第3話 定休日
異世界食堂ニーチェは定休日だった。
電車で約一時間、徒歩10分ほどでニーチェの看板が見えてくる。今日はウルモを頼んで、薄紫の果実と一緒に食べる予定だったのだが。まぁ仕方がないので、帰ろう。今から戻るとなると家に着くのは23時頃。現在時刻は23時だが、いささか世界線がずれているので、異世界にいる時間は現実世界の時間に換算されず、自分が思っているほど時間は進んでいないのだ。
じゃあ早く帰ろうか、ともなりそうだが、私が異世界食堂ニーチェにくる時は大抵昼ごはんを抜いてまで胃をすっからかんにしてやってくる。ということは、朝から何も食べていない(少しお菓子はつまんだ)ということになる。つまり限界である。ニーチェじゃなくてもいいから、どこかのご飯屋さんに入ってなんでもいいからお腹にものを入れたい。とあてもなくフラフラと歩いていた。
何分ほど経っただろうか、お腹も限界を超えてきた頃、あかりの灯ったご飯屋らしき店を見つけた。大きな骨付き肉の看板が際立っている。もうどこでもいいという勢いで、私はその店の重たいドアを開けた。
「いらっしゃい。好きなとこ座りな。」
おっとりした口調にしわがれた声が耳に入った。目の前にはえらく腰の曲がったお婆さんがこちらを見ていた。私は1番角の目立たない席を選んだ。
カタカタ震わせながら水の入ったコップが運ばれてきた。
「今日はハナチャンしかねぇんだ。」
「あ、じゃあ、それで…お願いします。」
ハナチャン……?とおもったが、魔物の名称だと思われる。ハナチャンってなんですか?と聞く暇もなく厨房の奥に入ってしまった。
それにしても簡素なお店だ。もともとの家屋を改装して無理やり店を構えた、いかにも個人経営なお店だった。1人で切り盛りしているのか、お婆さん以外にスタッフは見当たらず、忙しそうに厨房とカウンターを行き来しているお婆さんの姿が伺える。特にBGMなど流れてなく、あまり客もこないのか、端に並べられている机には私物(と思われる本やタイプライター)などがホコリを被って置かれていた。壁には一面怪しげなお面や書が飾られており、異様な空気を放っている。
20分ほどだった頃、お婆さんがお盆を持ってカタカタ震わせながらやってきた。
「はい、どうぞ。」
目の前に置かれたのは、豚の素揚げのようなもの(としか例えようがない)だった。衣も少しついている。見た目はとても美味しそうだ。
「ありがとうございます。あの、ハナチャンってなんですか?」
「百足だよ。今日は沢山取れたからね。」
そういいながらまた厨房に戻ってしまった。
百足と聞いてゾッとしたが、現実世界(こちら)にいる百足とはまた違うのだろう。
水を1杯飲んでから、箸を取りだし、恐る恐る口の中へ。
「……?」
思わず首を傾げた。全く味がしないのだ。衣のホロホロ感や、少し硬いが肉の食感はある。しかしどうもこうも、本当に味がしない。味付けがされていないのか、素材の味を楽しめと言うことなのか、はたまた私の味覚がおかしくなってしまったのか。ふと鞄に入っていた1口サイズのチョコを食べてみたがちゃんとチョコの味がした。良かった。ということはこれ自体に味がないということになる。どうしよう。こんなに味がないと食べるのも苦痛である。しかしお腹は空いている。この空腹時のなんでも食べれそうな感じを利用して、勢いよく食べ進めてみた。しかし食べていくにつれていささか変な、身体に影響を及ぼすようなものではないのかという不安に駆られた。仕方なく、私は半分残すことにした。ハナチャン、おばあちゃん、ごめんなさい。
私は入り口にお金を置いて、そそくさと出ていった。
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