第63話 ソントック銀行
「ウェラウニの笛吹き男が自作自演だったとか、超ウケる~♪」
3月13日の月曜日の午後。
昼食後にエマ道場の候補地の下見へ行きその立地条件に満足してギルドへ戻ってくると、ギルマス室でアトレバテスの記者トーヤと再会した。
先日の約束通り、ウェラウニの町を震撼させた事件の取材に来てくれたのだ。
エマやティアは初対面になるので自己紹介をした後、アトスポの捏造記事に話が及んだところでギャル子のツボにきた模様。
「ティ、ティア殿、アトスポなんて信じちゃいけませんよ」
ギルマスが焦りを隠せない態度で注意する姿が痛々しい。
あれほど言動に気を付けてドンと構えていろと言ったのに。
「ラムンさんの言う通りです。ろくに取材もせずに書かれた
そうそう。俺の中央公園全裸事件だって捏造まみれで書いてやがったしな。
「でもさ~、話としては筋が通ってるから、あながち捏造でもないかもよ~♪」
こらビッチ、寝た子を起こすような真似はよせー。
だけど、仮説として筋が通っているのは事実なんだよなぁ。そういう意味では、あの有名な『ハーメルンの笛吹き男』だって自作自演だったんじゃないか?
その町だけ何故かネズミの被害が甚大で、そこへフラッと現れたよそ者が笛を吹いてネズミを川まで誘導したんだぞ。メチャクチャ怪しいだろ。
これでなぜ町の人たちは自作自演を疑わなかったんだ?
アトスポの記者の創作記事は当てずっぽうだが、その思考回路はまともだ。
実際、自作自演というのは大当たりで事実だしな・・・
「あの記者が真実を書くことなどありませんから!」
そのお陰でこのまぐれ当たりも信じる人はあまりいないみたいだ。
「イクゾー様の記事がそれを証明していますわ。本当に許せません」ゴゴゴ
「その節は真に申し訳ありませんでしたっ」
うわぁ、これ以上話をややこしくせんでくれ。もう俺が仕切ろう。
「トーヤさんが謝罪する必要は無いと言ったはずです。それよりも、朝からの取材で分かったことを教えてくれませんか」
「承知致しました。まず四日前の3月9日水曜の早朝に町の各所でソウスカンクの同時多発攻撃が発生し、民家や店舗が被害を受けておりました」
トーヤが開いた手帳に几帳面に書かれた情報を読み上げていく。
「討伐依頼を受けたギルドは即座に冒険者を派遣。天敵知らずの悪臭魔獣には叶わず撤退をやむなくされるも、被害住民には避難場所として代替え物件を紹介していくという温かい配慮を見せておりました」
俺のアイデアだ。もっと褒めてくれ。
「しかし、ソウスカンクたちは悪臭を放った後も町から出て行こうとはせず、住人たちは我が家も襲われるのではと戦々恐々とし眠れぬ夜を過ごしたのです」
ローラのアイデアだ。もっと責めてやれ。
しかし当の闇エルフは、なぜそれを楽しまないのかと不満顔だった。
「そんなパニック待ったなしの町へ颯爽と現れたのがリコーダー仮面でした」
「ぷはっ、リコーダー仮面とか絶対ソイツ頭悪いよねぇ、超ウケる~♪」
「ぐぬぬぅ・・・」プルプル
「イクゾー様、どうかなさいましたか。お顔が赤いですわ」
むむ、愛する婚約者を心配させてしまった。イカンイカン。
「平気だよ」
ニッコリと微笑んでコッソリと尻を揉んだ。エマも赤くなった。
「リコーダー仮面は、極彩色豊かな衣装に孔雀の羽根の付いた帽子をかぶり、顔の上部を隠す半仮面をつけて何処からともなく町へ出現したようです」
実際はギルドの裏門から現れたんだけどバレてないようだ。
「その後の町の様子は、珍しくほぼアトスポの紙面通りでした」
リコーダー仮面が笛を吹いてソウスカンクを
「脚色しなくとも十分に人を惹きつける内容だったからでしょう」
うむ、あの祭りは下手に手を加えるより事実を書いた方が印象に残るだろう。
「さて、『ウェラウニの笛吹き男』の自作自演というアトスポ説ですが、」
ここだっ。ここが山場だ。
この見るからに敏腕そうなベテラン記者が真実を暴いてしまったら、俺たちはとてつもない窮地に立たされてしまう・・・ゴクリ
「まったくの事実無根でございます!」
イエス!
トーヤの下したジャッジは完全な白だ。セーフセーフ。
「リコーダー仮面がソウスカンクをあらかじめ仕込んだという証拠が何一つ出て来ませんでした。事件が起こる前に何かを目撃した者や笛の音を聞いた者が誰もいないのです」
ローラが仕込んだのは深夜だったし笛なんて必要ないしな。
「あれだけの物件に魔獣を仕込んで痕跡一つ残さないなんて不可能ですよ」
闇エルフならできちゃうんだなぁそれが。ククク
「そもそも動機がありません。リコーダー仮面は何も得ていませんでしたから」
滞納野郎から150万ドポン(3億円)を得てるけど、バレてないバレてない。
「自分が目立ちたいだけの愉快犯なんじゃないの~♪」
「それなら、ウェラウニのすぐ隣にある都市アトレバテスでやった筈です」
「自己顕示欲の強い愉快犯であればきっとそうしたと私も思いますわ」
「そうでやすよ! 『ウェラウニの笛吹き男』は本物の英雄なんでやす!」
「ちょ、なんでギルマスがそんなに熱くなってんのよ~♪」
遺憾!
アホのラムンが余計なことを口走る前に介入しなくては。
「ギルマスはこの歴史的事件で町おこしをするつもりだからね」
「そんな計画を立ててたんだ~、意外と策士だったのね~♪」ニヤニヤ
あの顔、俺の
「トーヤさん、ギルマスの為にもこの事件のことを大々的に報じて下さい」
「お任せ下さい。アトスポにも報道の何たるかを知らしめてやります」
父娘喧嘩なんてどうでもいい。
とにかく、ウェラウニの町に英雄爆誕というストーリーを頼むわ。
その代わり、礼はたっぷりとしてやるぞ。
「トーヤさんの新聞に依頼した広告はどうなったかな?」
「三日後の16日風曜から銀行プレオープンの19日月曜までの四日間、広告欄の半分以上を使って大きく宣伝致します」
「それは効果も大きそうだね」
「我々の日刊紙デイリー・アトレブはここウェラウニの住民にも広く読まれておりますのでご期待に応えられると思います」
「銀行プレオープンには是非トーヤさんも来て下さい」
ベテラン記者のアンタならこの意味が分かるよな?
「ご招待感謝致します。華々しいギルド銀行の門出を取材させて戴き、私のペンで最高の記事を書いてみせましょう」ニヤリ
そういうことだ。ひとつ素晴らしい記事を頼むよ。
その日には、最高のサプライズも起こす予定だからな・・・ムフ
「でもさ~、なんで銀行の宣伝にギルドが金を出してるのかな~?」
「ギルド銀行とよく言われてますが、実態は別物ですので確かに変ですわね」 「ギルド銀行が儲かれば! アタシたちも儲かるんでやす!」
ラムンが力説してるが、それは表向きの理由だ。実はこれはな、銀行の宣伝に見せかけたセクスエルム・シスターズの宣伝なんだよっ。
人目を引くエマたちのイラスト入り広告にしたのもその為だ。
これで人口30万を誇るアトレバテスで顔と名前が売れると考えれば、広告費なんて安いもんさ。ギルドの裏金だから誰の
「失礼しますわ」ガチャ
いきなりギルマス室にアラサーとおぼしき女が入ってきた。
皆が何事かと一斉にドアの方へ顔を向けて注目する。
「聞き捨てならない言葉を耳にしたのでお邪魔せて頂いたわ」
別に赤の他人を怒らせるような話はしてなかったと思うがな。
ま、面白そうだから成り行きを見守るとしよう。
「なんでやすか、ノックもせずに入って来るなんて」
「その声、貴方ですね、我々を侮辱する物言いをしていたのは」ギロリ
「へっ? アタシはギルド銀行の話をしてただけでやすよ・・・」
「そんな銀行はこの世に存在しません!」クワッ
「ヒエッ・・・」
三十路女の剣幕に押されてラムンの腰が引けた。弱すぎる。
「ははーん、そういうことね~♪」
ギャル子は女の正体に気付いたようだ。俺も何となく分かった。
その女はスッと目を細めて俺たち全員を睨め付けると高らかに宣言した。
「我々は断じてギルド銀行などではありません。ソントック銀行です」
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