038話ヨイカ? 夜の鷹、朝焼けの下に

朝焼けの空と、涼しい空気の中。

未舗装の街道を進む、黒服の一行があった。


先頭であくびをしていた男が、振り返って訊ねる。



「ところで、お嬢。

 わざわざ城郭の外まで、何をしに行くんだっけ?」



一行の中で、最年少の少女 ── いや、幼女は、呆れた顔で答える。



「現場、検証です」


「現場検証って……お嬢が?

 わざわざ?

 何の事件だか知らないが、自警団の仕事じゃないのか?」


「わたしも、今さら、あまり意味のない事だと思いますが。

 念のため、確認を」



── 今でも信じがたいのですが。

そんな言葉を、黒づくめの幼女が、口の中だけでつぶやいた。



「まあ、ダラっと着いて行くだけってなら、こんなに楽な任務はない。

 楽して給料がもらえるなら、文句はないなぁ」



長髪の男が、寝起きのように伸びをする。

どうやら寝不足らしく、赤い目をこすっている。



「そもそもわたしは、『火箸ひばし』を呼んだ覚えはありません。

 任務の疲れが抜けてないなら、宿舎に戻っては?」


「つれないねぇ、お嬢。

 相棒がいくなら、俺も行くさ。

 な、『赤炭あかずみ』」


「……くっつくな、暑い」



長髪の男が馴れ馴れしく肩を組むと、隣で黙々と歩いていた男が眉をひそめた。


夜鷹よだか ── 軍の暗部は、諜報や工作から暗殺までを請け負う、少数精鋭の部隊。

そのため、本人達の資質や性格の相性から、ある程度のグループが決まっている。


長髪の軽薄な男・『火箸ひばし』。

骨太で寡黙な男・『赤炭あかずみ』。


じりじりと焼けた炭と、それをかき回す火箸ひばし

暗号名コードネームが近しい名前なのは、長くペアを組んでいる証拠でもある。



「相棒ですか……」



幼女は、一転して疲れた表情を見せる。


── やはり男性にとっては、大事な……

── しかし、だからといって、あんなにこだわらなくても……。


そんな言葉を、ぶつぶつとつぶやく。



「疲れているのは、お嬢もじゃない?

 さきほどから注意が散漫よ」



長身の女性が、そう言って幼女の肩を叩く。

すると幼女は、ビックリしたように身を震わせて振り向いた。



「な、なんですかっ

 別に、ヘンな事なんて考えていませんよっ!」


「……お、お嬢……?

 いきなり大声あげるなんて、どうしたの。

 それに、なんか、顔赤くない?」


「き、気のせいですっ

 気のせい、気のせいですっ」



黒づくめ幼女の妙に焦った声。

すると、長髪の男がニヤニヤとからかいの表情を浮かべた。



「なんだなんだ、お嬢にも気になる野郎やろうでも出来たのか?

 ハハ、そいつは目出めでてえぇや。

 闇の一族も、お世継よつぎぎが安泰あんたいみたいだな」


「…………………」


「って、おい……お、お嬢?

 え、冗談のつもりだったのに、マジのヤツか、これ……?」


「── ~~~~~っ」



幼女は、覆面から出た耳の、紅潮を隠すように両手で押さえる。

すると、周囲の大人達はどよめいた。


長身の女性が、一番に身を乗り出す。

色恋沙汰と知って目を輝かせ、話題に食いついてきた。



「ええっ えええっ、お嬢、そうなの!?

 ねえねえ、どんな相手なの? 年上? 年下?

 いや~ん、お姉さん、気になるぅっ」


「だ、黙りなさい、『薬箱』くすりばこ……っ

 任務中です、今は任務中ぅ~っ!」


「あら、そんな事いっちゃっていいの?

 せっかくお姉さんが男を夢中にさせる方法とか、色々伝授してあげようと思ったのに……」


「い、いりません、そんな方法っ

 そもそも、気になる男の子とか、いませんのでっ!」


「あらそう、『男の子』 かぁ……っ

 へ~~、ふ~~ん、そうなんだ~~、残念っ

 でも、気が変わったらいつでも聞いてね?」


「ああ、もうっ

 だから、仕事中なんですから、みんな真面目にしてくださいっ」


「あぁ~、怒られちゃた……」


「……まったく、もうっ」



お嬢と呼ばれている、黒づくめの幼女は赤い顔で憤然と息を吐く。


すると、ひとり黙って成り行きを見守っていた 『赤炭』 が、ため息交じりに口を開く。



「── 楽しい雑談も、そのくらいにしておけ。

 そろそろ、魔物の生息域だ……っ」



黒づくめの幼女は、気分を切り替えるように、空咳からぜきをする。



「コホンッ

 ……そうですね。

 今から、魔物の生息域に近づくのですから、気を引き締めないと ──」



そして、同行者の大人3人を見渡し、問いかけた。



「── ところで。

 わたしと同じ歳の子どもが、『飛猿魔』を独力で討伐したと言ったら、信じますか?」



すると、長身の女性が最初に答えた。



「 『信じますか?』 って、そりゃあ、ちょっとね……。

 お嬢と同じくらいの歳っていえば、幼年学校の生徒くらいよ?」



男2人も続けて口を開く。



「 ……『飛猿魔ひえんま』 か。

 状況次第ではあるが、不可能ではないだろう。

 だが低級の魔物とは言っても翼がある、空にいる間は至難だ」


「『お嬢自身を含んで』 なのかで答えは分かれるが……。

 もしかして、上層部うえに暗部から正規兵への異動でも打診だしんされたのか?」



まともに答えた 『赤炭』 に対して、『火箸』 など暗に 『お嬢以外はムリ』 と言っていた。


幼女は、さらに言葉を続ける。



「── ちなみに、年頃以外の条件としては『【速駆はやがけ】を用いたわたしと互角の競争が出来る、生来のオーラ能力者』です」


「お嬢と、競争……?

 しかも【速駆はやがけ】を使った上で……なんの冗談だ、それは」


「いやいや、そんなガキいねえからなっ

 いたら怖いぞ、そんなの!」


「それが、お嬢の理想の男子像?

 ちょっと条件が厳しすぎるんじゃない。

 もうちょっと妥協しないと、あまり現実的ではないと思うんだけど」



男2人は真剣に取り合わず、女など少し心配そうな目で見てくる。

── だから。



「……いいえ、残念ながら事実です。

 気を緩めたら負けるところでした」



幼女がこう続けると、大人3人の口から悲鳴じみた声すら上がる。



「ちょっと、それ本当なのっ

 ── お嬢が負けかけたっ!?

 しかも、同じ年頃の子どもにっ!」


「…………にわかに……信じがたい」


「おいおいおいっ

 なんだそいつ、本当に人間か!?

 誰かこの辺境城郭オルボンドで、『六爪の黒獣ビースト』 の2世ジュニアでも育ててるのかっ」



長髪の男『火箸ひばし』に至っては、軍の暗部にとって最悪といえる、敵工作員の名すら上げてくる。



「さらに言えば、わたしも見たことがないような、オーラの技術を使っていました。

 本人の口ぶりからすれば、独学で技術を編み出しているようです……」


「お嬢、さすがにそれは……」


「もう、それ人間じゃねえよ。

 実質、魔物だろ」


「あるいは、神代しんだいの英雄か。

 ……現実的に判断すれば、虚偽情報だろ」



黒づくめ幼女の言葉は、口々に否定される。



「結局なんの話なの、お嬢?

 私達をからかっているの?」


『薬箱』くすりばこ がそう感じるのも、やむを得ないと思います。

 実物を見たわたしでさえ、いまだに信じがたいのですから……」



幼女は、呆れたように目を細める女性に、そう答えた。

すると、『赤炭あかすみ』 が納得したような声を上げる。



「もしや、現場検証というのは……」


「ええ、その子どもの証言どおりに、実演してみようと思いまして。

 しばらく曲芸の練習みたいなマネをしますので、付き合って下さい」



黒づくめの幼女は、そう言うと背中の包みをほどき始めた。

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