第52話 底辺冒険者のお仕事

「20ドポン!? 命がけの日当がたったの4千円!? 安っっっすぅぅぅぅぅ」


 3月11日の土曜日の午後。

 レイラちゃんの助手として冒険者デビューし、特に活躍も怪我もせずギルドへ帰って来た俺とルークは、ギルド社用車の荷台から討伐したフカヤミンクを降ろして査定所へ運ぶ仕事を終えると、ギルドビル3階の冒険者窓口で日当を頂戴した。

 受け取った10ドポン紙幣2枚を見て思わず本音が出たところだ。


「そーゆーところだぞ、イクゾー」

「え、何が?」

「お前は冒険者家業がどんなもんかまったく分かってねー」

「まあそうだな」

「そんな世間知らずで何の苦労もしてないのに、師匠たちのおこぼれで楽な生活してやがるから、周りにいろいろ言われちまうんだよ」

「むむむ、一理ある」

「お前はまず底辺の冒険者がどんな生活をしてるかを知るべきだ」

「つまり、お前の生活を知ればいいわけだ」

「言うじゃねーか。だがその通りなんだよなぁぁあああああ」

 ルークが頭を抱えて呻き始めた。底辺は大変だな。ジュースでもおごってやろう。

「おごるから食堂で何か飲もう。その代わり色々聞かせてくれ」

「しゃーねーな。後輩のために一肌脱いでやらー」

 4階の食堂にはギルド専属冒険者しか武器携帯を許されないので、窓口に預けてから階段を昇っていく。何かそれだけで冒険者になった実感が湧いた。



「俺の共同住宅アパートの部屋の家賃? 300ドポンだよ」

 300ってことは6万円じゃないか。

 日当4千円のお前が住んで良い部屋じゃねーぞ。

 この世界の1カ月は36日で1週間は6日だ。

 日曜日は休むとして、一月で三十日働くと月給12万円になる。

 つまり月給の半分が家賃。これはダメだろ。


「収入に対して家賃が高すぎるんじゃないか?」

「そりゃ俺一人で住んだら高いさ」

 え、まさかお前、同棲して女と家賃を折半してるのかっ。

 さすが、ファルザーク小の恋泥棒だぜ・・・

「一緒に住んでるのはどんな人なんだ?」

「二人とも冒険者だよ」 

 ふ、二人ぃぃいいいいいいい!?

 お前、13歳のくせに女二人と同棲してんのかっ。

「こ、このギルドで知り合ったのかな?」  

「まあな。3階の掲示板に貼ってあっただろ」

 掲示板で出会い系やってんのかよ!

 ラムン、お前このギルドをどこに導こうとしてるんだ?


「いやあ知らんかったよ。掲示板にそんなもんがあるなんて」

「ルームメイトの募集なんてどこの掲示板でも貼ってあるだろ」

 ルームメイト!

 そっかー。また早とちりしちゃったな。メンゴメンゴ。


「一人当たり100ドポン(2万円)なら確かに問題ないか」

「だけど生活は厳しいぜ。上級冒険師メジャーの助手の仕事だって毎日あるわけじゃないしな。それに依頼を自分で受けてポイント稼がねーと上に行けねー」

「そうなのか。俺も他人事じゃないな」

「ああ、師匠のために昇格するにはお前も自分にできる依頼を探さないとな」


「だが、戦闘力ゼロでもできる依頼なんてあるのか?」


 目を付けてたトノサマインコの捕獲もローラの協力が必要だ。

 上級冒険師と一緒にクエストしたら俺の功績にならんらしい。

 戦えない俺だけで達成できる依頼なんてまず無いだろ・・・

 

「いくらでもあるさ」

 あるんかーい!

「ぜひ教えてくれ」

「浮気調査」

 そうきたかー。

 確かに戦闘力はいらんよな。精神力はかなり削られそうだが。

「人探し、ペット探し、清掃、引っ越し手伝い、スカウト、プラントハンター、他にも一杯あるけど、俺がやったことがあるのはこの辺りかな」

 まるで探偵かなんでも屋の仕事だな。

 しかし、ちょっと気になるものもある。


「清掃に引っ越しなんて1階の表側で紹介してる一般向けの仕事じゃないか?」

 なにもガチの冒険者がやることはないだろ。何か理由がある筈だ。

「パンピーが怖くて行けないような悪所での仕事ってことさ」

「例えば?」

「喧嘩上等なスラムとか、深い森の遺跡とか、暗闇のダンジョンとかな」

 ダンジョンの清掃!

 地下迷宮で雑巾がけとかミスマッチにも程があるだろ。

 そもそも、誰が依頼してくるんだ。


「ダンジョンなんて掃除する意味があるのか?」


「人の遺体は回収してやらないと不味いし可哀相だろ」

 特殊清掃だったか!

「血や肉片なんかも綺麗にしておかないと、ヤバイ魔獣が集まっちまうし、単純に滑って危険だしな。だから管理者が定期的に清掃を依頼してくるのさ」 

 なるほどなぁ。色んな需要があるもんだわ。

「しかし、そんな場所の清掃なんて戦闘力ゼロじゃ危険だろ?」

「魔獣の出ない浅い場所だからヘーキヘーキ」

「え、じゃあ何でそんな場所で人が死んでるんだ?」

「ダンジョンの危険な深部まで潜って大怪我した奴が、出口までたどり着けずに途中で死んじまうのさ」

「それは悲惨だな」

「もっと悲惨なパターンもあるぜ」

「というと?」

「お宝をめぐって仲間に殺されたり、待ち伏せした強盗にやられたりとかな」

 なるほどなぁ。色んな死に方があるもんだ。

 しかしそうなると、この依頼は俺には受けられん。

 戦闘力の前に特殊清掃なんて無理だわ。グロ耐性もゼロなんだ。

 むしろ、ルークがそれをやったってのが意外だわ。


「ちなみに、ルークがやった清掃ってのは?」

「ベルディーンでの下積み時代に森の中の遺跡に入った」

 お前は今でも下積み中だろ、と言うのは止めてやった。戦友だからな。

「師匠たちのセクスエルム・シスターズが発見したやつだ」

「あ、それって前に聞いたことがある。何の遺跡だったっけ?」


「かのロビン・モアの遺跡さ」


 ロビン・モア!

 それだっ。俺と同じ地球からの転生者。

 300年前にこの異世界にやって来て成り上がった英雄だ。素直に凄い。

 この大先輩のことを調べるのを完全に忘れてた。


「ロビン・モアか・・・どんな顔をした奴だったのかな・・・」


「そーゆーとろこだぞ、イクゾー」

「え、何が?」

「そのあり得ない世間知らずぶりが師匠の評判まで落としてるんだ」

「いや、だけど、大昔の人間の顔なんて知らなくても普通だろ?」

「はぁ、お前だってさっき見たばかりだろーが」

「はぃぃぃいいい?」

 ルークは呆れ顔でポケットに手を突っ込み何かを取り出す。

 それをテーブルにドンと置いて俺に見せつけた。


「さっきもらった10ドポン紙幣に居るだろ。ロビン・モアが」


 お札の顔になってた!

 マジかぁ。この繊細な美形なのにふてぶてしい印象をあわせ持った兄ちゃんが、あのロビン・モアだったのかよ。

 やっぱあんたスゲーな。成り上がりにも程があるわ。

 俺は改めて紙幣に印刷された大先輩の顔を見て感慨に耽った。


「今でもこんなに愛されてるんだな」

「そりゃ長いセクスランドの歴史でも最高の6人に入る男だからな。ロビン・モアを知らないセクソン人はモグリだよ。まさにお前のことじゃねーか」

「俺は遠い異国の人間なんだから仕方ないだろ」

「師匠に婿入りしてこの国の人間になるんだからそうも言ってらんねーぞ」

「・・・お前の言う通りだ。全力で精進するよ」

「ほんと頼むぞ。師匠を泣かせんなよな」

 任せとけ。バシッと決めて冒険者としても上に立ってやんよ。

 俺だけじゃなくレイラちゃんまで馬鹿にした奴らを黙らせてやる。必ずな。


「その為には、依頼を自分で受けて成功させる必要がある」

「そういうことさ」

 だが、悪所の清掃や引っ越しは俺にはできん。

 となると、ルークが他に言ってた依頼で気になるのがあったな。


「スカウトってどんな仕事なんだ?」

 スピードガン持って高校球児を見て歩くわけじゃあるまい。

 やはり、アイリーンのように冒険者の卵を探す仕事なんかな。


「夜の女を探す仕事さ」

 たちゅひこ!

 そっかー、新宿スワン的なやつだったか。

 うん、無理だ。素人の女の子を風俗に落とす仕事なんて俺にはできん。

 となると、あとはプラントハンターかぁ。

 植物もたぶんダメだわ。

 だって、絶対虫がいるだろ。ダメなんだわ。虫も苦手なんだわ。


「とりあえず、人探しでもやってみるよ」


「そうか。最近は田舎暮らしが嫌で、あてもなく都会に飛び出す奴らが多いからな。そういう依頼はたくさん転がってるぜ」

 へぇ、どこの世界でも一緒だな。

 都会のネオンが虫だけじゃなく人まで吸い寄せるのは。となると・・・

 田舎の純真な少女たちが夢を描いた都会で酷い目に遭ってるかもしれん。

 俺が救ってやらねば!

 よしっ、決めた。美少女専門の人探しをやろう。

 風前の灯だった俺の冒険魂が急にまた燃え上がってきたぜぇ。ムフフ

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