第66話 不良少女アリス

「もしかして、イクゾーってのは・・・あんたなのか?」


 3月13日の火曜日の正午。

 ダボンヌ製糸工場のマリーがとある女工を寄越す約束の高級レストランへ足を運ぶと、店の入り口でイキナリ声をかけられた。

 こいつが、劣悪な労働条件で搾取されている不幸な美少女?

 とてもそうは見えん・・・隙あらば手を抜くサボリ魔のような印象だぞ。

 ま、ここで突っ立てても仕方ない。とりあえずメシにしよう。


「そうだよ。君はマリーさんの紹介の女性だね」

「マジか。こんなお子ちゃまが本当におごってくれるのかよ」

「ランチぐらい余裕だから安心して」

「ふーん、じゃあ遠慮なく」

 店に入るとマリーが予約を入れていたようで、先日と同じ二階の奥まった場所の静かなテーブルに案内された。


「名前を教えてくれるかな?」

「アリス」

 注文を終えても自己紹介してくれないので、こっちから聞いたら面倒臭そうに一言で答えられた。しかも胡散臭そうに俺のことを見ている。

 何やら認識の違いがあるようだ。確認するべきだろう。


「マリーさんから、どんな話を聞かされてるの?」

「タダ飯が食える」

「他には?」

「わたしと話がしたい」

「それだけ?」

「それだけ」

 んんん、マリーの奴どういうつもりなんだ。

 工場で不当な扱いを受けてる若者たちを俺が救い出そうとしてることを伝えてないのか。これじゃあただの食事会、いや、パパ活じゃないか。

 マリー、お前何の為にこの女を送りつけてきた?


「お待たせしました。食前酒のワインです」コトン

「お兄さん、ちょっと待ってて」

 グビグビグビ グビグビグビー

「プハー! おかわり持ってきて」

「か、かしこまりました」

「んふ~、タダ酒ってのは旨いね~」ニパッ

「そんなに飲んで大丈夫? ここのステーキ熱盛は特大ボリュームだよ」 

「ヘーキヘーキ、おごりは別腹だから」

 ショートヘアの前髪に隠れ気味のジト目が幸せそうに細められた。

 明らかにだらしない性格のようだが悪女には見えんな。

 つまり、マリーからのスパイとして不適格だ。その線は消そう。

 ともかくこの女の素性を探らんとな。まずはその怪しい見た目からだ。


「どうして学校の制服を着てるの?」


「お上品なレストランに着てく服がないって言ったらマリーさんが貸してくれた」

 なるほど。

 制服なら正装だから大抵の場所に入れるよな。

 だがしかし、マリーが何で女子高生の制服を持ってんだよ!

 そういうプレイが好きってことか・・・あぁ、逃がした魚は大きかったぁ。


「年を聞いてもいいかな?」

 16から20ぐらいに見えるが、なんちゃってJKも悪くない。

「18」

 ほぉ、ギリ女子高生だったか。

「いつからあの工場で働いてるの?」

「15」

 んん、12歳の新成人からじゃないのか。

「それまではどこで何をしてたの?」

「ここで中学生をやってた」

 え、じゃあ田舎から出てきたんじゃくて、ジモティー?

「アトレバテス育ちだったんだ」

「そうだよ」

 マジかぁ。第一印象から違うと感じちゃいたが、俺が探し求めてる失踪届を出された家出少女じゃないじゃん。

 マリーめぇ、本当に何でこんな訳の分からん女を寄越したんだよ?


「当てが外れったって感じだね」

 あ、思いっきり顔に出てたか。メンゴメンゴ。

「ちょっとね」

「じゃあ話はもう終わりかな」

「いや、聞きたいことはまだ一杯あるんだ」

「ふーん、まぁココの食事代ぐらいはしゃべってあげるよ」

 マジでパパ活みたいになってきたな。


「おいっ!熱盛あがったぞ。とっとと運びやがれ!」


 1階の厨房から2階の俺たちが座る奥のテーブルまで聞こえる怒声が響いた。

 ここは上品で高級な食堂の筈なのに雰囲気ぶち壊しだよ。

「へぇ、どこにでもいるもんだね、はみ出し者は」

 それは自分のことを言ってるんだよね。うんうん分かる分かる。


「工場の中の様子を教えてくれないかな?」

「なんでそんなこと聞くのさ」ジトー

 おっと、警戒させてしまった。ひとまず誤魔化さないと。

「実は、ダボンヌ製糸工場に転職しようと思ってるんだ」

「あんた機械技師だったんだ」

「え、違うけど・・・」

「まさか、経理屋だったのか!?」ギロリ

 うわっ、えらい剣幕だな。経理マンに恨みでもあるのか。

「違うよ」

「じゃあ何しにウチの工場に来るのさ」

 あ、そこまでは考えてなかったな。失敗した。

「・・・普通の労働者としてだよ」

「嘘だね」

「どうしてさ」

「こんな高い店で特上ステーキを喰う奴が工場で汗を流すわけがない」

 そりゃそうだ。バレバレだ。

「そもそもそんなヒョロイ体で労働者が務まるわけがない」

 むぅ、馬鹿そうに見えて意外と鋭いな。

 中卒(この異世界では割と誉め言葉)は伊達じゃないってか。


「あんたほんとは何者なのさ?」

 これ以上嘘を重ねると完全に信用を失う。ボチボチ本題に入るか。

「バレちゃったか。実は僕、経営者の卵なんだよ」

「ふーん、そんな人がわたしに何の用があるんだろ」

 いや、お前みたいな図々しい女には何の用もなかったさ。

 俺は工場で虐げられてる薄幸の美少女を求めてただけなんだよ。


「お待たせしました。特上ステーキ熱盛でございます」


「特ステ熱キター!」

 イケメンお兄さんが一瞬やれやれという表情をしたが、いつも以上に丁寧に給仕して去って行った。さっきのコックの怒声を気にしてたんだろう。

 そして目の前の工員JKは既に肉を幸せそうに頬張っていた。

「美味いねぇ、美味いねぇ。モグモグ」

 上機嫌の今ならいろいろ聞きだしやすそうだ。


「話を戻すけど、僕はアトレバテスとウェラウニで事業を起こす予定なんだ」

「それは、モグモグ、景気の良い話だね。モグモグ、んふ~この味タマらない」

「それでたくさんの人材が必要になる」

「モグモグ、そうだね。モグモグ」

 さて、肝心要の部分に触れるか。


「君の工場から人材を引き抜くつもりだ」ドンッ

 どうだ、この得体の知れない女の反応やいかに?

「モグモグ、そうだね。モグモグ」

 壊れたレコードとな!

 こいつもう俺の話なんて聞いちゃいねー。

 タダ飯だけは絶対に喰い尽くすという意思しか持っちゃいねー。

 こりゃ今は何を言っても無駄だな。

 そう悟った俺は負けじと食事に専念するしかないのであった。



「お客様、お煙草は困ります。店内は禁煙ですので」

 アリスがいつの間にかタバコを咥えていて店員に注意された。

「えー1本ぐらいダメ?」

「店内での喫煙は認められません」

「分かったよー。じゃあワインのおかわりちょーだい」

「かしこまりました」

 あぁ、本当にだらしのないダメ女だ。  

 JKの制服でタバコを咥えた姿が怖いぐらい似合ってる。

 現代日本に産まれてたら、ヤンキーになって既に子供まで産んでそうだわ。

 これじゃあ、俺が探してる不幸な少女じゃなくて不良な少女だろ。

 きっと工場の中でもはみ出し者で、扱いにくいんだろうなぁ。

 あっっっ、マリーの奴、そういうことだったのか・・・!?


 この不良債権みたいな女工を俺に押し付けようとしてるんだ!


 くっそー、周りに悪影響を与える腐ったリンゴを敵である俺に引き抜かせた挙句に、その後もアリスの面倒でこっちは被害を受け続けるって寸法か。

 さすが悪徳工場の経営者一族だわ。やり方が陰湿で汚い。

 敵の戦術は分かったが、さてどうしようか。

 まずは、この女が何を考えてるのか確認しておくべきだな。


「アリスは僕の会社に転職するつもりはある?」

「ないよ」

 無いんだ!

 あれれ、マリーの作戦はイキナリついえちゃったぞ。

「どうして?」

「胡散臭い」

 うっ、まぁ他人からそう思われるのは仕方ない。

 頼りない見た目の少年に起業するから来いと言われても怪しいだけだよな。

 ま、これでマリーの罠は回避できたわけだけど。

 あの美魔女も策士の割に間の抜けた策を弄したもんだ。

 とりま、アリスからは可能な限り情報収集しておこう。


「今の工場に不満はないの?」

「別に」

「田舎から出てきた新成人を食い物にしてるって噂があるけど」

「わたしは女工じゃないから関係ないね」

「えっ、じゃあアリスは何をしてるの?」

「経理だよ」

 お金の管理! だらしないダメ女のお前が!

「嘘だね」

「わたしのこと馬鹿だと思ってるだろ?」ジロリ

 思ってます。でも、こいつ中卒だったな。

 12歳の新成人になると就職する者が多いこの異世界では高学歴とも言える。

 

「お金を計算して管理するようには見えないかなぁ」

「ハハハ、それよく言われるわー」

「あ、もしかして、経理屋に敏感だったのはそのため?」

「ライバルが入って来てお払い箱になるかと心配したよ」

 なるほど。てことはマジで経理やってるみたいだな。

 会社の金をチョロまかしてなければいいが・・・

 マリーもこんな女を経理で雇うなんて心臓に毛が生えてやがるぜ。


「経理だと、田舎出身の若い女工が苦労してる話は知らないかな?」

「知ってるよ」

 マジかっ。

「ぜひ教えてほしい」

「サビ残にセクハラ・パワハラは当たり前だね」

 セクハラ!

 俺の美少女たちに性的嫌がらせをするとはけしからん。言語道断だ。

「日曜に働かされてるヤツもいるよ」

 いたいた。マリーも工場に来てたけど、あれは監視役なんだろうな。


「どうしてそんな酷い工場なのに辞めずに働いてるの?」 

「他に行くところがないんじゃない」

「田舎に帰ればいいじゃないか」

「なんか色々とワケがあるみたいだよ」

「田舎が嫌で家出してきて帰るに帰れないとか?」

「そーゆー娘も結構いるね」

 見つけたっ!!

 きっとその中に失踪届を出されてる少女たちがいる筈だ。

 これで捜索依頼クエストを成功させて功績ポイントゲットだぜ。

 その為にもここは慎重に釣り上げないとな・・・


「アリスさん、僕と取引きしませんか?」ニッコリ

「どんな?」

「工場で虐げられている若者たちのリストが欲しいのです」

「見返りは?」

「一人につき50ドポン(1万円)を現金でお支払いします」

 どうだ、名簿を作るだけなんだから美味しい話だろ。さあ乗って来い。

「100ドポン(2万円)なら良いよ」ニヤァ

 倍プッシュだと!

 こいつ、不良少女のくせに小癪な真似を。いや不良だからこそか。

 チッ、一人につき2万円だと、もし100人いたら200万になっちまうな。

 それにこの女が適当にリストを作る可能性もある。


「情報が不確かな者の分は支払えませんよ」

「当然だね」

「ちなみに、該当しそうな子はどのぐらいいそうですか?」

「日曜に働かされてミサにも行けないヤツが50人ぐらいいるね」

 なるほど。それは間違いなく該当者だ。

「了解です。一人100ドポンで手を打ちましょう」

「おおー、太っ腹ー!」ジトー

 んん、急に俺を見る目に熱がこもってきたぞ。

「イクゾー少年はマジでお金持ちなんだね」ジトジトー

「いや、それほどでも・・・」

 やめろ。そんな特上ステーキを見るような目で俺を見るなー。

 じゅるじゅるとヨダレを垂らしソバカスのある頬を染めたアリスは、ひとしきり良からぬ妄想を堪能してから、にへらっと決意を固めたような表情を浮かべた。

 遺憾!

 まさかこうなる事までがマリーの策だったのかぁ?

 俺の悪い予想はお約束通り見事に当たってしまった・・・


「決めた。あんたの作る会社にわたしも転職してあげるよ」

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