「親ノ脛ヲカジラナカッタコトダケハ評価シテヤル」
「なんでそんなに偉そうなの? お前は俺の担任か?」
「トリアエズ人生ノ先輩面スンナラ、俺ヲ家ニ帰レルヨウニシロ!」
「そんな力があったら俺はぼっちじゃない」
「心底使エネェ輩ダナ。人生ノ先輩トシテ恥ヲ知レクズ野郎」
人生の先輩とか能書きを垂れるなら、後輩のピンチをサクサクっと救う気概くらいは見せたらどうなんだ。
「俺もまだまだ勉強不足というわけだな」
「幼稚園カラヤリ直シタラドウダ」
「生憎、俺は保育園出身だ」
「ドッチデモイインダヨ! 保育園モ幼稚園モ知能ハ同ジダロ!」
ったく。クソ細かいところに茶々入れてきやがってからにして。
と、スマホを確認すると、チャットの通知が来ていることに気づく。
「葵カラメッセージガ来テルナ」
「それはお前の彼女か?」
「ソウダ。ヲ前ニハ一生手ニ入ラナイカケガエノナイ存在ダ」
「まぁ確かに彼女はおろか、まともに女の人と喋ったことすらないね」
「愛モ知ラヌ貴様ニ救エル世界ナドナイ」
「は? 俺は童貞戦士、童貞神だけど?」
コイツモテねえ分際でずいぶんと偉そうだな。恥って概念がないのか?
「自分ヲ神ダト思イ込ンデル一般人以下ノ出来損ナイダロ。ダカラヲ前ハソノ年齢デ童貞ナンダヨ」
「そういうあんさんは、彼女持ちということは既にいたしたのか? 結合しちゃったのか?」
「ヴァカガッ! 俺タチハプラトニックナ間柄ダゾ!」
「それってつまるところ童貞じゃ――じゃあチュウチュウハイチュウは?」
「キッシュもしたことねえ!」
「それは初々しい」
「テカ余計ナ詮索スンジャナイ! 無粋ナ野郎ダナ。先輩風吹カスナラ、デリカシーヲ考エテソノ辺ノ気配リクライシタラドウダ。デリケートナ会話ダゾバカタレガ」
「でもいたしたいとは思わないの? 男はみんな女の肉体しか求めてないぞ」
「ソノ面デソンナ考エダカラヲ前ハイイ歳コイテモナオ童貞ナノダ。生命ノ暗部ダワ」
「俺のような存在がいるからこそ、美男美女軍団がより引き立つんだぞ」
「女カラ一切必要トサレナイド底辺ニ上カラ目線デ言ワレタカネッツノ」
「で、メッセージは確認しないのか?」
「スルケドヨ、元ハ貴様ガ話ヲ逸ラシタンダロ」
ったくこの愚か者は、下世話な話にばかり興味を持つものだから、いなすのが面倒ったらないぜ。
葵からの用件は――
『試験はどうだった?』
試験の結果がどうなったか気になっているご様子。姫様を心配させるわけにはいかないので即返信しないとな。
「『今回も落ちたよ』――ット。送信」
メッセージが無事送信されたことを確認し、スマホをポケットにしまう。
これで葵も安心することだろう。彼女を不安にさせないのも彼氏の甲斐性だ。
「ところで、お前の家の最寄り駅はどこなんだ?」
「
「あーそれは電車じゃないと帰れないなぁ。しかもターミナル駅で乗り換えが必須だけど、今止まってる電車に乗れないとなると、徒歩かバスの乗り継ぎ、はたまたタクシーでターミナル駅まで向かう他ないな」
だよな。しかし、バスやタクシーで金を浪費したくはない。
ここは甚だ遺憾だがやむを得ん。
「オイ新山。ドウセヲ前モソッチ方面ダロ。歩イテターミナル駅マデ向カウカラ、道案内シヤガレ」
「歩くと二時間くらいかかるよ。それに俺は方向音痴だけど大丈夫?」
「ヲ前ハ一体何ナラマトモニデキルンダ? ウ●コスルコトシカ芸ガナイノカ?」
「面目ないっす」
「ッタク、俺ガヲ前ヲ人間ニシテヤル。ツイテコイヤ」
世に放たれた哀れな未確認生命体を引き連れて、目的地に向けて出発した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます