第60話 搾乳ビンとドナドナ

「ドワーフの源さんを釣り上げる珍奇なチーズだけはお手上げだ・・・」


 3月12日の日曜日の夜。

 ヴィンヴィンの懐妊発表で揺れたリビングから自分の部屋に戻ってきた俺は、エマの部屋へ行く前の待機時間で、新たに増えた課題を検討していた。

 その中でチーズ探しだけが、まるで手掛かりがなく難航している。

 あぁぁ、頭がこんがらかってきた。もう一度最初から整理してみるか。


 現時点で危急の問題は次の二点だ。


① ライバルの懐妊で密かに落ち込んでいるエマ

② ギルドで陰口を叩かれているレイラちゃん(いずれはエマたちも)


 その解決策は単純にして明快だ。

 ①のエマに関しては、可及的速やかに孕ませてあげれば良い。

 その手段として現代知識チートのオギノ式を使う。

 さっきピーナからその為の情報を仕入れた。それよると、ヴィンヴィンの生理は3週間前でエマの生理は2週間前だったようだ。

 それでヴィンヴィンが今週孕んだということは、エマは来週、つまり数時間後の明日からが危険日ということになる。たぶん。

 というわけで、来週はエマ妊活強化週間とする。ムフ


 ②の陰口は俺のヒモぶりに原因があるので、俺が上級冒険師メジャーに昇格すれば良い。

 それにはクエストを自分で受けて達成し功績ポイントを貯めねばならない。

 失踪者捜索クエストは何とかなりそうだが、これだけでは五等までしか上がれない。四等以上になるには、討伐・捕獲クエストも成功しないとダメのようだ。

 要するに、戦えない奴は五等止まりということらしい。

 ただ、攻撃力・防御力・体力オールゼロの俺が魔獣と戦闘するのは自殺行為。

 だからチートな武器&防具が必要だ。

 ドワーフの源さんからそれを得るには、グルメ道楽な彼ですらまだ喰ったことのない世にも珍しいチーズで取引が可能(ローラ談)だという。

 しかし、それが問題なのだ。一体そんなもんが何処にある?


 ふぅ、そろそろ時間だな。チーズの宿題は持ち越しだ。

 あ、ルークの失踪届の件もあったわ。アイリーンは知っているのかな。

 これも明日、ルークから話を聞いて何とかしてやらんと。戦友だしな。一応。

 さあ、頭を使うのはこの辺にして体を使うお楽しみにレッツラゴー。



「こ、これはまさか・・・搾乳ビン!?」

 勝手知ったるエマの部屋へノックもせずに入って行くと、ベッドに座る魔乳司祭が大き過ぎるオッパイに何かを押し当てているのが見えた。

 一瞬で俺のラブゲージが振り切れて突撃すると素敵アイテムと対面した次第。


「イ、イクゾー様、これはその・・・」

 みなまで言わずとも分かってますよ。

 ここ最近、イチャコラの最中に母乳が漏れてましたもんね。

 俺にはご褒美だけど厳格な司祭様は死ぬほど恥ずかしかったんですよね。

 だから今夜はこっそりと搾乳しておくつもりだったと。うん、許せん!


「ダメじゃないか、エマ」ゴゴゴ

 ニッコリと微笑みながら隣に腰をかけて抱き寄せる。

「ですが、行為の最中に漏れてしまいますので先に出しておかないと・・・」

「いけましぇん!」

「あぁ・・・」

「僕がエマミルクを楽しみにしてるのは知っているじゃないか」

 問答無用で搾乳を手伝ってあげた。

 うーん、心配になるぐらい凄い量が出るな。

 搾乳ビンを付けてるから安心してリミッター解除した結果だなこれは。

 片方だけで500㎖はありそうだぞ・・・ゴクリ

 ええぃ!エマの魔乳は化け物か!


 ビン一杯に入ったエマミルクを一口飲んでみる。

 あぁ、やっぱりメチャクチャ美味いわ。

 それにエマの魔力が含有されてるから麻薬のような常習性があるんだ。

 その魔力のお陰で俺の体が内側から癒されてる感じがする。さすが治癒師だわ。


 そうだっ。

 絞り取ったエマ母乳をあのビンのまま冷蔵庫で保管しておけば良いんだよ。

 それを毎朝飲んだら健康に良いんじゃね。普通に回復薬だし。

 でも俺だけで毎日1リットルはさすがにキツイか。

 むーん、捨てたくはないし、飲みきれなかった分はどうしたらいいかな。

 乳でなにか作るとすれば、バターかヨーグルトかチーズか・・・ん、んんん!?


 チーズだっっっっっっ!!!


 エマの母乳でチーズを作ってドワーフの源さんと取引すれば良いんだよ!

 人間の母乳で作ったチーズなんてきっと喰ったことない筈だ。

 チーズが作れるほど母乳が出る人間なんて滅多にいないだろうからな。

 おおぅ、このアイデアは我ながら冴えてるわ。

 早速、明日にでも牧場のリーゼちゃんに相談してチーズを作ってもらおう。

 明日はたしか、ヴィンヴィン、レイラちゃん、ピーナが金庫番のリハーサルで、ティアは銀行プレオープンのチラシ配布の指揮だったな。

 ちょうどいい、エマと牧場デートを楽しんでくるとするか。ウフフフフ

 おっと、お預けを食わされていた魔乳司祭が物欲しそうな目で訴えている。

 分かってますよ。ヴィンヴィンに先を越されちゃいましたもんね。

 でも大丈夫。来週中にはエマも孕ませてあげるからね。全力で。

 決意を新たにした俺は、愛する許嫁が失神するまで期待に応えてあげた。




「チーズを作るということは、子牛を殺すということなんですよ」ドンッ


 3月13日の月曜日。

 朝からウルンネミ牧場へ向かい、リーゼちゃんにエマの母乳チーズ作製を依頼したのだが、なぜか機嫌を損ねてしまったようだ。

 思わぬ展開になり長閑のどかな牧場事務所の応接室に緊張が走った。


「リーゼちゃん、君が何を言ってるのか分からないよ」 

「はぁ、これだから下界の人間はダメなんですよね」

 下界の人間!

 まさか純粋な牧場まきばの少女に超上から目線で非難されるとは。

 一体、俺がなにをしたっていうんだい?


「お兄さんは、チーズがどうやって作られているか知ってますか?」

「もちろん!」ニッコリ 「まったく知らないよ」

「ですよねー。知っていたらあんなお気楽にチーズを作れなんて言えません」

 え? ナニコレ。

 まさか、チーズ作りには俺の知らん深い闇が隠れているとでも言うのか?

 あのハイジだってアルムおんじと一緒に笑いながら作っていたじゃないか。


「仕方ないですね。まずはチーズの起源から教えてあげます」

 そこから!

 話がどんどん複雑になっていく。ただチーズを作って欲しいだけなのに。

 でもまぁ、せっかく牧場まで来たんだ。

 デート気分でエマと一緒にチーズのお話を聞くのもアリだな。


「ぜひご教授ください。リーゼット先生」

「ワタクシも是非お聞きしたいですわ」

「私は肉の話を聞きたいのですケド」

 あ、そうだった。ローラも付いてきてたんだった。


「太古の昔、東の大陸の行商人が羊の胃袋を干して作った水筒にヤギの乳を入れてラクダに乗り砂漠へ入りました。夕方になり乳を飲もうとすると水筒の中はなんと透明な液体と白い固体に分かれていたのです。液体で渇きを癒した商人は、勇気を出して白い固体も食べてみたところ、かつてない美味しさで飢えも癒されたのでした」


 パチパチパチパチパチパチパチパチ


 リーゼちゃんの顔が明らかに要求していたので拍手する俺たちだった。

 それにこの話を聞いて何となく分かってしまったわ。

 チーズ作りの恐ろしい深闇が・・・


「お兄さん、気付いたくれてみたいですね」

「恐らくだけど、チーズを作るには胃袋が必要なんじゃないかい」

「その通りです!」

「チーズを作るためだけに牛が殺されているんだね」

「チーズのために牛を殺すなんて馬鹿げてマス。断固反対なのデス」

「あぁ、チーズとは何て罪深い食べ物だったのでしょう・・・」

 聖職者のエマには耐えがたい真実だったかもしれん。

 聞かせるべきじゃなかったか。反省。


「それもただの牛ではダメです。生後半年ほどの牛でないといけません」

 いや、もういいから。残酷な話はもうお腹一杯だから。

「子牛がドナドナされるのには、それだけの理由があるのですよ」

 ドナドナ!

 そうか、子供心に不思議だったがチーズ作りのためにドナられてたんだ。

 くぅぅ、なんてこったい。知りたくなかったこんな現実。


「チーズ作りの罪深さが分かっていただけましたか?」

「ズシンと響いたよ」

「身に沁みましたわ」

「チーズは肉の敵なのデス」

 だが、それでも俺は母乳チーズが欲しい。

 ドワーフの源さんからチート装備を手に入れたい。

 レイラちゃんやエマたちのために。

 だから頼む。リーゼちゃん作ってくれ!


「高くつきますよ」ニタァ


 その言葉が言いたかったのか!

 これまでの子牛の悲しい話とかは全てこの前フリだったんだ。

 さすがウルンネミ牧場の秘蔵っ子、商売というものを分かってやがる。

 これで12歳とはなぁ・・・リーゼ、恐ろしい子。

 だが、金で転ぶなら話は早い。ちゃんと用意してきたぜ。


「1万ドポン(200万円)前払いだ」ドンッ

 100ドポン紙幣100枚の札束をテーブルに置きスッとリーゼの前に突き出す。

 牧場まきばの少女はこの大金に眉一つ動かさず淡々と受け取った。

 この程度の金額は日常茶飯事なのだろう。


「悪いようにはしませんので安心してください」ニヤリ

「頼もしいね。じゃあ詳細を聞かせてもらえるかな」

「直ぐに欲しいとのことですからフレッシュチーズにします」

「いつできるの?」

「今から作れば夕方にはできます」

 イケるやん! これで明日にはドワーフの源さんと取引きできる。

「量はどれぐらいになるの?」

「原料の乳の四分の一ぐらいになります」

 持ってきた母乳は1リットル程だから250グラムになるのか。たぶん。

 ま、酒のつまみなんだから大丈夫だろう。


「了解だよ。じゃあ夕方にまた受け取りにくるね」

「分かりました」

「あ、帰る前に少し牧場を見て回ってもいいかな」

「どうぞどうぞ」

「ありがとう」

「こちらこそ、美味しい仕事をありがとうございますぅ」

 リーゼちゃんは満面の笑みで礼を言ってチーズ作りに向かった。

 さて、俺もやることやってから帰るとしよう。


「イクゾー様、あのお金はどうされたのですか?」

 あ、エマは滞納野郎から奪った金のことを知らんのだった。

 油断しちまったな。適当に誤魔化すしかない。

「ここでは誰が聞いてるか分からないから裏手の森の中へ行こう」

「え、はい、そうですわね」

 俺はエマの手を引いてズンズンと樹木の間を歩いて行く。

 よし、この辺でいいだろう。


「エマ、ここなら誰もいない。二人きりだよ」

「えっ?」

「私もいるんですケド」

「ローラさんは見張りをお願いします!」

 特上ミノタウロス肉6人前だとブロックサインで伝えた。

「お婿様のご命令なら仕方ないのデス」じゅるじゅる

 肉に釣られた闇エルフの姿はすでに見えない。

 俺は愛しいエマの身体をギュッと抱き締めた。


「イクゾー様・・・まさか、ここで・・・!?」

「そのまさかです!」ドンッ

「昼間から外でなんて・・・駄目ですわぁ」

 ダメと言いながら瞳がもう潤んで期待してますよね。

 だけど俺は優しいから君の心にも免罪符を与えてあげるよ。

「エマは今週中に受胎するよ」

「ほ、本当なのですか?」

「うん、僕には分かるんだ」

 オギノ式を知ってるからね。

 それに俺の子種に能力があるのはヴィンヴィンで証明済みだしな。


「今週だけでいいから僕を信じて言う通りにしておくれ」

「・・・はい。イクゾー様のお好きになさって下さい」

 お許し出た!

 愛しさMAXの俺はエマの唇と舌を十分に味わってから背後から合体した。

 遠くから聞こえる牛の鳴き声とエマの嬌声が森の静寂を破り続けた。

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