第62話 道場でも同情でもない、友情だ
『都会でビッグになってやる』
ブフォーーーーッ
盛大に茶を吹いた。ルークの隣に座っていた男が。
それから無能剣士のことをジロジロと見てニヤッと笑った。
「ち、ちげーよ。俺じゃねーよ。イクゾー仕方ねーから付き合ってやらー」
最初からそう言えばいいものを。愚か者めが。
さて、どこで話をつけようかな・・・
「ルーク、ちょっくらドライブでもするか」
俺たちはパーティーのいるテーブルに移動し、金庫番リハーサル組とギルマスとは別れ、エマ道場の候補地の下見へ向かった。
ギャル子が運転席にローラが助手席に座り、4人乗りの後部座席には俺とエマ、その対面にルークが収まると、静かに目的地へスタートした。
「今からこのスチームカーはお前のための懺悔室だ」
実力は司教レベルの司祭のエマがここにいる。観念して
「イクゾー、お前どうして俺の黒歴史を・・・」
お前の黒歴史は今も継続中だろとツッコミかけて止めた。戦友の情けだ。
「これを見てみろ」
バッグからルークの失踪届を出して渡してやる。
「げぇ、俺に捜索依頼が出ていたのか!?」
「正確にはギルドへ捜索依頼が出る前に俺が握りつぶしただ」
「マジかよ。でも一体どうやって?」
「アトレバテスの警察には伝手があるんでね。たまたま運が良かった」
「助かったぜ。ありがとよイクゾー」
「礼はいい。それより関わった俺にも責任ができた。訳を話してもらうぞ」
「え、なんの?」
「いや、11歳の未成年が家出せざるを得なかった理由に決まってるだろ」
「そ、それはもう知ってたじゃないか・・・」
「じゃあ、素で『都会でビッグになる』ためだけなのか?」
「他にどんな理由がある。男にはそれだけで十分だろ!」
ダメだこいつ。関わっちゃいけない奴だったぁ。
黒歴史だと自覚があるくせに、それに酔ってやがる。
「しかしだな、せめて田舎に手紙の一通でも出して無事を知らせてやれよ」
「ビッグになるまで連絡なんてできるかよ」
それだと一生涯、失踪バカ一代で終わってまうやろー。
はぁ、なんか疲れてきたわ。
なんか言ってやってくれとエマに目で訴ると魔乳司祭の目がキラリと光った。
「その心意気や良しですわ!」
そうきたかー。
エマって厳格で一本気なところがあるからなぁ。
星一徹のごとき魂に火がついてしまったようだ。
「ありがとーございまーす!」
ギルド最高の神官戦士という強力な理解者を得たルークは完全復活した。
こうなったら仕方ねー。瓢箪から駒を出してやらー。
俺がお前をビッグにしてやんよ!
スターへの道をキッチリとプロデュースしてやるぜ。
俺の力で某竜玉のミスターサタン的なものにしてくれるわ。ククク
脳内でほくそ笑みながら
どうやら目的地に着いたようだ。
俺は車から降りると、三方を緑に囲まれた草地の景色を見渡した。
思った通り理想的な場所だ。
これなら大勢が暴れてもご近所トラブルにはなるまい。
「イクゾー、なんでこんな所に来たんだ?」
一人だけ事情を知らないルークが、さもありなんな疑問を口にした。
その答えは、たった今、ココで考えた。心して聞けぃ。
「お前をビッグにするためだ」ドンッ
「ちょっとなに言ってるか分かんねーわ」
スーパードラ~イ!
乗って来いやー。誰のためにこんな茶番をやってると思ってんだよ。
「ふぅ、なんで分からないかなぁ」
「こんな空き地でビッグにするとか言われてもなぁ」
「一理あるな」
「一理どころじゃねーよ」
「仕方ない。一から説明してやろう」
「手短に頼むぜ」
くそ、こいつ眉唾で適当に聞いてやがるな。
「ここにエマさんが若手冒険者のための道場を建てる」
「ふーん、それで?」
くっ、この馬鹿どこまで察しが悪いんだ。
「お前だって若手冒険者の一人だろうが」
「そーゆーところだぞイクゾー、俺に道場へ通う余裕があるわけねーだろ」
底辺冒険者の生活はお前に教わったから知ってるさ。
そのうえでオファーを出してやってるんじゃないか。
「金のことなら心配ない。むしろ金のためにも入門するべきだ」
「どーゆーことだ?」
目の色が変わったな。やっとルークもこの話に興味が湧いてきたか。
「エマ道場の訓練生には、
「嘘だろ!? そんな上手い話はありえねーよ」
「事実だ。エマさんが有望な若者を支援する目的で作る道場だからな」
「たしかに、崇高な魂を持ったエマさんならありえるのか・・・」
「どうだ、やる気になったか?」
「そりゃやるだろ!強くしてくれるうえに金までくれるなんて断る理由がねー」
「よし、じゃあ決まりだな」
「おうよ」
「エマ道場はまだ極秘段階だから、良いと言うまで内密にしてくれよ」
「分かってるさ。こんな話が広まったらギルド中がパニックになるぜ」
ああ、確かにそうなるな。
他の皆にもちゃんと口止めしておかんと不味いわ。
「イクっちー、巻き尺で距離測るから手伝ってよ~♪」
顔だけエルフのギャルビッチもやることやってるじゃないか。
パーティーの
うんうんと頷きながら手伝いに行こうとするとルークに止められた。
「俺が行くよ。この道場には世話になるからな」
「そうか。じゃあ頼む」
ニッと笑うと無能剣士は元気よく駆け出していった。
頑張れよ。今のその一歩が、ビッグスターへの一歩だからな。
裏工作は俺がしといてやる。まずはピーナの説得からだな。
なにしろルークは素質の欠片もない凡人だから、道場へ招集する条件の『潜在能力の高い者』という基準から外れまくってる。
なんで無能を参加させるのかと女忍者に問い詰められるのは必至だ。
道場だけに同情したなんてダジャレは効くはずもない。
実際、俺はルークに同情してる訳じゃない。
これは同情じゃなくて友情だ。俺たちは戦友だからな。
いや、嘘だ。
正直に言えば、あいつを道場に入れる本当の理由は別にある。
俺はただ見てみたいんだ。
ルークがどれだけ強くなれるのかを。
俺と同じ無能で超凡人のあいつが努力だけでどこまで行けるのかを。
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