034話ヨシ! 勝利のミール、決め!
俺たちが、『屋上跳ね飛び競争』 のゴールと設定したのは、役所の屋上だ。
一年中国旗とかが
「── わたしの勝ち、ですねっ」
暗殺幼女が、屋上の
黒い覆面を被っているので目の周辺だけしか見えないが、それでも汗が滴るほどに赤らんでいるのは解った。
俺は、数秒遅れてゴール。
額の汗をぬぐい、乱れた息を整えつつ、相手の不正を指摘する。
「── いやいや!
今の
『
「でも勝ちは勝ちです!」
「『
「そんなルール知りません!
事前の説明不足は、貴男の手落ちです。
そもそも、勝負の時に油断している方が悪いです」
「クソっ きたねえぞっ」
「何とでもいいなさい。
敗者の声など、
とても心地よい物ですね!」
「ちくしょー!
「……なんだかよく分かりませんが。
暗殺幼女が、そう言って背中を向ける。
そのまま立ち去りそうな雰囲気に、俺は慌てて声をかける。
「おい、待てよ……」
「嫌です、2度も技は見せません。
再度勝負もしません。
貴男は永久に敗者です。
しばらくは屈辱の
「いや、そうじゃない」
「── はい?
では、何か?」
「あのさ……お腹すかない?」
「…………はい?」
ようやく暗殺幼女は、こちらを振り返った。
俺は、息を大きく吸って、鼻から吐き出す。
同時に、自分の中の意地みたいな物も、吐き出した。
「まあ、確かに負けは負けだ。
俺が油断してたのも、その通りだ。
それに、確かにあの長距離ジャンプもすごかった。
感心したし、色々と勉強になった」
「え、ええ……
まあ、そういう
「── だから、おごるよ。
本気で勝負したんだ、そのくらいの景品あってもいいだろ?」
「え、あの……わたし、と……?」
黒づくめで覆面姿の幼女は、表情が見えなくても解るくらいに、困惑している。
その事に、俺の方が困惑する。
この誘いに、
『お互いの健闘をたたえ合って、ちょっと缶コーヒーでも飲もう』
という以上の意味は無い。
相手は、色々事情のありそうな、黒づくめ幼女だ。
顔見せろとか、名前教えろとか、流石にそんなのはマズい、とは解る。
だから、こっちも気を
そんなに警戒するなよ。
「いいじゃん、付き合えよ。
前にそこの屋台で買い食いしてたら、子供が夜ひとりでウロウロしてるって、
二人なら色々ごまかせるだろ?」
「あの……」
「え、来ないの?」
俺は、輝甲の
俺が先に下りて、しばらく見上げて待っていると、暗殺幼女は観念したように、ため息。
屋上からロープを垂らして下りてくる。
「言っておきますけど……
食べ物につられた訳ではありません。
貴男と
『勝者として勝負の景品を受け取る』 ── ただ、それだけです」
「はいはい、ツンデレツンデレ」
「何か知りませんが、その言葉、不愉快です。
次に言ったら殴ります」
「解った解った、早く行こう。
今日は色々あって、お腹がペコペコなんだから」
▲ ▽ ▲ ▽
役所の庁舎は、夜更けでもポツポツと灯りがついている。
夜勤なのか、残業なのか、どちらにせよ夜遅くまで働いていて、まだまだ家に帰れない者がいるのだろう。
そして、そういう勤務が常態化している証拠に、役所の近くの通りはポツポツと屋台が料理や酒を出していた。
── 前世の『サービス残業』 とかクソな制度を思い出して、ちょっと
俺たちが立ち寄ったのは、その中で、酒を出していないタイプの屋台。
前世の世界でいうなら『立ち食いそば』 みたいな、さっと食べれる軽食の屋台だった。
「いらっしゃい
って、またボウズか……っ
今度はちゃんと家族と来いって、言ったろ?」
「うん。
だから姉ちゃん連れてきた」
俺は、後ろに着いてきた暗殺幼女へ振り向き、ウインクして合図する。
彼女は、意図を理解してくれたようで、話を合わせてくれた。
「……え、えっと……
あ、姉です……」
「あ、うん、そうか ── って、姉ちゃんも子供じゃねえか。
いや、そうじゃなくてだな、親御さんを」
「うっせーな。
親は今まだ役所で働いてるし。
ここで飯食って待ってろって言われたから、しかたないだろ?」
「あー、そうなのか……」
そこへ、設定上 『姉』 となった暗殺幼女が、ダメ押しをしてくれた。
「はい、父がそう言ってました。
子供の料理一つ作り置きできない、ダメな男親で申し訳ありません。
母が死んでからたまにこういう感じで……お金だけ渡されまして……」
「あー……そうか。
そういう家庭だと、色々と大変なんだな」
俺たちの嘘八百に丸め込まれて、おっさんはしみじみと
「そんなのどうでもいいから。
おっちゃん、
「はいよっと。
しかし、ボウズの姉ちゃん、なんで顔を隠してるんだ?」
「……それは……えっと……」
俺もしらねえよ。
── もしかして : 暗殺者 ?
いや、『もしかして』 どころか、ほぼ確定。
だが、それを素直に言うほど、俺もバカじゃない。
俺は舌打ちすると、大きくため息をついた。
仰々しい態度は、もちろん時間稼ぎだ。
その間に、頭をフル回転させる。
「……あのな、おっちゃん。
人には色々事情ってもんがあるんだぜ?
姉ちゃんだって、別に好きで顔を隠している訳じゃねえんだぞ。
女の人が顔を隠しているんだがら、そういう事情があるぐらい、察しろよ」
「── あ、……ああ、すまん。
色々事情があるんだな、お前ら。
なんか、悪い事きいちゃまったな……」
まったくだ。
言い訳を考えてなかったから、ちょっと冷や汗かいたぞ。
俺は、冷や汗の仕返ししてやろう、と意地悪な気分になる。
「あんまり色々言うなら、セクハラだって
「なんだよボウズ、その 『セクハラ』 って?」
「屋台のおっちゃんが、うちの姉ちゃんに 『エッチな嫌がらせ』 するって ──」
俺の仕返しに、屋台のおっちゃんは大慌て。
危うく、麦粥をつぐ木製おたまを落としそうになる程だ。
「── バカバカ、止めろよぉっ
自警団に
悪かったって、変な事聞いて!
もう言わねえからさっ」
「解ればいいよ、解れば。
じゃあ、おっちゃん、姉ちゃんとこっちで飯食うから、のぞくなよ?
のぞいたら 『セクハラ』 で訴えるからなっ」
「わかったわかった。
だから、その 『セクハラ』 ってヤツはやめろっ」
屋台のおっちゃんは、降参とばかりに両手をあげた。
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