第373話あゆの手料理
この長かった1日も、とうとう夜と呼べる時間帯になった。今はあゆが料理を作ると聞かなかったため、俺と結愛はリビングで2人きりになっていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
こっちもこっちで気まずい!まさか結愛があそこまでしてくるとは思わなかった・・・でも俺だってこんなことでいちいち気まずくなるほど、気まずい経験を経てきていない。
「結愛、今日はいい天気だな」
「ん?今夜だよね?」
「・・・あー、あ、雨降ってないって意味で」
「あー、うん、そうだね」
「・・・・・・」
コミュニケーション能力がなさすぎる!あそこを触られて変に気まずくなった幼馴染といつも通りにする方法とか絶対にネットには落ちてないだろうし・・・
「何か考えてるの?」
俺がしばらく沈黙していると、その悩みの原因である結愛が話しかけてきた。
「いや、まあ・・・うん」
「・・・話して?」
「・・・・・・」
俺は特になにも抵抗することなく、素直に思ってることを話した。なんというか、今の「話して?」には抵抗する意欲もなくなるほどに自然な言い方だった。
「そ、その・・・なんていうか、今日お風呂で、俺の・・・その、あれを触ったことを忘れてくれないか・・・?」
俺が切り出しにくい話題を口にしたが、結愛に即答されてしまう。
「ごめん無理」
「はあ!?」
こんなに切り出しにくい話題をさせといて断られたらさらに気まずくなるだろ!
「だってあんな経験滅多にないよ?そーちゃんのそーちゃんと繋がってる部分を直に触れるなんて、記憶の宝だもん」
そんなもの宝にしてほしくない。
「だからそーちゃんも忘れないでね、恋人のこと」
「あ、ああ・・・」
そのことについてだけど、本当にあの結愛が浮気でもいいからって言ったことには今でも現実かと疑いたくなるほど驚いている。だが、俺としては浮気なんてする気はない。もし恋人になるなら片方だけを選ぶ。・・・結愛と再会した時に決めたはずなんだけどな・・・またこの問題にぶつかってしまうとは。
「せんぱ〜い!私の手料理できましたよ〜!」
それはこの場には似つかわしくないほど能天気な声だった。あゆの声だ。
あゆは料理を両手に持って、それをテーブルに置いた。ちゃんと結愛の分も作ってくれたらしい───って、え?
「・・・な、なんだこれ・・・?」
「ん?お料理ですよ?」
「・・・・・・」
こ、これが・・・料理・・・?いや・・・うん、出された料理に文句をつけるなんてあんまりしたくないけど、これは流石に・・・
「こんなのそーちゃんに食べさせられるわけないじゃん!何考えてるの!?」
言ったら悪いけど結愛と同意見だ。これは人間が食べられるものとは到底思えない。まず見た目からしてだいぶ危ない。
にんじんはそのまま白ごはんに突き刺さっていて、キャベツは大雑把に斬られていて、さらにはあゆが一度キッチンに戻って取ってきたパフェとかを入れるグラスに、皮を剥いていない、買った状態のままの玉ねぎを入れてメイプルシロップと砂糖を入れてみせた。
そして俺は、ふとあゆが言っていたことを思い出した。
「ま、まさかあゆの弱点って・・・」
「そうなんですよ〜、私実はちょっとお料理が苦手で────」
「ちょっととかの次元じゃないだろ!何を作ろうとしたんだ!」
「えーっと、野菜炒め?です〜、一応必要な具材は入れたのでレシピがおかしいのかもですね〜」
確かににんじんとキャベツと玉ねぎ、それのよく見てみるとピーマンとかほうれん草とかも手のひらサイズのものがあった。
「ちゃんと切って炒めないとダメに決まってるだろ!野菜炒めなんだからちゃんと炒めないと食べられない!」
「先輩、人間は舌が肥えすぎたんです、昔の人たちは食料を取るだけでも一苦労で、歴史の教科書を見てもわかる通り、食料をめぐって人の命が奪われたりもしてます、食べられないからといって今目の前にある食材を無碍にするなんて最低の行いだと思いませんか?」
「うっ・・・」
こ、これは・・・反論したら俺が悪い奴みたいだ。かといって昔の人だって玉ねぎにメイプルシロップと砂糖とかを混ぜたやつを食べたいとは思わないだろう。
「そーちゃん、私がすぐに作ってあげるから待ってて?」
そう言って結愛は席を立とうとするも・・・
「待ってくださいよ〜、男性の8割がお料理できないんですよ〜?だったらどんな不味そうな料理でも食べないといけないと思いませんか〜?」
「何それ、私が作ればいいだけだし」
「先輩のことを全て知りたいなら、先輩の料理の味も一度ぐらいは知っておきたくないですかぁ〜?」
「そーちゃんの、お料理・・・?」
そして結愛は少し沈黙し、何かを想像したのか口元を緩めた。・・・え?ちょっと待て、これはどういう展開なんだ?
「た、食べたいかも」
「ですよね〜!しかも私の料理に文句を言うんですから、少なくとも私よりはうまいですよね〜!」
「・・・はっ」
俺はここで嵌められたことに気づく。あゆはわざと下手な料理を見せつけ、俺にそれを批判させ、結愛を味方につけることで俺に手料理を振る舞わせるという作戦だったんだ。だからあんなに料理を作りたいと願い出てたのか・・・!
あゆが俺の耳元に口を近づけて言ってきた。
「私がお料理が苦手なわけないじゃないですかぁ〜、何度も言いますけど〜、私は可憐な乙女ですよ?乙女たるものお料理はできないと・・・ですよ❤︎」
「くっ・・・」
俺はこの状況で反論できるほどの話術を持ち合わせていないため、渋々キッチンに向かった。
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